「雁屋哲の食卓」の協力者
「雁屋哲の食卓」を作っている主役は私の連れ合いだが、連れ合いには協力者がいる。
それは、子供たちである。
私の家では私の父が料理が好きだったので、その影響で私も台所に入るようになった。
私の姉の亭主も、これがまた大の料理好きで、土曜日曜には人を集めて自分の料理を食べさせるの趣味である。姉の息子たちも必然的に料理が好きだ。
料理の出来ない男は、我が家の男として認めない、と言うのが我が家の掟である。
男子厨房に入らず、なんて言葉を私の親族の間で使ったら、徹底的に馬鹿にされる。
私は、息子によく言って聞かせた。「男は、戦わなければならない。戦場で自分で食べ物を作れなかったら、戦えない。料理は男の必須の教養だ」
この場合、戦場というのは、本当の戦争の場とは限らない。仕事の場もまた戦場だ。例えば、物書き商売でも、腹が減ってはいい物を書けない。その時に、人に頼んで作って貰える身分なら良い。しかし、若いときにはそんなことは出来ない。
では、外食をすればよいのか。
若いときには、毎日外食をするだけの金は稼げない。現在ならコンビニ弁当を食べればよいと言うかも知れないが、それでも自分で作った方が安くて安全で栄養のある物が食べられるのだ。
旨くて栄養のある物を食べている者が、やはり最終的には勝つ。
だから、男は料理が出来なければ駄目なのだ。
私の長男は、大学を出てから一年近くヨーロッパ各国を放浪していたが、その間、最初に友人の所に泊めて貰い、次に、友人の友人、更には友人の友人の友人、と言う具合に次から次に縁を頼って泊まり歩き、ついにホテルはおろか、ユース・ホステルなど、金のかかるところには一切泊まらずに過ごした。
長男は、極めて人付き合いの良い男で、誰からも好かれるのだが、それにしても流石のヨーロッパ人たちでさえ、長男の話を聞いて驚いたと言うくらいだから、私達も驚いた。
一体、どうしてそんなことが出来たのかと、長男に尋ねたら、長男は言った。
「父ちゃん、連中、簡単だぜ。チャーハン作ってやったら、もうそれだけで感激して、ずっと居てくれと言うんだよ。カレーなんか作った日には大変だよ」
は、はあ・・・・・
芸は身を助ける、と言うが、料理の腕で、ヨーロッパで生き延びてきたとは、立派なもんだ。
そんな長男だから、「雁屋哲の食卓」の「焼き鶏」をご覧になっていただければお分かりの通り、時間があれば色々な料理を作ってくれる。自分の作った料理を、家族が「美味しい」と言って喜ぶと、眼尻を下げて嬉しげに笑う所など、私の父にそっくりである。
シドニーには様々なアジア系の料理屋がある。
そう言う店は学生でも食べられる安直な店が多い。そんなところに出入りしているせいか、長男は、東南アジア系のスパイスの利いた料理を得意にしている。
カレーを作るとなると、私も、どう使えばよいのか良く分からない香辛料を上手く使いこなして、日本風のカレーとはまるで違う味のカレーを作ったりする。
長女と次女も、料理が好きだ。
二人とも、小さいときから、料理をする連れ合いの傍にくっついて、自分でもあれこれ手伝いたがった。
まだ小学校に入ったばかりの頃の次女が、手伝わせてくれと余りせがむので、連れ合いが人参を与えて、刻ませていたこともあった。
長女は完璧主義者で、自尊心が極めて強い性格なので、自分が絶対に美味しく作ることが出来ると自信のある料理しか作らない傾向にあるが、次女は冒険心が強いので、色々な料理に挑戦する。
次女の料理好きは、大変な物で、普段の日は仕事などが忙しいから料理の本を読むことで我慢をしているが、休みの日になると、それを一気に爆発させるように、色々と作り始める。
次女は獣医なのだが、私は次女に、「獣医なんかやめて、料理の道に進んだらどうだ」などと、煽り立てている。
次女の友人たちも次女の料理好きを知っていて、誕生日の贈り物として、オーストラリアで発行されている料理の月刊誌を一年間届けてくれる人間もいる。
次男は末っ子でみんなが甘やかしたせいか、自分は食後の食器洗いをすればよいと決め込んでいるところがあるので、これではならじと、最近になって私がステーキの焼き方など、びっちりと教え込んだ。
性差別感を持っている訳ではないが、私には「肉料理は男の仕事」という観念がある。
ステーキやローストビーフを焼けなくて、それで男か、と思う。
だから、次男にはまずステーキの焼き方から教えた。
上手い具合に飲み込みが良く(私の教え方が上手だからね、と、子供自慢と自分の自慢を一緒にしていれば世話はないな。ちょいと、恥ずかしいんでないかい)いい具合にレアにステーキを焼けるようになった。
そんな訳で、次男はまだ駆け出しなので、今のところ、連れ合いの協力者は、長男と、二人の娘である。
「美味しんぼ」の原作を書くときは、料理の資料写真を花咲アキラさんに送る必要のあることが良くあった。
そこで、何度か、連れ合いと、長男、長女、次女に料理を作らせて、それを写真に撮り、花咲さんに資料写真として送った。
花咲アキラさんはそれを元に漫画を描いたので、読者諸姉諸兄は知らない間に、私の家族の作った料理を「美味しんぼ」を通してご覧になって居ることになる。
私の親戚一同、集っては皆で物を作って食べて喜んでいるという、実に食い意地の張った下品な一族だが、上品より下品な方が気が楽だ。
前にも、「お総菜主義」と言ったが、そんな言葉は私の家族の生活から自然と導き出された物なのだ。
家族一同揃って美味しい物を食べるのは私にとって一番幸せなときであるが、その食べ物を家族総出で作るのも、これはまた一際楽しい物だ。
その様なことの次第から「雁屋哲の食卓」には、私の家族総出で作った料理が並ぶことになる。
こんな、食い意地の張った家族もあるのかと、笑いながらご覧下さいませ。