雁屋哲の今日もまた

2021-12-24

余は如何にしてLock Downを切り抜けしか その2

余は如何にして、Lock Downを切り抜けしか その2

美食の1

シドニーのロックダウンは厳しくて、レストランは全て閉まった。

私はそんなに頻繁に外食をする訳ではないが、月に一度か二度、小龍包や、ラーメンを食べに行ったりする。

小龍包は、中華料理であるから、化学調味料がたっぷり入っている。

小籠包を食べた後は、舌が痺れる。

それは辛いのだが、小龍包自体のうまさがあるので、化学調味料がきついのにも拘わらず、食べに行く。

娘達は、「お父さん、本当は化学調味料好きなんじゃないの」などと、言って私をからかう。

で、小籠包を食べに行くことを、私の家では、「化学を食べに行く」と言うことになってしまった。

その「化学」もロックダウンになってしまうと、食べに行くことは出来ない。

同じ化学の「ラーメン」も食べに行けない。

美味しい物は自分の家で、という私の家での決まりを守ることになってしまう。

で、このロックダウンの間、せっせと自分の家で美味しい物を探して食べることに精を出した。

  • イチジク

まずイチジクである。

私は日本にいる時には、殆どイチジクを食べたことがない。

子供の時に、裏庭にイチジクの木が生えていた。

その家の前の持ち主が植えたのだろう。

実の色は青く、食べても少しも美味しくなかった。

イチジクは美味しくない物だという先入観が出来上がった。

しかし、よその家に行くと、紫色のイチジクがなっているのを見ることがあった。その紫色のイチジクは甘いので、大変にうらやましく思ったのを憶えている。

シドニーでは、季節になるとスーパーやマーケットに、イチジクが大量に現れる。

何度か買って食べてみたが、格別の印象はなかった。

イチジクは長い間、私の意識の表面から消えていた。

ところが、三年ほど前に、近くのスーパーで緑色のイチジクを買って食べたところ、これが、アッと驚く美味しさ。

慌てて、買い足しに行った所、既に売り切れ。

あの時の残念な気持ちは忘れられない。

ところが、それから数日後、別のマーケットで、やはり緑色のイチジクを売っていたので、買った。

それが、また大当たり。

概観は緑色だが、実を割ってみると、中は赤紫色で、蜜がたっぷり溢れている。

ねっとりとした舌触りで,実に官能的だ。

実の中に蜜がたっぷり溢れているイチジクなんてそれまで食べたことがなかったから、驚くやら、興奮するやらで大変だった。

果物に共通のエステルの香りはないが、一般の果物とは別の種類の香りがする。

そして、とにかく甘い。

その甘さが、しみじみとした甘さで、華やかでもすがすがしい感じでもないのだが、激しく蠱惑的である。

何か、心の深い所に突き刺さってくる味である。

こりゃあ、シドニーで本気でイチジクを探さないといけないと言うことになった。

長男が、ネットで調べると、私の家から1時間ちょっとの所に、いくつかイチジク農場があることを発見した。

よし、行ってみようと、私と妻と長男の三人で遠征に出かけた。

いくつか当たって見た。

道ばたに出ている店で大きな紫色のイチジクを買った。

大きな家の門を入ると、家の母屋の前に小さな小屋のような家があった。

昔は使用人などが住んでいたのかも知れない。

その小さな家に、そこの家の主人の母親という、70代後半の女性が住んでいて、その女性が育てたイチジクを売っていた。緑色のイチジクがあった。

老女は、リトアニアからやってきたと言った。英語が不十分だった。

また、フランクという名前の男が経営するおおきなイチジク専門の農場があった。

そこでは、紫色のイチジクを買った。

結果としては、大きなイチジクは美味しくなかった。

老女のイチジクは美味しかった。

しかし、次の週に行ったらその家の門は閉まっていて、老女に会うことは出来なかった。

1月後にも扉は閉まったままだった。

その後、その扉を開かず仕舞い。老女にも会えず仕舞いになった。

ヨーロッパからオーストラリアにやってくる人の中には複雑な過去を持った人がいる。なにやら、スパイ小説など思い出させる老女の雰囲気だった。

フランクの農場のイチジクは、紫色の種類で、これは大変に美味しい。

シドニーのイチジクの季節は、12月末から1月一杯までだ。

正確に言えば、1月半もない。

その短い季節に私は3度か4度フランクの農場に行った。

フランクとはすっかり仲良くなって、彼の農場のイチジクをプリントしたTシャツを貰ったりした。

私はフランクのイチジクに深く満足した。

自分がイチジクの魅力にとりつかれて、イチジクについて考えてみると、イチジクに対して私のように深く魅入られる人間はそんなに多くないと言うことに気がついた。

たしかに、香り、甘さ、食感、見た目などから考えると、イチジクは陰気な果物である。

隠果ともいえる。

イチゴの清純極まりない美しさ、愛らしさ、マンゴーの太陽の授かり物と言いたくなるような明るい豊かさ、膨らみのある甘さ、かぶりついたときのあの気持ちの良い触感と言う物とは無縁だ。

緑色のものはともかく、紫色のイチジクは、美しいとは言えない。

隠微な感じがする。

形状も、何やら怪しい。

食べるのにも、普通パックリ二つに割って、中身をあらわにしてしまう。

そのあらわになった中身というのが、鮮やかな赤紫色で、しかもねっとりとした蜜が果肉を包み溢れている。

実に妖しい感じを受ける。

妖果と言いたくなる。

むう、イチジクは美味しいだけでなく、妖しく人の心を誘う果物だったのだ。

さあ、もうじき1月だ。

イチジクの季節だ。

胸が躍る。

私がLock Downをしのいで来るのに、力になった物の一つが、このいちじくだったのだ。

美食篇まだまだあります、美食篇2に続きます。

あ、ここでお詫びを。

前回、Lineは動画がすぐ消えると言って、それがLineのけち臭い仕様のように書いてしまいましたが、友人からすぐに連絡があり、Lineも保存手続きを取れば、動画を保存できると言うことでした。

Lineを利用している皆さんと、Line本社にお詫びします。

雁屋 哲

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