イスラエルで その2
イスラエルでは、「お」くん一族の誉れとされている方が色々と面倒を見て下さって普通の旅行者では行けないような所まで見学できるように手配して下さった。
「お」くん一族にぶらさがって、私もその恩恵にあずかった。
その方のお名前をここで分かるように書くと、ご迷惑をおかけすることになるかも知れないので単に「氏」としておく。
「氏」は我々の旅行の便を図ってくれただけでなく、「氏」自身美味しい物好きなので、幾つか日本では味わえない物を食べさせる所に連れて行って下さった。
その一つに、イスラエルでも古い地中海に面した港町ヤッホの魚貝類・レストランがあった。
港の倉庫街を抜けていくと、海を前にしてレストランがある。レストランの前にテント張りの大人数が坐れる席があり、われわれはそのテント張りの席に陣取った。
目の前が地中海であり、魚貝類はどれも新鮮で美味しかった。しかも、ユダヤ教ではイカは食べてはいけないとされているのに、我々日本人のために特別にイカも料理してくれた。
量も食べきれないほど出て、われわれはすっかり満足した。
所が、イスラエルから帰って、コンビニエンス・ストア版の「美味しんぼ」に掲載している随筆「美味しんぼ塾」に、私はイスラエルについて激しい調子で殆どぼろくそに書いた。驚いた編集長が、全く異例なことに電話をしてきて「あの文章は雁屋さんらしくない。雁屋さんは人を批判するときには、いつも理性的なのに、あの文章は感情的できつすぎる。何とかならないか」と言った。私は原稿の中で、強すぎると思われる表現を弱めて「これが、精一杯だ」と答えた。
しかし、本が出来上がってきて自分の文章を読んで私は仰天した。
イスラエルに対して自分でも理解できないようなひどいことを書いているではないか。
しかも、その中に、「イスラエルの魚はみんな紅海から運んで来る冷凍物ばかりでまずい」などと書いてある。
ヤッホで、地中海の新鮮な魚貝類を食べておきながらである。
これでは、「お」くん、お世話になった「氏」、旅行に混ぜてくださった「お」くんの親族の皆さんに、申し訳ない。
そこで、直ちに「お」くんと、イスラエルの「氏」にその原稿の写しを送り、私の過ちを謝罪して、次の月の「美味しんぼ塾」に訂正稿を掲載することで、許しを乞うた。
「お」くんも、「氏」も私の謝罪を受け入れてくれた。
しかし、どうして私は感情的になってイスラエルを強烈に批判する文章を書いたのか。
それは、昨日の日記に書いた「イスラエルで見たある物」が私の心を甚だしくかき乱し、私を激高させたからだ。
そのある物とは何か、まず、下の写真を見て頂きたい。
全体にもやが掛かっているので、余り鮮明な写真ではないが、丘の上をうねうねと大蛇のように塀がのたくっているのがお分かりになるだろう。
この塀は、ヨルダン川西岸のパレスティナ自治区とイスラエルの間を仕切る塀である。
パレスティナ人がイスラエル領内に入れないようにするための物だ。
写真の手前がイスラエル領内である。
その塀には幾つか出入り口があるが、その出入り口は下の写真のように、イスラエル兵によって厳重に警備されている。
その塀は、パレスティナ側に入ってみるとこうなっている。
非常に高く威圧的だ。このように、道のぎりぎりに立っているところもある。
パレスティナ人が塀に落書きをしている。この奇怪な怪獣の絵が、パレスティナ人のこの塀に対する思いを表していると思う。
塀はパレスティナ人の人家のすぐ近くに迫っている。塀に見張りの望楼がついているのが見えるだろう。
こんな状況で住まなければならないパレスティナ人の思いはどの様な物だろうか。
塀のあちこちに、落書きが書かれ、人物の写真が貼られるている。
人を、馬鹿にした表情の人物ばかりである。
塀は聳え立ち、望楼が威圧的だ。
この望楼の、なんと言うまがまがしさ。
望楼の中に、イスラエル軍の兵士がいる。
私の心を甚だしくかき乱し、激高させたのがこの塀だったのだ。
どうして私は、この塀を見て、理性を失って感情的な文章を書いてしまうほど激高したのか。
編集長に注意されても、なおその言葉を理解しないほど逆上していたのか。
それには理由がある。
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