雁屋哲の今日もまた

2008-04-17

病院の食事2

 ただ、膝の関節を人工関節に入れ替えるだけでなく、大腿骨の骨移植もするのだから、これは大変な手術であることは予想できた。
 大腿骨の周りに他人の骨を添え木に当てて、ワイヤーで縛り付けるなんて、そんな場面を想像しただけで気持ちが悪くなる。平気でそう言うことをやってのける外科医と言う物は凄いものだと思った。
 手術は7時間かかり、血液を5リットル失った。
 人体の血液量は、男性で体重の8パーセント、とか13分の1とか言われている。私の体重は69キロだから私の血液量は、5.6から多くて6リットル。要するに私は自分の血液の殆どを失ったのである。当然輸血をして貰った。
 あとで、私が冗談に、「オーストラリアだからカンガルーの血を輸血するんだよ」と言ったら、本気にした人間がいた。
 どうも、私は非常に真面目な人間だから、そんなことを冗談で言うとは思わなかったらしい。普段真面目すぎるのも考え物だな、と思いましたね。
 手術の後が凄かった。
 麻酔に使ったモルヒネの副作用で、手術の翌日、集中治療室から通常の病棟に戻ってから、二度、けいれんを起こし、意識を失い、再び集中治療室に舞い戻った。
 それから三日間、私は、きれいな幻影を見続けた。これが不思議なことに、自分でこれは幻影だと分かっていて幻影を見るのだ。
 天井の吸音板の穴の一つ一つが漢字や平仮名に見えて、それが見ているうちにどんどん変わって行く。見たこともない漢字が、数百数千とならんで滝のように目の前を流れる。
 雑誌のページが何百も続けざまに流れる。そのなかの文章の難しいこと。私は、どうしてこんな難しい文章が自分の頭の中に入っているんだろうと驚きがらそれを見る。
 不思議な市場に行くと、様々な奇怪な商品を売っている。その、市場の無数の商店の間を私が通り過ぎていくのである。
 また、相撲を女性にも開放しなければならないと言って、女性の相撲取りが出て来るのだが、その女性の横綱が、朝青龍なのである。
 朝青龍が女性になった姿を想像してご覧なさい。凄いから。
 素晴らしく美しい景色の中を歩いたりもした。川が流れ、河岸には緑豊かな木々が生い茂り、地面には花が咲き乱れている。
 これが不思議なことに、壁や、天井の、一寸したへっこみなどがあると、そこを起点にして幻影が展開するのである。
 今度はどんな幻影が見られるんだろうと、楽しみにして、天井の吸音孔や壁のシミなどを見つけて、幻影が始まるのを待った。
 余りにきれいなので、写真に撮っておこうと思って、まてまて、これは幻影だからカメラには写らない、と自分を止める。
 幻影とはっきり分かって幻影を見ると言うのは、実に不思議な体験で、もしかしたら、LSDなどを使う人は、こんな幻影を楽しんでいるのだろうかと思った。
 しかし、この幻影も、三日経って、モルヒネが完全に抜けてしまうと起こらなくなった。ちょっと、がっかりしたが、あんな幻影をしょっちゅう見ていたら人間おかしくなる。
 その時思いましたね。ドラッグなんて絶対に近寄ったら駄目だと。
 しかし、その間、私が意識を失ったり、意識を取り戻した後も変なことばかり言うので、私の連れ合いも娘たちも、「お父さんは頭が駄目になってしまったのかもしれない」と本当に心配したそうだ。
 そんなこんながあって、三十一日に退院したのだが、その入院中に本当に感心したのは、看護士たちの態度である。全員とにかく優しい。夜中に何か頼んでも、笑顔でやって来る。一所懸命私の気にいるようにしてくれる。手が足りなくて、呼んでも仲々来ないこともあったが、その時は「遅くなってごめんなさい」と謝りながらやって来る。御多聞にもれず、オーストラリアでも医療関係の人手は足りない。一人の看護士が面倒を見る患者の数は多いから、そう言うことが起こるのも仕方がない。しかし、かれらの、働きぶりを見ていると、文句のつけようがないのである。中に一人中国人の男の看護士がいて、彼は中国人らしく、なんでも独り合点で、やって行くので、彼だけは困った。それに、中国人の話す英語は私には非常に聞取りづらいのだ。中国人は、語尾の子音をきちんと発音しない。
 一つの単語の、アクセントのある部分だけを発音するようだ。
 そこで、私と彼との間に意志の齟齬が起こる。しかし、彼も基本的に非常に熱心に私の面倒を見てくれるのである。
 医師もそうである。日本の医師の中にはやたらと威張る者がいるが、オーストラリアの医師はみんな気持ち良く、私が納得のいくまで徹底的に説明してくれる。
 このように、医師と看護師が親切にしてくれることが入院患者にとって心から助けになる。
 退院してからそろそろ三週間近くなる。
 一昨日は、病院に行くと言って、このページをお休みしたが、痛いのでファミリードクターに見せたら、彼は手術後初めて私の脚を見たので、腫れていて熱があって、傷口が一個所ふさがらないところがあるのを見て、気が動転したらしく、直ちに手術をした医者に診て貰うように手はずを取ってしまった。
 それで、急遽、病院に行くことになったのだ。
 結果は、エックス線写真も血液検査も全て正常で、傷口もすぐに乾くし、痛みも腫れも氷で冷やせば楽になるだろう。心配しないでこのまま、Take it easy.で行こうと言うことになった。
 医者は、「とにかく大きな手術だったんだから、仕方がない」という。
 そう言われてしまえば、そんな物かと思うしかない。
 今日になってみると、痛みも大分取れてきたし、このまま頑張れば良い日が来ると信じている。

 さて、病院の食事の続きに行こう。
 まず、メニュー

メニュー1

 そのメニューから取ったのが、これ、レッグハム。

レッグハム

 ぶたの脚のハムにパスタと野菜が付け合わせに乗っている。
 手の込んだ料理より、ハムなどの簡単な物の方が無難である。

 もう一つのメニュー

メニュー2

 そのメニューから取ったのが、鮭を焼いてマスタードソースをかけた物。これは香ばしくて、悪くなかった。

鮭のマスタードソース

 後は料理だけ並べよう。
 牛肉の煮込み

牛肉の煮込み

 クスクス

クスクス

 タンドーリチキン

タンドーリチキン

 鶏のパルミジャーナ(パルミジャーナを乗せて焼いた物)

鶏のパルミジャーナ

 などである。
 さて、味の方であるが、それは、次の私の顔で判断してください。

この顔は

 白状すると、実は、毎晩連れ合いに家から夕食を運んで来て貰っていた。連れ合いは、勿体無いのと、面白半分で、私の病院食を食べていた。
 そんな訳で、入院中も、私は連れ合いの作ってくれた料理を食べていたのであります。連れ合いが言うには、なかなか、ちゃんとした味の物もあると言うことでした。

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雁屋 哲

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