パレスティナ問題 その1
さて、読者諸姉諸兄に「宿題」として出しておいた、パレスティナ問題について、考えて行こう。
これは、ちょっと長くなりますよ。
我慢してくださいね。
なぜ、我々日本人がパレスティナ問題を考えなければならないのか。
遠くの国の問題に首を突っ込むことはないという意見もあるだろう。
しかし、これは決して他人事ではない。
ユダヤ人とアラブ人の争いだと単純に考えてしまえばそれまでだが、
これには、アメリカが絡んでいる。中東の産油国も絡んでいる。
イスラエルとアラブ諸国の間の争いが拡大すれば石油の多くをアラに頼っている日本は打撃を受ける。
その様な現実的な利害関係だけではなく、我々日本人が個人的に、考えなければならない多くのことがパレスティナ問題には含まれている。
- 国家と民族の問題。
- 宗教問題。
- 人権問題
- テロリズムの問題
など、だ。
いずれも我が身に引きつけて考えなければならない問題だ。
私は昔からユダヤ人に非常に興味を抱いてきた。
きっかけとなったのは、二冊の本である。
フランクルの「夜と霧」
アンネ・フランクの「アンネの日記」
ともに、第二次大戦中のナチスによるユダヤ人迫害について書かれている。
両方共に有名な本なので、読者諸姉諸兄におかれては、夙(つと)にご存知の事と思うが、念のために簡単に紹介しておく。
「夜と霧」はオーストリアの心理学者、ヴィクトール・フランクルがアウシュビッツの強制収容所に入れられた体験を元に書いた物で、
ナチスの行った非人間的な残虐な所業と同時に、本人が心理学者であるから、収容所に入れられた人間の心裡の動きを描いていて、私は最初に読んだとき、あまりの恐ろしさに心より体がひどく苦しくなった。
「アンネの日記」はナチスの迫害を逃れて、オランダのアムステルダムのある家に隠れていたアンネが書いた日記である。
フランクルも、アンネもユダヤ人で、フランクルは命拾いをしたが、アンネは収容所に送られて殺された。
写真で見るとアンネはまだあどけなさの残る愛らしい少女で、その少女が隠れ家で厳しい生活を送り、挙げ句の果てに強制収容所で殺される。その、過酷さ、悲惨さに、心が重くふさがった。
ナチスが殺したユダヤ人の数は600万人以上と言われている。
一体どうしてナチスはそこまで、ユダヤ人を憎んだのか。
何故、当時のドイツ人は、ナチスに同意してユダヤ人の虐殺に積極的に、あるいは消極的に協力したのか。
上記二冊の本を初めて読んだ時、私は十代の終わりだったが、それ以来ユダヤ人のことはいつも気に掛かっていた。
色々なことを学ぶに連れて、ユダヤ人は他に例を見ない特性を持つ民族だと言う事が分かってきた。
世界史は、様々な民族の興亡の歴史である。いくつもの民族が、次々に興って非常に栄えるが、ある時期を過ぎると滅びるか、滅びないまでもその勢力は著しく縮小する。
例えばイスラム帝国(サラセン)はムハンマド(モハメット)の死後7世紀半ばから急速に勢力を伸ばし、アラビア半島は勿論、スペインのあるイベリア半島、北アフリカ、インドまでその版図を広げたが、13世紀半ばに、蒙古帝国に滅ぼされた。
そのイスラム帝国を滅ぼした蒙古帝国は、一時、中国に元王朝を築き、その勢力は東ヨーロッパまで広がったが、14世紀半ば過ぎに元王朝の滅亡と共に崩壊した。今、蒙古はモンゴルとして存在しているが、昔日の勢いは無い。
所が、ユダヤ人は紀元後135年にローマ帝国によってイスラエルから追放され世界に離散するが、離散した各地で生き延びて、1900年経った現在まで、世界中の人間に影響を与える様々な業績を残している。
前に、イスラエルについて書いたときにも指摘したが、中東からヨーロッパの歴史の転回点にはユダヤ人が大きな役割を果たしている。
モーセがいなかったら、ユダヤ教はもとより、キリスト教もイスラム教も成立しなかっただろう。
イエス・キリストがいなかったら、キリスト教は生まれなかったし、イスラム教も成立しなかっただろう。
そして、パウロがいなかったら、イエス・キリスト自身は、ユダヤ教の中の異端の指導者で終わっていただろう。パウロが、イエス・キリストの死後、イエスを救世主とするキリスト教の構造を作り上げたのだ。
パウロの凄かったのは、キリスト教を、ユダヤ教を源にしながらユダヤ人以外の民族誰でも信仰できる形に作り上げたことだ。
パウロがいなかったら、ヨーロッパを始め世界中にキリスト教が受け入れられることはなかっただろう。
