雁屋哲の今日もまた

2008-11-30

奇怪なデマ

 一昨日、仙台の伊澤さんから電話が掛かってきた。
 伊澤さんは、「勝山」という酒造会社を持ち、東北の日本酒醸造協会の重鎮、江戸時代からの仙台藩の御用倉を務め、お金も融通してきたというお金持ちで、ご自分でもレストランを経営し、料理学校を経営していて、日本の料理の世界では著名な方である。(ついでに言うと、東北大学の敷地のかなりの部分は、伊澤家が寄付した物だそうだ)
「美味しんぼ」でも、無添加ソーセージを作ったり、「日本全県味巡り」の「宮城県篇」の際にはお世話になっている。

 伊澤さんは、70を越えられたのだが、いまだにアイス・ホッケーをやめられない。
 なんと言っても、自分でアイス・ホッケーをするためにスケート・リンクを作ってしまった人だから、その思い込みが強烈だ。
 毎年頂く年賀状には、前年のアイス・ホッケーの成績が書かれている。
 もう、いい加減に止したら如何です、と言うのだが、歳は70でも、心は15歳なので、がむしゃらのまんまで、手がつけられない。
(伊澤さんが60を越えて間もない頃、私達夫婦と伊澤さんご夫婦とで札幌に美味しい物を食べに行ったことがある。すると、昼間、夕食まで時間があるから映画を見ようと、私達をお誘いになる。何の映画かと尋ねると、「頑張れ、ベアーズ」というアメリカのアイス・ホッケーの映画だという。そんな物はいやだと断ったのだが、なにしろ精神年齢15歳の方だから、言い出したら聞かない。
 無理矢理、映画館に連れて行かれた。
 しかも、その際におかしかったのは、伊澤さんは自慢げに「私は60を越えたので、映画はシニア料金で見られるんですよ」といって、シニア料金で入場したことである。
 それが、仙台一の金持ちのすることか。
 じつに、面白い方である。ついでに言うと、その映画は子供のアイス・ホッケーチームの話で、最初から結末が分かっている、幼稚な内容なのだが、伊澤さんは、アイス・ホッケーと言うだけで、昂奮して熱を入れて見ているのだ。
 まったく、ひどい目に遭った)

 伊澤さんお電話の内容は、私にとって、キツネにつままれたような、奇怪な話だった。
 伊澤さんは東京で、何とかと言う名の「美食の会」に入っていて、数日前にその会に参加したのだが、伊澤さんのとなりに、「は」さんがいた。
「は」さんは、調理師学校を経営しており、食の評論家として良くテレビに登場しておられる有名な方である。
 私は、「は」さんの調理師学校で十数年前に講演をしたことがある。何かの拍子にある料理屋で偶然「は」さんと隣り合ったことがある。
 また、何かの機会に「は」さんから真空調理に関する資料をいただいたことがある。
「は」さんとのおつきあいは、その程度で、親密なおつきあいという物はしたことがない。深い話もしたことがない。
 何かの拍子にどこかでお会いすると、ご挨拶をする程度である。
 それも、この十年ほど、テレビや雑誌ではお顔は何度も拝見しているが、実際にお目に掛かったことはない。

 その「は」さんが、伊澤さんに、次のように言ったというのだ。
「来年の2月9、10、11日の三日間、有楽町の国際フォーラムで『食のサミット』と言うのを開く。日本のみならず、世界中から私の友人の有名シェフたちを呼んで料理を作ってもらって食べる会を開き、同時に食に関するパネル・ディスカッションを開く。その会に雁屋さんが出ることを確約してくれたので、伊澤さんも如何ですか。お招きします」

 それを伊澤さんに聞いて、私は、呆気にとられた。
 そんな話、聞いたことがない。
 一体何のことですか、と私は伊澤さんに尋ねた。
 伊澤さんは驚いて、「なんだ、違うんですか」と言う。
 伊澤さんにお聞きすると、その「食のサミット」という会は、食品大企業が協力しているという。
 その食品大企業はいずれも、私が「美味しんぼ」の中で批判した会社である。
 それで、伊澤さんは驚かれたのである。
「そんな大企業の息の掛かった会に雁屋さんが出て、一体雁屋さんは何を喋るつもりなのか。その場で、大企業をがんがん批判することを言ってくれるのか」
 伊澤さんは、どうにも腑に落ちないので、わざわざシドニーまで電話をかけて来られたというわけだ。

 私は何度も伊澤さんに確かめた。
「本当に、「は」さんがそんなことを言ったんですか」
 伊澤さんは、真剣な声で、怒鳴るように、
「『は』さんは、確かに雁屋さんが参加すると言ったんですよ。しかも、私を招待すると言ったんですよ」
 と言う。
 今までの長いおつきあいを通じて伊澤さんは出鱈目を言う人でないことは良く分かっている。

 全く冗談じゃない。
 有名シェフを集めた料理会だの、大企業肝いりの食についてのディスカッションだの、考えただけで気持ちが悪くなる。
 私が顔を出すような場所ではない。
 私とは世界が違う。

 伊澤さんの驚きは止まらない。
「私はおかしいと思ったんですよ。なんで雁屋さんがそんな会に出るのか。一体雁屋さんは、どうかしちゃったのか、余りにおかしい、と思ったんですよ。
 しかし、どうして「は」さんは、そんなことを言ったんだろう」

 私も、どうして「は」さんはそんなことを言ったのか不思議で仕方がない。

 しかし、考えている内に腹が立ってきた。
 実際に、その「食のサミット」に伊澤さんが行ったとする。
 当然私はいない。伊澤さんは「は」さんに、「雁屋さんはどうしたんですか」と尋ねるだろう。
 すると、「は」さんは、まさか、「最初から、あれはウソです」とは言えないから。
「ああ、雁屋さんは急に具合が悪くなってこられなくなりました」などと答えるのではないか。
 そう聞けば、伊澤さんは、「雁屋哲はいい加減なやつだ。土壇場でキャンセルしやがって」と思うだろう。

 私が心配になったのは、「は」さんは、伊澤さんに言うくらいだから、他の人間にも「食のサミット」とやらに、私が来ると言っているのではないか。
 そして、当日、みんなは「雁屋哲は急にキャンセルした」と言われる。

 これは、ひどい。
 私の名誉を傷つける物だ。
 信じられないことだ。

 読者諸姉諸兄、ここではっきり言っておきます。

 私は、「食のサミット」などと言う会には、一切関係していません。
 その会に、出席するという約束をしたこともありません。
 第一、そんな会が開かれることさえ知らなかったのだから。
 悪質なデマに引っ掛からないでください。

 しかし、「は」さんは何を考えているんだろう。
 実に不愉快千万きわまりない。

雁屋 哲

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