雁屋哲の今日もまた

2008-06-16

だじゃれをいうのはだれじゃ

 だじゃれは日本語独特のものだと思っていた。
 日本語は同音異義語が多いからだ。

 大学の時にフランス語を、先生一人に学生二人という贅沢な環境で学んだが、何人かの先生の中で前田陽一先生は大柄でふくよかなお顔で、大変に愉快な授業をしてくださった。
 前田陽一先生は、日本人は、フランス語の発音を耳から聞いたのでは覚えられない、唇の形、舌の位置、顎の開き具合、それを各母音ごとに頭の中に図を描いて覚えなさい、と教えてくださった。
 日本人には区別して発音するのが難しい広い「エ」と狭い「エ」、広い「イ」と狭い「イ」の音の区別など、解剖学的に分析して教えてくださった。
 それは、私がフランス語を発音するときに大変に役に立った。
 先生は、紙でご自分の口元を隠して、「イ」「エ」「ア」などを発音して、「今のは広い『エ』か、狭い『エ』か」などと、私達を試される。
 フランス人にフランス語を習っていては絶対に分からないことだったと思う。
 私は大学を卒業したときには結構フランス語が出来たつもりだが、今はすっかり忘れてしまって、前田陽一先生に申し訳ないと心の中で思い続けている。
 それでも、随分前だが、パリの古本屋で、デュマの本と、ラブレーの本を注文したとき、店のおばさんに、あなたの発音はきれいだ、と言われて、前田陽一先生に改めて深く感謝した。
 で、ある時、前田先生に、「フランス語でもだじゃれはありますか」とおたずねしたら、少しお考えになってからきっぱりと「フランス語は、単語に冠詞がつくし、名詞には男性形女性形の区別があり、動詞には語尾変化があるし、文脈内での単語の前後の連関が厳しいから、だじゃれはありません」と仰言った。

 それから、注意して、各国の落とし話、英語で言うところのジョークを色々読んでみたが、確かに、だじゃれの落とし話はない。(私の見落としかも知れない。なにか、フランス語でだじゃれがあったら教えてください)
 ところが、日本のジョークと言われているものの多くが、だじゃれである。
 通称「オヤジギャグ」と言われるものもそうだろう。
 落語の落ちも、語呂合わせ、だじゃれの物が多い。
 あの、だじゃれ、語呂合わせは、し始めると止めどがない。
 私も実は、語呂合わせのだじゃれが大好きである。私の子供たちはそれに辟易していて、なにか、私がだじゃれを言うと、うんざりした顔で、「はい、きょうは、それでお終い」などと言う。
 確かに、だじゃれを言う方は、一種の病気みたいになって連発するのだが、聞かされる方はたまらない。
 最初は笑ってつき合うが、それが重なると、疲れてげんなりする。
 しかし、不思議なもので、他人のだじゃれは不愉快だが、自分でだじゃれを言うのは気持ちがよい。
 自分のオナラはしみじみとかぐわしいが、他人のオナラは耐え難い毒ガスと思うのと、同じ感覚かしら(わ、きったねえっ!)。

 いや、それで、最近面白いジョークを聞いて、英語にもだじゃれがあることを発見した。そのジョークは、
「オーストラリアの Cultureは、ヨーグルトのなかの Cultureより少ない」
 というものである。
 Cultureには、文化という意味と、培養菌、と言う意味がある。
 文化と、菌をかけて言ったオーストラリア人の自虐的なだじゃれである。
 それは、どこの国の文化だって、ヨーグルトの中のヨーグルト菌の数に比べれば少ない。
 しかし、これは厳密な意味ではなく、オーストラリアの歴史が浅いので文化の底が浅いと比喩的に言っているのだ。

 確かにオーストラリアは、スポーツ大国だが、文化的には重層的な深みがない。
 食べ物に関しては、この二十年で飛躍的に進歩したが、やはり日本やヨーロッパのような、文化のひだがない。
 シドニーは住んでいて、こんなに快適なところはないと思うが、本屋、オーディオ屋、レコード屋、コンピューター屋、などはあっても恐ろしく貧弱である。
 シドニーで望みのクラシックやジャズのCD、DVDを手に入れることは殆ど不可能である。通信販売にでも頼るしかない。

 コンサートホールもまともなものは、オペラハウスしかなく、しかもそこの音響効果は日本のコンサートホールに比べると、悪い。
 数年前、シドニー・シンフォニー・オーケストラが日本公演に行ったが、帰ってきて、オーケストラの団員が驚いて言った。
「日本にはどこに行っても素晴らしいコンサートホールがある。しかも、その音響効果が良いので、自分たちの演奏がいつもより遥かに良く聞こえた」
 どうも、コンサートホールなんてものは西洋のもので、それをちゃっかり輸入して自分の文化のような顔をしている日本人も、私には、「何だかなあ」、と思えるが、それにしても、そう言う良いコンサートホールが沢山あることは素晴らしいことだ。

 それに比べて、日本は、ありとあらゆる文化が氾濫している。
 神保町の本屋街、秋葉原の電気街、CD、DVDの大きな専門店はあちこちにある。神保町の本屋街は、日本の宝である。
 美術館も、博物館も地方毎に揃っている。
 食べ物も、その種類の多さと味の多彩さ、深さは、世界で一番だ。

 いま秋谷に家を建てる準備をしているが、家が出来たら昔どおり秋谷を根城にして日本中を歩き回って、楽しもうと計画しているのである。
 私の人生も、競馬に例えると、第4コーナーを回って最後の直線に入ったところだ。
 最後の直線で、ヒカルイマイのように一気に伸びて(なに? ヒカルイマイとは何か、だって?1971年、日本ダービーの優勝馬だ。私の一番好きな馬なんだ。覚えておいて下さいね。凄いんだ、直線入り口までどん尻で、直線一気に伸びて、風のように他の馬をかわしてゴールに飛び込んだ。今まで最高の馬だ。それも、血統の悪い、駄馬とされた安馬だ。残念なことに血統が悪かったので、引退後も種牡馬としてまるで認められなかった)最後を飾りたいと願っている。
 そのためには、やはり日本の文化に今一度どっぷり浸かることが必要だ。

 この二十年間、日本にいる時間が短すぎた。これからは、その失われた時を取り戻したい。

 だじゃれを言いながら、温泉巡り、名所巡り、なんて老人臭いこともいいな。
 それも、立派な文化だもんね。

雁屋 哲

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