ムハンマド(モハメット)がその影響を受けることもなかっただろう。
モーセ、イエス・キリスト、パウロ、と言う三人のユダヤ人が、中東からヨーロッパにかけての文化の根底に関わっている。
我々アジア人も、ヨーロッパの影響を強く受けているから、モーセ、イエス・キリスト、パウロを無視することは出来ない。
近代以前も世界各地でユダヤ人は業績を上げているが、分かりやすいように、近代以降世界に影響を与えたユダヤ人の名前を数人挙げてみよう。
- カール・マルクス(世界中に共産主義革命を起こす種をつくった)
- フロイド(精神分析学を創始し、それまで人類が持っていた人間観を変えた)
- アインシュタイン(相対性理論によって、物理学や思想の根底に影響を与えた)
- フォン・ノイマン(コンピューターを発明した。ノイマンがコンピューターを発明しなかったら、今我々が重宝しているインターネットも存在しなかっただろう)
- リーヴァイ・ストラウス(ジーンズを世界中の人間に着させた人間。リーヴァイスのジーパンを知らぬ者はいないだろう)
- メンデルスゾーン(音楽家。自身も作曲家として有名だが、それまで忘れ去られていたバッハを再発見したことの業績が大きい。メンデルスゾーンがいなかったら、バッハは埋もれたままだったのだ)
- バーンスタイン(ウェストサイドストーリーの作曲家、指揮者)
- ボブ・ディラン(カントリー・ロックの神様と言われている人)
と挙げていけば切りがない。
ユダヤ人は、特にアメリカで大きな力を持っており、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、映画などの世界、そして金融の世界でも、その力を発揮している。
アメリカは、世界ただひとつの超大国だが、その大統領選挙にもユダヤ人の影響力が強く働く。
日本の様なアメリカの属国は勿論のこと、アメリカの力は世界中に及ぶから、世界中の人間が、ユダヤ人に対して無関心ではいられないのである。
2004年現在の時点で世界の人口60億の中に占めるユダヤ人の人口は約1500万人に過ぎない。
ホロコーストで殺されなかったとしても、全世界のユダヤ人の人口は世界の人口の0.5パーセントにも及ばない。
紀元135年に世界中に離散してからも、その人口の全世界の人口に占める割合はこれ以上多いことはなかっただろう。
さらに、ナチスによるホロコースト以前から、ユダヤ人は行く先々で迫害を受けてきた。
その迫害も単なる差別と言うだけではなく、多くの場合虐殺を伴っていた。
これだけ長い間他民族による迫害を受け続けてきた民族も他に例がない。
そして、その迫害を1800年以上に渡って受けながら生き延びて来たのも驚くべき事だが、迫害されながらも、世界に影響を及ぼす多くの業績を上げてきた事実は、驚きを通り越して、ユダヤ人に対する畏敬の念を呼び起こす。
生物学的に、人種間に肉体的な差異はあるが(髪の色、皮膚の色、背の高さなど)、優劣はない。
ユダヤ人が歴史上これだけの多くの業績を残したのはユダヤ人が人種として優れていたからからではなく、ユダヤ人の生活文化がそれを可能にしたと言われている。
旧約聖書はもともと、ユダヤ教の聖書である。もっとも我々が知っている旧約聖書と、ユダヤ教の聖書は違いがあるが、基本的な内容は同じと考えて良いようだ。
旧約聖書を新約聖書、コーランと比べてみると、その量、書かれている内容の多種多様な豊富さで、図抜けている。物語性にも富んでいる。
ユダヤ教はあの膨大な聖書を読み、解釈・理解することに自分を捧げる。
旧約聖書の説くところは、抽象的な宗教概念だけでなく、具体的な身の回りの事柄についても詳しく及ぶ。
ユダヤ教の基本的な態度は聖書を学び、論理的に考えることである。それも、日常の細かなところにまで目を届かせる
その旧約聖書を読むことが、ユダヤ人の生活文化となっている、それこそがユダヤ人が離散生活を1800年以上続けて来ても、ユダヤ人としての自己同一性を失わなかった力の元である。
この、良く学び論理的に物事考えると言う態度が、ユダヤ人の身に染みつき、それが更に論理の導くところ、それまでなかった新しい物を得るための跳躍の出来る素地を作った。
それが、ユダヤ人が他の民族に見られない多くの業績を残す力となったのだろう。
その理由はともかく、ユダヤ人は長い間の苛酷な迫害を乗り越えてきた極めて聡明な民族である。
その、人類の中でも極めて聡明なユダヤ人がこのパレスティナ問題の主役なのだ。
(以下、明日に続く)