雁屋哲の今日もまた

2008-05-19

水は命の元

「美味しんぼ」の第一回は水と豆腐の味を云々する物だった。
 1983当時、水については、どこの水が旨いとか、水道の水がまずいなどと言うことで話はすんでいた。
 ところが、どうだろう。今は水はペットボトル入りの物を買うのが普通になってしまった。
 これは恐ろしいことではないだろうか。
 日本に住んでいながら、水を買うなんて。
 昔から日本の水は美味しいので有名だった。
 外国航路の船は、みんな水のタンクを空にして、横浜港にやってきて、日本の水でタンクを満たした物である。その水も、水道水だった。
「Always三丁目の夕日」の時代、日本の水は世界で一番美味しいと言われていたのだ。
 その日本で、水道の水がまずいから、ペットボトル入りの水を買うようになろうとは、夢にも思わなかった。
 私は日本に来ると、東京のホテルに泊まることが多いが、ホテルの水は「飲料可」と書いてあるが、飲んでも伝染病にならないと言うことであって、匂いと味は私にとって「飲料可」ではない。仕方がないから、近くのコンビニエンスストアで、水を買ってホテルに持込む。
 もっとも、これは世界中どこのホテルに行っても同じことで、ホテルの水道の水が「飲料可」であるだけ、日本はましと言うところか。
 水道の水も生で飲んではいけないと言う国も少なくない。

 横須賀の私の家の近くに、湧き水の出ているところがあって、日本にいる時には、飲料水は全部その湧き水を使う。
 自然で、柔らかで、正に甘露そのもの、有り難みのある水である。
 シドニーに来て、湧き水の出ているところを発見したが、如何にも私の家から遠い。
 だから、私の家では、大型の浄水器を台所の流しの下にすえて、消毒の臭みと雑味を取って、飲料に使っている。
 ところが一歩外に出ると、水飲み場もろくにないから、ペットボトル入りの水を買わなければならない。
 しかし、これが高い上に、時に飛んでもない水を飲まされることがある。
 最近入院していたとき、病院でペットボトル入りの水を呉れたのだが、その水が、プラスティックくさいのである。とても飲めた物ではない。ペットボトルの内容物が水に溶け出したりする物なのだろうか。とにかく、プラスティックくさくて、口に入れただけで吐き出したくなる。病院のくせに、こんな物を飲ませて良いのか、と怒っては見たが他の人はみんな文句を言わずにその水を飲んでいる。
 私が、文句の多すぎる男というのだろう。
 仕方がないから、家から水を運んで貰っていた。

 シドニー空港で、水を買ったら、500か、600ミリリットル入りの1瓶が3ドル50セントもする。日本円にして(1ドル80円として)280円だ。これは幾ら何でもべらぼうすぎる。
 オレンジジュースよりも高い。
 最近オーストラリアの物価の高くなったことは、信じられないほどで、以前はオーストラリアから日本へ行くと何もかも余りに高いと思った物だが、今は逆に日本へ行くと物価が、特に飲食店の料金が安いと思うようになった。
 家賃などもひどく高くなり、日本から来ている若い人達は、それで苦しんでいる。
 水一つ取ってもこの値段だ。シドニーもひどく暮らしづらくなった。
 いや、日本でもコンビニでペットボトル入りの水が大量に売られている。それも、どうしてこれが水の値段なんだと、腹が立つような値段で売られている。

 ただ、車で旅行するときには便利かも知れない。
 私は「日本全県味巡り」で、地方取材に行くときには移動は車で行わざるを得ない。その際、ペットボトルの水が有れば、車の中でいつでも水が飲めるので便利である。
 しかし、考えてみれば、水筒を持っていけばよいだけの話だ。
 ペットボトルを大量に使用し無造作に捨てる。こんな事を続けていて良いわけがないだろう。
 ただ、ペットボトルは便利だ。あれを、毎回捨てずに何回も使えば少しは環境破壊を少なくすることが出来る。
 私の家では、一度手に入れたペットボトルは簡単には捨てない。水道の水を浄水器で濾した物を詰めて車で出かけるときにはそれをもって行く。ペットボトルは壊れるまで使う。
 どんなに美味しい天然の水でも、ペットボトルに詰めてしまえば、その味わいは失われる。
 自分の家で、水道の水を浄水器で臭みと雑味を取って、それをそのままコップに汲んだ物の方がペットボトル入りの水より美味しい事が多い。
 ペットボトルに入れてしまえば、売っている物とまるで変わらない。ときには、売っている物の方が、遙かにまずい。
 浄水器にも色々あるが、最新の、繊維型・フィルターと、活性炭を組合わせた物なら、かなり満足できる水になる。
 天然の銘水には及ぶべくもないが、都市近くに住んでいればそんな物はしょっちゅう手に入る訳もないから、高性能の浄水器を手に入れることが、一番容易で確実かつ安価な方法だろう。
 お茶やコーヒーに使う水まで一々買っていては破産してしまう。

