雁屋哲の今日もまた

2008-07-02

パレスティナ問題 その2

 現在のパレスティナ問題は、1948年5月14日に、イスラエルが建国されたときに始まる。
 紀元135年に、ローマ帝国によってイスラエルから追放されたユダヤ人が、1800年以上も経った後に、かつてユダヤ王国があったイスラエルにユダヤ人国家を再興したのである。
 イスラエルを追放された後、世界各地に離散していたユダヤ人がどうして再びイスラエルの地に戻って来て自分たちの国を建設したのか。
 それは、一昨日話した、ユダヤ人が離散した後世界各地で受けて来た迫害が最大の原因だ。

 キリスト教は、ユダヤ教を基本にし、ユダヤ人であるイエスを神の子として崇め、ユダヤ人であるパウロの樹立した教義を絶対の物としている。ユダヤ教の中でも一番重要なユダヤ人モーセを、キリスト教徒も崇拝する。
 それなのに、ユダヤ人に反感を抱き迫害してきた。
 私のような無信仰の者には、全く理解が行かない。
 自分たちが拝んでいる十字架の上にいる人物はユダヤ人ではないか。
 それなのに、どうしてユダヤ人に反感を抱き、ユダヤ人を迫害するのか。

 ユダヤ人に対する迫害はナチスに対するホロコーストで我々日本人にも良く知られるようになったが、それはナチスが始めた物ではない。
 キリスト教が盛んになるまではローマ帝国は宗教や信仰を束縛したり、自分の宗教をおしつけたりしなかった。しかし、紀元四世紀初めにコンスタンティヌス一世の時にキリスト教がローマ帝国の国教となってから、キリスト教会はユダヤ人にキリスト教に改宗することを要求し始めた。
 キリスト教会にとってキリスト教は唯一絶対の宗教であり、キリスト教を信じない人間は愚かで間違っている。キリスト教を信じない人間が地獄に陥るのを防ぐため、キリスト教に改宗させるのがキリスト教会の役目だとさえ考えていた。
 ユダヤ人達は、最初の内キリスト教をユダヤ教の一分派と考えていたが、キリストが神格化され、神の子であるとされると、とても信じることが出来なくなった。
 ユダヤ教で神とはエホバのみであり、エホバ以外の神を信じることは許されない。したがって、キリストと聖霊と神とを一つに捉えるキリスト教の「三位一体説」など受け入れることは出来ない。
 キリストを神とは信じられない。
 キリスト教を信仰することはユダヤ教を放棄することであり、ユダヤ人には受け入れられるところではなかったのだ。

 キリスト協会側では、暴力を振るってまでユダヤ人をキリスト教に改宗させようとしたが、大多数のユダヤ人は強固であり、ユダヤ教を固く信じキリスト教に改宗することを拒んだ。
 改宗が進まないところから、キリスト協会側では、ユダヤ人をキリスト教徒とは異なった、キリスト教に耳を傾けない、キリスト教徒にとっては危険で特殊な人間の集団とみなすようになった。

 これが、キリスト教徒が、ユダヤ人を迫害する根拠となった。

 本当に宗教は恐ろしい物である。その宗教を信じている者は自分たちの信仰が絶対に正しいと信じて疑わない。必然的に、この自分たちの宗教を信じない者は、自分たちに敵対する悪であり、地獄に堕ちる者となる。その様な者は人間扱いする必要がないから、どんなに迫害したところで心が痛まないし、むしろ、迫害して絶滅させることが神の御心に叶うことであるとさえ考える。

 十六世紀、宗教改革で有名な、マルティン・ルターは次の様なことを言っている、
「民族というものは、15世紀間も苦しみながら、なおかつ自分たちが選ばれた民族だと信じることは出来ないものだ。しかしユダヤ人は蒙昧であった。神罰をこうむった。神は彼らを狂ったように、やみくもに、激怒して、そうして永遠なる業火をもって苦難の目にあわせた。その永遠なる業火について、預言者たちは言う、神罰はたれびとも消し去ることのできない炎のように投げつけられるだろう、と。」
 更に、こんなことも言っている。
「彼ら(ユダヤ人)は1400年以上にもわたって、全てのキリスト教徒にたいする血に飢えた追跡犬である殺害者である。実際、彼らは、彼らが飲用水や井戸に毒を入れたり、また子供をかどわかして切り刻んだという告発を受け、しばしば火あぶりにされた。それはユダヤ人が、キリスト教徒の血をもって、ひそかに彼らの気分を静めるためであった」
 ルターの、ユダヤ人像は、

  1. 彼らは世界を支配しようとしている
  2. キリストと全キリスト教世界の最も重大な犯罪人であり、その殺人者である。
  3. ユダヤ人は、疫病、ペスト、純然たる災厄である。

と言うものだった。
(この辺のことは、「ラウル・ヒルバーグ著 『ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅』柏書房刊」を参考にした)
 全く途方もないことを言うものだと呆れ果てるが、宗教指導者がこんなことを言うのだから、キリスト教徒の世界でユダヤ人が人間扱いされなかったのは当然のことだ。

 十九世紀の有名な音楽家ワーグナーもユダヤ人の「消滅」を唱道して、次のように言っている。
「ユダヤ人種は、純粋な人間性とそこにある高貴なものすべてに対する生まれながらの敵だ、とわたしは考えている。われわれドイツ人は彼らの前に破滅することになるであろう。芸術を愛する者としてわたしは、すでにすべてを支配しはじめているユダヤ的なものに対して、どのように立ち向かえばよいかを知るおそらく最後のドイツ人である」
 要するにユダヤ人は絶滅させろと言っているのである。

 このように、ユダヤ人の受けた迫害たるや、凄まじい物で、まず徹底的に人格を否定される。
 卑しく、汚らしく、淫らで、狡猾で、強欲で、嘘つきで、などなど、人間として耐えることのできない言葉で罵られるだけでなく、肉体的にも激しい攻撃を受けた。
 帝政ロシアでは、ポグロムというユダヤ人相手の虐殺が繰返し行われた。
 ヨーロッパでも、至る所でユダヤ人に対する虐殺が行われた。
 しかも、14世紀のドイツの法令では、「ドイツの都市で殺害されたユダヤ人の財産は、公的財産とみなされる」と規定されている。
 虐殺された上に、その財産まで国に奪われるとなったらもはや救いがない。

 このように徹底的に迫害され、悲惨な状況にあるユダヤ人に対して、一つの救いの道を見いだしたのが、1860年にブダペストで生まれたヘルツルだった。
 ヘルツルが、今のイスラエルの建国に導く、シオニズムを確立したのだ。

(明日に続く)

雁屋 哲

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