雁屋哲の今日もまた

2008-06-13

「こ」ちゃんのこと

 昨日、シドニーの新聞、Sydney Morning Herald を開いて驚いた。
 オーストラリアのラッド首相夫妻が、天皇皇后と会談をした写真が載っているのだが、皇后と、ラッド首相夫人の間に「こ」ちゃんが通訳として座っているではないか。

 数年前に、私たちがシドニーに来た当初色々お世話になった「い」夫人から電話があった。夫人の友人が今度シドニーに行くことになったから、よろしく、と言うことだった。
「い」さんは、私達がシドニーに引っ越した当時シドニーに駐在していた日本の大企業の社員で、その夫人は極めて聡明にして有能、人柄も明るく親切で、西も東も分からない私達夫婦にシドニーで暮らしていくために必要な様々なことを教えてくださった。
 その方から、電話を頂戴しては、こちらも本気にならざるを得ない。
 夫人が「友人だからよろしく」、と言われるからには、三十代から四十代で、余り英語も出来ず、外国にも慣れていない女性を私は想定した。私達が、シドニーに来たばかりの時に「い」夫人にお世話になった恩返しをするときが来た、精一杯お世話をしなければならない、と張り切った。

 ところが、「い」夫人の友人という女性が登場してみると、大学を出て外務省に就職したばかりのうら若い女性ではないか。「い」夫人から電話を頂いたとき、私は酔っぱらったりして、きちんと話の内容を聞かずに勘違いしたのだろう。私はあっけにとられたが、更にあっけに取られたことに、英語が不自由どころか、外務省に合格したくらいだから英語はぺらぺらで、しかも、恐ろしく有能で私達がお手伝いする所など何も無い。
 それが、「こ」ちゃんだった。シドニーに来たのは研修のためだという。
「こ」ちゃんは私の長女と同い年で、たちまち家の娘たちと仲良くなった。
 私は、娘が一人増えたような気持ちになって、ほくほく、した。

「こ」ちゃん自身非常に有能だし、外務省もついているから、私達はお手伝いする必要は何も無かったが、私の娘たちときゃあきゃあ言って騒ぐのが楽しかったのだろう、「こ」ちゃんは私の家に良く登場してくれて、家族で外食するときにも参加してくれた。
「こ」ちゃんは、頭脳が優秀なだけでなく、周りを明るくする楽しい性格で、しかも極めてまめで、自分であんパンなど作って持って来てくれるのである。
 ある時、連れ合いの誕生日だったかに、「こ」ちゃんがクーポンを何枚かくれた。
『「こ」ベーカリー、何でも作ります』と書かれたクーポンで、それを「こ」ちゃんに渡すと「あんパン」でも「ケーキ」でも作ってくれる、と言う物である。
 何とも、味のある贈り物ではないか。

 その当時、私の小学校の同級生のお嬢さんもシドニーに滞在していて、私の家は、娘が四人になって、賑やかで華やかで、とても楽しかった。
 その「こ」ちゃんも二年の研修の後、キャンベラの日本大使館に二年間勤めてから、本省勤務になって日本に戻った。
 娘たちとは、メールのやり取りと続けており、去年長女がヨーロッパに長期滞在していたときには、自分の休みを合わせて、パリまで来てくれて一緒に過ごしたりもしている。
 東京に行ってしまっても、私達にとっては「こ」ちゃんは、私達の娘同然である。

 その「こ」ちゃんが皇后と、ラッド首相夫人の間で、姿勢も良く、いい笑顔で座っている写真を見て、嬉しくなった。
 昨日は、家族中で大騒ぎをした。
 私は、人間として皇后や天皇に好意を抱くが、なにしろ反天皇制主義なので、皇后のそばに寄っただけで感激するとか、有り難いとか、その様な特別な感情は抱かないだろう。(いや、これで、意外に権威に弱いから、皇后を前にしたら震え上がったりして)
 だが、外務省の職員となったら、そうは行くまい。
 かなり緊張しただろうし、やはり晴れの舞台だろう。
 反天皇制主義の私でも、その様な晴れの舞台に「こ」ちゃんが登場したのは嬉しい。「こ」ちゃんの、外務省での働きが高く評価されていることの表れだと思うからだ。

「こ」ちゃんは、東京の本省勤務になって、大変な忙しさだという。
 周りの職員も凄い働きようだという。
 しかも、「こ」ちゃんが言うのに、周りで働いている外務省の職員は頭の良い人ばかりで、素晴らしいのだそうだ。
 非常に優秀な人間が必死に働いていると言うのが、「こ」ちゃんの伝える外務省の内情である。
 は、はあ・・・・、と私は腑に落ちない思いがする。

 何故なら、昔から日本ほど外交下手の国はない。
 日本がアメリカに戦争をしかけた時にも、当時の駐米外交官がパーティーか何かに出ていて、日本の宣戦布告をアメリカに伝えるのが遅れたために、日本は未来永劫アメリカに奇襲攻撃をかけた卑怯な国、という汚名に苦しむことになった、と言われている。
 第一、当時の外交官たちが正確に欧米の事情を伝えていたら、軍部もあんな無謀な戦争を始めなかったのではないか。(いや、それは無理だったろうな。当時の軍部の指導者たちの頭は狂っていた。どんなに正確な情報を与えても狂った頭では何も判断できない。)

 しかし、戦後六十年以上、様々な節目で日本の外交能力のなさが指摘されている。
 アメリカの属国として、アメリカの背中に隠れているばかりで、世界の中での日本の影は薄い。
「こ」ちゃんの言うように、そんな優秀な外交官たちが揃っているなら、どうして日本の外交がここまでしょぼいのか。

 と考えていて、当然のことに思い当たった。
 外交は、外交官だけが独自に行える物ではないと言うことだ。
 結局、政治家だ。
 外交方針を決めるのは、外務省ではなく政府だ。
 携帯電話の方式も、カーナビの方式も、柔道の規則も、全て欧米の決めた形に世界が従い、日本は結局独自方式として世界の中で非常に不利な形に追いやられている。
 資源の確保も、食糧の確保も、相手国の言うなりだ。
 そんなところに私は日本の外交能力のなさを見て嘆くのだが、それは、政府と産業界の指導者たちのせいだな。
 外務省の職員のせいではない。

 となると、日本の外交下手は、日本の政治家達と、産業界の指導者たちの能力のなさ故か。
 そして、その政治家達を選んだ日本の国民自身のせいか。
 はあ、それが結論か。つまらん。

 私も何人か日本の官僚を見てきた。(東大法学部出身の高級官僚ばかり)みんな如何にも頭が良く回りそうだが、小才が利くだけで、自分がこの国の未来の為に先頭に立って働くという気概のある者はいなかった。中の一人は、後に汚職事件に係わって新聞に名前が出た。
 頭が良くても、もっぱら保身と自分の栄達のことにその頭を使うような狡猾な人間が特に高級官僚に多いように感じる。

 だが、「こ」ちゃんの言う事だから、「こ」ちゃんの周りの優秀な外務省の職員は私の知っているような官僚ではなく、本当に真面目な人達だと、信じよう。
「こ」ちゃんの、すがすがしくも気合いが入っている笑顔を見て、日本の官僚が全員「こ」ちゃんみたいだったら、日本の未来も明るいのだが、とつくづく思った。

雁屋 哲

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