雁屋哲の今日もまた

2022-02-02

挫折

2回にわたって、「余は如何にしてLock Lownを切り抜けしか」、などど書いて来たのだが、昨年末から、オミクロンカブのコロナ・ウィルスがオーストラリアで猖獗を極めるようになって、Lock Downを切り抜けたなどと浮かれていられなくなった。

1月31日現在、まだ、Lock Downには突入していないが、今の状況は大変に悪く、予断を許さない。

で、残念ながら、 「余は如何にしてLock Downを切り抜けしか」、は中断することにした。

「美食」については、この後、シドニーの魚、オーストラリアのトリュフ、ベランダ栽培のイチゴ、ベランダ栽培のレタスなど、色々と良いネタをそろえてあるのに、残念。

オーストラリアのトリュフの素晴らしさについては、また日を改めて報告します。

オミクロン株は、デルタ株より重症化する率が低いなどと言われてもいるが、なかなかそう簡単にはいかないようだ。

さらに、デルタ株変異種というのが出現したとも言われている。

このデルタ株変異種は、重症化率が高いそうで、聞いただけで憂鬱になってしまう。

一体、このまま行くと、人類はどうなるのか。

このまま続けていくと、経済活動も、社会活動も、何も出来ないままになってしまう。

もうこうなると、コロナもちょっとたちの悪いインフルエンザとして扱って、社会活動は旧に復するしかない、という人もいる。

人によっては、もう諦めて、全ての活動を以前に戻して、コロナにかかったらその都度治療することにすれば良い、と言う。

考えてみれば、このコロナとインフルエンザとどちらが被害は大きいのだろうか。

ただ、私のように後期高齢者は、(いや私なんか後期高齢者を通り越して、終期高齢者だが)、はコロナにかかると重症化率が高く、死亡率も高いと言う。

(しかし、それは、インフルエンザでも同じ率なのではないだろうか。)

