雁屋哲の今日もまた

2021-11-20

余は如何にしてLock Down を切り抜けしか

 その1 「孫娘」

シドニーのあるニューサウスウェールズ州は、去年から厳しいロック・ダウンを敷いた。

自宅から、5キロメートル以遠に出てはいけない。

買い物も生活に必要なものだけが許されて、しかも、買い物に出掛けて良いのは1家族から1人だけ、五人以上人間が集まってはいけない、レストラン、パブ、などは営業禁止、スーパや食品店の入り口にはQRコードの登録証が掲げられていて、店に入る人はスマートフォンでそのQRコードをスキャンして、店に入った時間と、店から出た時間を州政府に申告しなければならない、などなど、厳しい規則が並んでいた。

その、ロック・ダウンが、10月末に解けて、11月1日から、海外渡航禁止令も解けた。

レストランも営業を再開して、人々はようやく息をつけるようになった。

しかし、この間に、30年近く大事にしてきた中華街の中華レストランが店を閉めてしまった。

これから、中華料理をどこで食べたら良いのか、私達は途方に暮れている。

ロック・ダウンは実に厳しかった。

どこにも出掛けることが出来ないので、息がつまりそうになった。

音楽会も、美術展覧会も、映画館も、全てクローズ、旅行も出来ない、釣りに出掛けることも出来ない、今まで普通にしていた生活が全てできない。

警察や、取り締まり当局の目は鋭く、うっかりするとひどい罰を食らう。

婚約パーティーを50人の人間を集めて開いた人たちが、日本円にして総額3000万円の罰金をかけられた例もある。

日本のように外出を野放しにするのとは大違いの厳しさなのだ。

ここまで締め付けられると、精神的に参ってしまう。実際にそのような人の話は色々と聞いた。

私も牢獄に閉じ込められたような思いで日々を過ごしてきた。

実に、苦しい陰鬱な日々だった。

一体この無残な日々を私は如何に生き抜いてきたか。

その報告を書いていく。

今回はその報告第一である。

2020年の6月に長男夫婦の間に女の子が生まれた。

私達夫婦にとっては初孫である。

孫は可愛いと聞いていたが、いやはや、こんなに可愛いとは思わなかった。

10年以上前になるだろうか、池上遼一さんが小学館の漫画賞を受賞して、その受賞祝賀パーティーに私も招かれた。

パーティーには池上さんの奥様と娘さんも出席していた。

娘さんは赤ちゃんを抱いていた。

池上さんにとっては初孫である。

池上さんがその赤ちゃんを「おう、おう」などと言って抱いたので、私は尋ねた。

「ねえ、孫って可愛い?」

すると池上さんは赤ちゃんをあやしながら、とろけるような顔で言った、「もう、可愛くて、可愛くて」

私は大変にうらやましく思った。

「いいなあ」と、池上さんのその幸せそうな顔を見てつくづくそう思った。

ところが、ついに、私にもその番が回ってきたんですよ。

いやはや、参った。

もう、池上さんどころではない。

可愛くて、可愛くて、他に言い様がない。

その可愛さには抵抗するすべがない。

生まれて初めてその顔を見た時に、「ああーっ」と私は思わず声をあげた。

私たち夫婦が初めて子供を授かったあの日のことを思い出したのだ。

私達は最初に男の子と女の子の双子を授かった。

その時の爆発するような喜びと言ったらそれまでの人生で味わったことの無いものだった。

宝くじの特賞が千回分まとめて当たってもあんなに嬉しくないだろう。

私はそれまで、無頼にして放埒な生き方を良しとしていた。

「あれが体にいい、これが体に悪いなんて言ったって、生きること自体が体に悪いんだ。あれもこれも、したいことをしたいようにすれば良い。飲みたいものを飲みたいだけ飲み、食べたいものを食べたいだけ食べれば良い。死ぬ時ゃ、死ぬ」などとうそぶいていた。

しかし、二人の顔を見た途端、「この子たちを何とか無事に健康に幸せに育てなければならない。それにはまず私達が健康でなければならない」という思いがこみ上げてきて、私はそれまでの生活態度を一変した。

