雁屋哲の今日もまた

2008-05-04

日本の若者よ、頑張ってくれ

 先月八日、文部科学省所管の財団法人・日本青少年研究所などが、日米中韓の4カ国を対象にした「高校生の消費に関する調査」の結果を発表した。
 その中で、大いに気になることがあった。
 それは、日本の高校生の、96.5パーセントが携帯電話を持っている。これは、四カ国の中で最高である。
 一方、日本の高校生でパソコンを持っているのは、21.0パーセントで四カ国中最低。一位は、アメリカの高校生の60.7パーセントとなっている。
 この結果を見て、私は日本のIT産業の未来は暗い、と思った。
 携帯電話は、何も作り出さない。携帯電話の持つ機能は、コンピューターを使って作ったプログラムによって動かされている。コンピューターがなければ、携帯電話の様々な機能を作ることが出来ない。日本の高校生は、だれか頭の良い人が作ってくれた便利な機能を受け身で使っているだけである。

 今でもIT部門で韓国は日本より進んでいる。二三年も経てば、日本の高校生は、韓国人、中国人の作ってくれた携帯の機能を有り難がって使うことになるだろう。このようなことをなんと言うか。日本の知的没落。外国に対する知的な隷属。知的二流・三流国家としての日本。韓・中の知的奴隷になる日本。幾らでも言葉は見つかる。端的に言えば、高校生がこれほど馬鹿なら、日本の未来はないと言うことだ。たかが、携帯とコンピューターの組み合わせだけで大げさなことを言うなだって。それなら、今の高校生の生活を見てみるがいい。
 携帯を片時も離さず、メールを打ったり、携帯のインターネット・サイトで遊んでいる。完全に受け身で、携帯を作った側にいいように操られている。こう言う生活を続けていると、何か物を作り出すという機能が脳から失われていく。

 私の家の隣に最近、奥さんがデンマーク人の一家が越して来た。旦那はオーストラリア人である。
 その奥さんは三歳の時に産みの母を失ったと言うことで、その時から乳母に育てて貰った。私達が、となりの一家を昼食に招待したら、その乳母がちょうどデンマークから来ていると言うので参加した。
 乳母は、十五歳の孫を連れてきていた。その少年は、とてもきれいな英語を話し、非常に聡明である。色々話していると、自分は将来IT技術者になるという。しかも、既にプログラムも組んでいるという。そこで私が、「C++」なんて知っているかい、と尋ねたら(「C++」というのは、コンピューターのプログラミング言語で、これくらい出来ないとコンピューター技術者にはなれない)、その少年は今自分はその言語でプログラムを組んでいる、と言う。

 コンピューターのプログラミングは実は大して難しい物ではない。数学や物理のように、もの凄い頭の回転と、洞察力と過去の問題の解決法の山のような蓄積が要求されるものではない。
 ただ、論理的に物事を追い込んでいく能力と、根気が要求される。
 何も難しいことはない。コンピューターのプログラミング言語はコンピューターを動かし易いように考えられた物で、言語というくらいだから、人間の脳が理解しやすいように作られている。
 ただ、面倒くさい。
 考えてみれば、コンピューターは人の作った機械であり、それ自体が何一つ知恵を持っているわけではない、簡単なことをするのにも、いくつもの命令を重ねなければならない。うんざりする。
 プログラムを書くこと自体、創造的な作業とは言えない。
 しかし、どんなプログラムを作るか、どんな機能を持たせるか、そのプログラム全体でどんな仕事をさせるか、その基本設計をするのには大変に独創的な創造力が必要となる。
 しかし、誰かが作ってくれたプログラム、携帯電話の機能を使っているだけでは、その様な創造力が生まれるわけがない。
 実際に面倒くさいプログラムを組んでいる内に、はっと素晴らしい考えが閃いて、全く新しい機能を持つプログラムを考えつくことがある物だ。
 そのデンマークの十五歳の少年は、今どんなプログラムを組んでいるのか聞き漏らしたが、この調子で進んで行けば成功間違いなしと言う感じの、勢いのあるすがすがしい少年だった。
 日本のコンビニエンスストアの前で、地べたにぺったりと尻をつけて座っている、ひ弱で一切の知的な物を感じさせない、薄汚い若者たちと比べて、実に羨ましかった。

 てなことを考えて、日本の将来について悲観的になっていたら、昨日、NHKワールド(NHKの海外放送)で、良い番組を見た。日本では過去に放送されているが、北海道で農業に取り組む青年の姿を描いた物である。農業高校を出た23歳の青年が、農業高校の恩師の協力を得て、農業実習生として、農業に取り組んでいる。去年は実習生として2年目で、独立して食べて行けるだけの収入を上げるのが目的だった。高級レストランに収めるために、プチトマトとピーマンに力を入れていた。高い値段で売ることを狙って無農薬有機栽培で取り組んだ。
 ところが、途中でピーマンに虫が付き、どうしても農薬を使わざるを得なくなった。
 そのために収穫の時期もおくれ、無農薬有機ではなくなったので、ピーマンの売上代金は予想の七分の一になってしまった。
 大失敗である。しかし、青年は気力を失わない。
 恩師もしょっちゅう眼をかけてくれて、励ましに来た恩師が作ってくれた具だくさんのみそ汁を二人で食べる所などもあった。
 その青年の姿を見ていると、胸にじんと来た。実に溌剌として爽やかである。
 天職を見つけ、その仕事に人生をかけて取り組んでいる若者の姿のなんと美しいことか。
 また、その、農業高校の先生も素晴らしい人柄だ。
 自分も農家出身で農業に就きたかったが、次男だったので農家を継げず教師になったと言う。その分思い入れがあって、自分の育てた生徒たちが、農業に進むのに様々な形で協力している。
 この農業高校の先生、そしてピーマン作りに励む青年。
 その二人を見ていたら、こう言う人達がいてくれる間はまだまだ日本は大丈夫だと心強く思った。

 しかし、ここで問題なのは、その様な若い農業就業者に対する国や県の助成体制の不十分さである。
 役にも立たないイージス艦や、米軍に対する思いやり予算、金満国家中国に対するODA、など愚劣なことに使っている金の百分の一でも、日本の農業をもり立てるために使えば、日本はずっと良くなるのだ。
 私は、ピーマン作りの青年の姿に日本の未来をかけたいと思った。
 そのために、我々は、出来るだけの協力をする必要があるとも思った。あの青年が、今年こそは、狙い通りの収入を上げることを心から祈っている。

「雁屋哲の食卓」は近日、公開の予定です。今しばらくお待ちを。

雁屋 哲

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