私はそれを心配して、家に引きこもり続けている。

小学校の同級生の女性がこんなことを言ってきた。

「私達はもう残された時間が短いというのに、どこにも行けず、何も出来ずに家に閉じ込められている。こんなの、大変な人生の無駄だ」

まさにその通り。

若い人はまだ先があるからいいけれど、後期高齢者、終期高齢者となると、まさに今のこの時間が貴重なのに、何も出来ずに家に閉じ込められているのは実に残念だ。

こんな時に、テニスのオーストラリア・オープンが開かれた。

そこに、セルビアのジョコビッチがやってきた。

既に旧聞に属する話だが、書いておきたい。

ジョコビッチは反ワクチン派なのだという。

オーストラリアの法律では、オーストラリアに入国するのに、ワクチン接種の証明書が必要である。

それが、ジョコビッチは12月16日に陽性になって、今は陰性、抗体が出来ているからいいだろうと主張した。

オーストラリアの裁判所は一旦、特別扱いで入国を許した。

しかし、そう簡単にはいかない。

ジョコビッチ側の問題が色々発覚した。

陽性になったと言っているのに、その間にもよおし物などに色々参加していた。

オーストラリアの入国申告書類に、直近2週間海外に行ったことがない、と申告したのに、実際はスペインなどに出掛けていた。

入国申告書に虚偽の記載をすると、懲役が科されて、向こう三年間入国禁止となる決まりがある。

世論は反撥した。

オーストラリア政府の移民相ホークは裁判所の決定を取り消し、ジョコビッチを強制送還、向こう三年間のオーストラリア入国禁止処分にした。

と書くと簡単なのだが、殆ど一週間、オーストラリアでは、このジョコビッチ問題で大騒ぎになった。

オーストラリアにも反ワクチン派の人たちはいて、彼らはジョコビッチの件を反ワクチン派のために利用しようとして、ジョコビッチの入国を許可しろと騒いだ。

セルビアの大統領まで出て来て、オーストラリアの首相にジョコビッチを入国させろと迫った。

私達オーストラリア国内でこの二年間、コロナとの戦いで厳しい生活を送ってきた人間にとって、呆れるばかりの馬鹿馬鹿しい騒ぎだった。

事実、調査の結果、オーストラリア人の83パーセントがジョコビッチの入国に反対した。

オーストラリア政府は2020年に海外渡航禁止令を出して、それ以来オーストラリアの住民は海外に出られなかった。

昨年11月にそれが解けて、私の長女が1月に私の母の見舞いに日本へ行ってきた。

私の母は高齢で、弱ってきているので、長女は見舞いに行ってきたのである。

で、帰りのオーストラリアに向かう飛行機には、ワクチン接種の証明書と、PCR検査の陰性証明書がないと乗れなかった。

これは誰にでも適用される法的な措置である。

法の下で万人公平でなければ公正な社会とは言えない。

そもそも、反ワクチン派でワクチンを打っていないジョコビッチはオーストラリアに向かう飛行機に乗ることは出来ないはずだったのではないか。

飛行機に乗ることが出来たと言うことがまず問題だ。

さらに、オーストラリアに入国して、どういう事情か、オーストラリアの裁判所がジョコビッチの入国を認めたことが問題だ。

しかし、過ちは直ちにただされるのがオーストラリアという国の良い所だ。

日本のようにアヘ・ヒンソーが国会で何度も嘘をついても許される腐りきった国とは違う。

結果的に過ちは正された。

その渦中で、ジョコビッチは、次のように言った。

オーストラリア・オープンに出るのは、「最高峰の選手による最高峰の試合を見せたいからだ」

これを新聞で読んで、私は上品に言えば、憤った。

私流に言えば、「ざけんなあっ、最高峰の選手ならオーストラリアの社会を破壊してもいいのかっ!」と喚いた。

ジョコビッチが入国を許されてオーストラリアオープンに出場するということは、まず第一に、「ワクチンを打っていない人間は入国を許されない」というオーストラリアの法律を破ることになる。

ある1人の人間に対して法律を破ることを許したら、「法の下に万民が平等」という民主主義の根幹を犯すことになり、オーストラリアの国の社会は壊れてしまう。

更に、ワクチンを打っていないジョコビッチはオーストラリアの国民をコロナに感染させる恐れがある。

となると、ジョコビッチの入国を許すと、

1)オーストラリアの社会を破壊する。

2)オーストラリア国民をコロナに感染させる恐れがある。

という、二つの過ちを犯すことになる。

「最高峰の選手」「最高峰の試合」は、オーストラリアの社会を破壊し、オーストラリア国民の健康を危機に陥れる、

テニスは、一国の社会を破壊し、その国の国民の健康を破壊してまで有り難がる物なのか。

私は最近の、スポーツ選手の特権化はすさまじい物があると思う。

それについて語りだすと本一冊になる。

今そこまで語る余裕がないので、昔のことを一つ話して終わりにしたいと思う。

長嶋選手が日本国民みんなに英雄として崇められていた頃のことだ。

1960年代の東大の教養学部で、城塚登教授の「社会思想史」の講義が学生たちに人気があった。

駒場の900番教室という、大きな階段式の教室で、「社会思想史」は文化理科共通の科目とされていて、受講する学生の数も多かった。

城塚登教授は黒澤明監督の映画「羅生門」に出て来た俳優森雅之に似た好男子で颯爽とした身なりで、しかも、社会思想について語る語り口が鋭く歯切れが良いので大変に人気があった。

教室と言うより講堂と言う方がふさわしい900番教室がいつも受講する学生たちで一杯になった。

ある朝、それは、「価値」という物についての講義だったと思うが、城塚登教授は、こう語った。

「1人の男に棒を持って立たせて、ボールを投げてやったところ、3割くらい的確に打ち返すとその男は巨額の金を得る」

これが、長嶋選手のことを言っているのだと学生たちは気がついて、笑いがはじけて、殺風景な900番教室がいっとき明るくなった。

人間には見方によって様々な価値が有るが、商品としての価値という物もある。

野球が大衆的な人気を博している社会では、ボールを三割の確率で打ち返すとスターになり、破格の給料、広告のモデルとしての破格の収入、を得られる。

野球選手の価値は、商品価値に換算しうる。と言うか、商品価値で計られる。

商品価値という物は普遍的な価値ではない。

野球に人気がない社会では、価値がない。

人間の生き死にに関わる価値はない。

端的に言えば、人間存在の根底に関わる絶対的な価値ではない。

こう言う見方には異論があるだろうが、人間の本当の価値とは何なのか、と言うことについて考える,とっかかりにはなった。

私はジョコビッチ騒ぎをみていて、皆、ジョコビッチの商品価値に振り回されていると思った。

雁屋 哲

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