孫の顔を見て、その時のことを思い出した。

自分の子供の場合、ただ可愛いではすまない。

私の性格なんだろうが、心配で心配でたまらない。

男の子と女の子を両方育ててみれば分かるが、男の子の方が弱い。

下痢をしたり、熱を出したりするのはいつも長男の方だ。

母親というのは大したもので、少しばかり子供が熱を出しても平然としている。

「すぐ治るわよ」

私はそうは行かない、今にもこの子は死んでしまうんじゃないかと怯えて震え上がる。

日曜日の夜中に、市の幼児専門の病院に担ぎ込んだのは一度や二度では済まない。

しかし、孫の場合、そんなことは長男夫婦に任せておけば良い。

私はただ、可愛い、可愛いと、とろけていれば良いのだ。

全く、「ラッキー」ですよ。

長男が陶芸家であって、ろくろも窯も私の家に据えてあるので、長男は私の家を離れるのは難しく、結果的に長男夫婦は私の家に同居している。

おかげで、毎日孫の顔を見ることが出来て、私は大変に幸せだ。

友人たちの話を聞くと、小学校二年生の時からの友人もやはり長女夫婦が一緒に住んでくれているので、孫と毎日会えて幸せだと言っているが、それは全く例外で、大抵は息子や娘の夫の仕事の都合で実家から離れた所に住まざるを得なくなる事が多く、同居するのは無理であることが多い。

その点私は運が良い。

毎日孫と一緒にいられて、こんなにありがたいことはない。

生まれてから毎日孫を見ては、可愛い、可愛いという。

一体一日に何回可愛いと言うのだろう。

首が据わった、寝返りが出来た、腹ばいになれた、腹ばいになって首を上げることが出来た、お座りが出来た、はいはいが出来た、立った、歩いた、走った。

その一つ一つの節目が、私達にはこの世の一大事。

毎日孫の一挙手一投足に私達は引きつけられて、ちょっとしたことで喜んで笑う。

家中、孫を中心として笑いのトルネードだ。

私は四人の子持ちで、男二人、女二人、上手い具合にそろった。

で、当然のことながら、男であろうと女であろうと子供の可愛さには変わりはない。

だが、女の子は抱いた感じが男の子とは全然違う。

柔らかいのだ。

これは、最初に男の子と女の子を同時に持てたので、比較することも出来てよく分かった。

女の子はほわーっと柔らかく、男の子はゴツゴツ骨張った感じがする。

もし子供を1人しか持てないのだったら、私は絶対に女の子を選ぶ。

で、この初孫が女の子なので、私としては大変に嬉しい。

孫娘を膝に抱いていると、その柔らかな感触と、体中から立ち昇る赤ちゃんの匂いに恍惚として「ああ、なんて可愛いんだ」と余りの幸福感に胸が痛くなる。

海原雄山が山岡とゆう子の赤ん坊を抱えてこんなことを言っている。

「赤ん坊は不思議な力を持っている。人の心を清らかにする」

雄山の言や良し、だ。

長男夫婦はもう一人男の子を作ると頑張っていたが、実際に子供が生まれてみると、子育ての大変さを身にしみて、もう一人作る気力を維持することが出来るかどうか、私は面白がって見守っている。

私が如何にジジ馬鹿かを示す物の一つに、iPhoneに撮りためた写真と動画がある。

iPhoneの「写真」を開くと、11月19日現在で、写真が3,541枚、動画が1,839本の動画、と記録されている。

3,541枚の写真の内、3,200枚が孫娘の写真、1,839本の動画のうち、1,600本が孫の動画である。

私は長い間スマートフォンを使わなかったが、孫娘が生まれてから手放せなくなった。

いつでも、孫娘の写真と動画を撮りたいからだ。

更に、このジジ馬鹿のひどい所は、撮った写真と動画をやたらと人に送りつけることだ。

私の姉弟、子供たち、サンディエゴの親戚、小学校の同級生、昔からの友人、尊敬するマンガ家、仕事で協力してくれたライター、など、みんなの迷惑を顧みず手当たり次第送っている。

そのためには、WhatsAppが1番良い。

小学校の同級生の1人が、Lineしか入っていないというので、私も急遽Lineに入ってみた。

しかし、Lineでやりとりした動画は10日もすると消えてしまうのだ。

これは、おどろくべきけち臭さだ。

Lineは韓国製のアプリでそれを日本向けにした物を我々日本人は使っているのだが、このけち臭さはどうしたことだろう。

韓国人は気前が良いので有名だ。

すると、これは日本人の島国根性のけち臭さのゆえなのかね。

WhatsAppはそんなことはない。一年以上前の動画もちゃんと残っていて楽しめる。

とまあ,こんな具合に、孫娘を可愛い、可愛いといって、毎日を過ごしています。

人生も終わりというこの時期に当たって、孫娘が大変な幸せを抱えてやってきた。有り難い、有り難い。

私がLock Downを切り抜けることが出来たのは、まず孫娘の存在に寄る所が大きいのだ。

(その二「美食三昧」につづく)

雁屋 哲

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