雁屋哲の今日もまた

2008-11-05

和歌山県第一次取材、その後

 10月27日から31日まで、「美味しんぼ」の「日本全県味巡り」和歌山編の為の第一次取材に行ってきた。

 どこの県に行っても、感心するのは地域の「婦人会」の存在である。
 それぞれに名称が違うが、その地域の伝統料理を残すこと、食生活の改善を目指すことなどで目的を同じくしている。
 婦人会の方々を見ていると、日本と言う国は女性で持っていると言うことがはっきりと分かる。
 日本の女性は凄い。有り難い。

「美味しんぼ」の「日本全県味巡り」の目的は、日本の各地の伝統料理、伝統文化を記録し、後世に伝えること。若い人達にその価値を認識して貰い、自分たちの祖先の残した尊い財産を受け継いで貰うこと、である。
 その「日本全県味巡り」の主旨に一番合致した料理を作ってくれるのが各県の地域の婦人会の方々なのだ。
 和歌山県も例外ではなく、海草郡「生活研究グループ」、みなべ町「梅料理研究グループ」、串本「生活研究グループ」、「串本町生活改善グループ」、那智勝浦「生活研究グループ」の婦人会の皆さんに数々の素晴らしい料理を作っていただいた。

 まずは海草の生活研究グループの皆さんとの記念写真

海草、生活研究グループの皆さんと

 海草の生活研究グループの皆さんに作っていただいた料理を二つばかり紹介しよう。
 左が「あせの葉寿司」、右が、大根の葉のかやの実あえ。

あせの葉寿司 大根の葉、かやの実和え

 あせの葉というのは、ススキの葉に似ているがそれよりは幅びろで緑色が美しい。このあせの葉で締めた鯖を包む。あせの葉の香りが良く、殺菌力もあるので、用いられるのだそうだ。
 実にさわやかな味わいの寿司である。
 かやの実は、煎ると非常に香ばしく甘い良い味になる。
 そのかやの実をすり鉢ですり下ろし、味を付けて、刻んだ大根の葉を和える。
 大根の葉がしゃくしゃくして気持ちの良い歯触りで、またこのかやの実の香ばしさが素晴らしい。私は、色々な地方で、その土地独特の産品を使った和え物を何種類も食べてきた。
 このかやの実の和え物は、鬼ぐるみ、エゴマの実、の和え物と並ぶ、極めて秀逸なうまさだ。

 次に、みなべ町「梅料理研究会」の皆さんの調理風景。

梅料理研究会の皆さん

 なんと言っても、みなべ町は梅の町。
 町中の人達の大部分が何らかの形で梅と関わりのある仕事をしているという。
 梅干を実際に作るだけでなく、その周辺の仕事だけでも産業になる。
 例えば、梅干の容器作りだけでも大変な産業になる。
 町中見渡すと梅の木で埋まっている。
 みなべ町は梅で成り立っている町なのだ。
 そのようなみなべの町だからこその「梅料理」だ。
 その、梅料理を紹介しよう。
 左は梅床の漬け物、右は梅床漬けのできあがり、下はひじきの梅和え。

梅漬けの床 梅漬け
ひじきの梅和え

 ぬか床の漬け物は良く知られている、私も大好物。しかし、梅干しをすり潰し下ろした梅床に野菜を漬けた梅床漬けというのは初めての体験だ。
 梅だけの味で、ぬか漬けのように発酵した味ではないのだが、実にさっぱりとして、野菜の持ち味を良く引き出す漬け物だ。
 ひじきも、ひじきだけでなく色々な野菜を混ぜて梅であえて味を付けると、ひじきの癖が和らいで、ひじき嫌いの人も、ひじきが好きな人も、どちらも「ひじきは旨い!」と本気で思わせる味だ。

 ついで 串本の「生活研究グループ」の皆さんとの記念写真

串本、生活研究グループの皆さんと

 ここで面白かったのはウツボ料理。

ウツボの乾物 ウツボの乾物を叩く

 左の写真は、ウツボの乾物。これを、右の写真のように、小槌でたたいて柔らかくして、

ウツボの干物を切る ウツボの乾物の揚げ煮

 はさみで細く切って、右の写真のように揚げ煮にする。
 私も、ウツボは各地で食べたが、この串本の、乾物を揚げ煮にするのは初めてだった。
 香ばしくて、かみしめればかみしめるほどうま味が出て来る。
 つい、一杯飲みたくなって困りました。

 那智勝浦の「生活研究グループ」の皆さんに作っていただいた、目張り寿司が美味しい。

 目張り寿司にも三通り有る。

目張り寿司1 目張り寿司2

 そして、ここに写真はないが、上に写っている物に倍以上有る巨大なもの。
 その巨大な寿司をほおばるときに目をむいてほおばるので目張り寿司という。

 左の目張り寿司は、まだ新しい高菜の漬け物で刻んだ高菜を混ぜたご飯を包んだもの。
 右の目張り寿司は、麦飯に里芋を混ぜた物を高菜の古漬けで巻いた物。
 この色の対比が凄いですね。
 新しい漬け物は緑色が鮮やかだし、古漬けはぐわっと訴えてくる力があります。
 その中を見てみると、

目張り寿司1の中身 目張り寿司2の中身

 左はご飯に高菜の漬け物が入っているのが見えるでしょう。ただ、焦点深度が浅かったので、左側だけが鮮明です。素人なのでごめん。
 右の古漬けの物は、ピントがちゃんと合っています。里芋の隣に押し麦が見えますね。良かった、良かった。
 新しい高菜で漬けた目張り寿司はさわやかでいくつでも食べられる感じ。
 古漬けの方は、麦飯、里芋、古漬けと三つ力のある物が重なって、実に食べ応えがある。しかも、後を引く。