 水は命の元だ。その水が、こんな事になって、これから先一体どうなるのだろう。
 日本はまだ島国だから良いが、アジア、ヨーロッパは、一つの大陸がいくつもの国に分かれている。
 一つの川の、下流にある国は、上流にある国の影響を大きく受ける。
 上流で、灌漑などに多くの水を使われたり、水を汚染されたりしたら下流にある国は大いに困る。
 日本は都会の水はまずくて飲めないが、地方に行けば美味しい水をふんだんに飲むことが出来る。
 富山県や長崎県では、町の人が湧き水を皆で管理して利用しているのを見た。
 その水がまた素晴らしく美味しいのだ。

 こんな事はオーストラリアでは考えられない。オーストラリアの国土は広大な面積を持っているが、その内、人間がすんで農業など出来る土地は、十五パーセントくらいしかない。
 その農業の出来る土地でも、慢性的な干ばつに苦しんでいる。特にここ数年、干ばつ続きで、小麦や米などの大幅な減産が続いている。
 日本では、自分の家で水道の水を使って自動車を洗っているが、シドニーでは、それは許されない。
 舗装された地面の上で水を使うと水は下水に流れてしまって、土地に戻らず無駄になるから、車を洗うのは、舗装されていない裸の地面の上で、しかも、ホースから水を流しっぱなしにして洗うことは許されない。バケツに汲んだ水を大事に使って洗うのだ。
 それを守らないと罰金だ。

 その点、日本はまだ恵まれている。
 これから、世界の人口は増えるばかりだという。
 アフリカは、飢饉やAIDSの蔓延にもかかわらず、人口はどんどん増えていくから、食料のみならず水が足りなくなる恐れがあるという。
 地続きの国同士では水争いも起こりかねないそうだ。

 今でも、日本は外国から、ミネラルウオーターを輸入している。水は、立派な商品なのだ。
 となると、資源小国の日本も、ミネラルウオーターを輸入するのではなく、逆に水を輸出して金を稼げるのではないか。
 年間の降雨量が極端に多い屋久島あたりの水を、アラブの産油国に石油並みの値段で売付けたらどうだ。
 立山から流れ出る大量の清水を特別の値段を付けて、金満家のアラブ人に売りつけるのだ。連中はブランド名に弱いから、日本の聖なるやまから流れ出た清水と言うことになると、飛びつくぞ。
 石油で世界中の金をかき集めているアラブの産油国の連中の鼻をあかしてやりたい物だが、所詮は水だ。そこまでの値段では売れないだろうな。口惜しいなあ。石油成金のアラブの連中を、水で痛めつけてやりたいね。何か手はないかなあ。

 私は、最近、日本へ行くたびに、ペットボトル入りの水の氾濫を見て、心細くなる。
 高い金を出して、素性の分からない水を漫然と飲んでいては駄目だ。
 安全で美味しい水をふんだんに飲めるように、身の回りの環境を考え直さなければ、日本の未来はないぞ。
 むかしは、水道の蛇口に口を押しあてて、鉄管ビールだ、などと言ってがぶがぶと飲んだ物である。

 ペットボトルの蓋を、きこきこと開けて、ちびちび飲むのが現代人の風俗だ。こんなのおかしいよ。
 自分たちが環境を破壊してしまったからこんな事になってしまったんじゃないか。それを反省せずに、ペットボトルの水なんか飲んで、いい気になっていてどうする。
 行列の出来るラーメン屋も、客に臭い水を出しているようじゃ意味がない。三つ星レストランもフランスのミネラルウオーターなど出して威張っているんじゃないよ。
 身近の所で、手軽に安全で美味しい水が飲める国。日本は、かつての、その姿を取り戻さなければならない。
 水なんか、買うのは惨めだ。全部自分たちのせいなんだからね。
 本当に惨めだ。その惨めさを、きっちりと認識してくれよ。
 この惨めさから何とか抜け出さなきゃ、日本はお終いだ。

雁屋 哲

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シドニー子育て記 シュタイナー教育との出会い
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