 そして、串本町「改善グループ」の皆さんとの記念写真。

串本町、生活改善グループの皆さんと

 ここでは、野いちごの葉で包んだ押し寿司を作っていただいた。

野いちごの葉 野いちごの葉を敷く

 野いちごの葉を裏返しにして、押し寿司の型の底に敷き詰める。
 野いちごの葉の裏にはとげがある。そのとげを包丁で削って使う。
 野いちごの葉は香りも良く、殺菌力が有ると言う。
 あせの葉と同じ意味があるんだね。
 野いちごを敷いた上に酢飯をつめ、その上に、具を乗せる。
 具は、下の写真をご覧ください。

締め鯖の細切り 高野豆腐、椎茸などの具

 左が締め鯖の細切り、右が、椎茸、ニンジン、高野豆腐、ゴボウ、昆布。

 これを丁寧に酢飯の上に並べて行って、その上を更に、野いちごの葉で覆う。

酢飯の上に具を置く 更に葉で覆う

 更にその上に酢飯をのせ、具を乗せる。
 二段の押し寿司になるわけだ。時には、三段にすると言うから贅沢な物だ。
 二段詰めて、更にその上を野いちごの葉で覆って、押しぶたをして、できあがり。

二段に葉で覆う 出来上がって押し蓋を取る
きれいに出来上がりました

 これを、食べやすい大きさに切る。

食べやすい大きさに切る これが一個分

 葉を取ると、おお、美しい。

おお、美しい

 これは二段になっているから、一段ずつ食べる。
 そのときに、1段目の下に着いている野いちごの葉をはがさないと、痛い目に遭います。

二段を、一段ずつはがす

 この野いちごの葉の押し寿司は、今までに食べた様々の押し寿司の中でも最右翼のうまさ。
 味わいが優しくて、心がうきうきする美味しさなのだ。

 磯間のシラス漁も楽しかった。
 シラス漁の船に乗せて貰って、漁の後漁師さん手作りの料理をご馳走になった。
 漁師さんの一人が、「これが楽しみ」と言って持って来ていたワンカップのお酒を私は横取りしてしまった。
 漁師さんたちの言葉は、私のように関東で育った人間には聞きとりづらい。
 乱暴に聞こえるのだが、皆さんとても優しいのだ。
 私に酒を捕られた漁師さんも「全部飲んだらあかんで」と小声で言うだけ。
 取れたばかりのしらすで作ったみそ汁で、飲む酒のうまさと来たら、こたえられませんぜ。

 と、まあ、こんな具合に、和歌山の取材を続けています。
 あまりここで、色々紹介すると、漫画を読んで頂く楽しみが減るから、この辺にしておきます。

 11月10日から、第二次取材に和歌山に行きます。
 今度はどんな物に巡り会えるのか、楽しみだ。

 脚の具合も快調。
 シラス漁の船にも乗れたし、炭焼きの山にも行けた。
 膝の曲がり方が十分ではないので、不自由だが、痛くないのが何よりだ。
 こんなに上手く行くとは思わなかった。
 手術をしてくれた、ウッドゲイト医師に感謝。

 和歌山のみなさんにも感謝。
 10日からまたお世話になりますから、よろしくお願いしますよ。

 11月3日は、日比谷公園で山梨県のワイン祭りに参加した。
 7百円払えば試飲のし放題、と言うので、1万人を超える人が行列を作って参加した。
 大盛況。
 山梨の、甲州種のワインは、世界で一つだけ日本食と合うワインだ。
 味噌、醤油、米酢という、シャルドネなどのワインが苦手とする食材とぴったり合う。
 素晴らしいワインだ。
 世界中に日本食が広まっているのだから、この甲州種ブドウのワインも是非、日本食ともに世界中に広めて貰いたい。

 その後、広瀬義龍の義龍会が主催する、日式散打の会に参加する。
 義龍は私の弟のような存在で、大学を卒業して日本でも一、二を争う大商事会社に勤めたが、中国拳法をあきらめきれず、会社を辞めて、自分で義龍会という拳法の会を立ち上げて、もう二十年近く師範を務めている。
 この、散打(実際に打ち合うことを中国拳法では散打という)の会も来年で丸十年。流派を問わず、全国の拳法を修業している若者たちが参加して、防具を付けるが真剣勝負をする。
 その気合いの入った一途な姿は見ていて気持ちがよい。
 私は一応、顧問、と言うことになっていて、私が見ていて一番気合いの入った良い試合をした青年に「雁屋哲賞」を贈った。

 夜は、五十年以上のおつきあいの私の姉の友人の母、と言うと他人じみているが、もう私達は親戚同様のおつきあいをしている。義理の母みたいな関係だ。
 今92歳だが、お元気で嬉しかった。
 無理矢理に誘って、目黒ドレメ通りのレストラン「Arcachon(アルカション)」にお連れする。
「Arcachon」は東大医科研の先生に連れて行って頂いたのが最初だが、へんぴなところにあるのに、味は超一流。
 食材も選び抜いている。
 美味しい物を食べたい、と思う人で、このレストランを知らないのは可哀想だ。
 美味しい物を食べたかったら、今夜にでも行くべき店だ。
 私は、前菜に、鹿肉と牛肉とフォワグラの三種のテリーヌ、主菜に豚のほほ肉の料理を食べたが、どれも満点の出来。
 ワインも、イスラエルのワインがあるし、ブルゴーニュの良い物もあるし、完璧に満足した。
 92歳の私にとっては母のように大事な女性も、しっかり食べて満足してくれた。

 さて、たまに日本へ来ると、用事がたまっていて、これから毎日が大変。
 疲労も、たまってきた。
 これからが、頑張りどころだんべえなあ。

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雁屋 哲

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シドニー子育て記 シュタイナー教育との出会い
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