雁屋哲の今日もまた

2008-05-23

石油価格の異常さ

 昨日、ニューヨークの原油相場は1バレル135.09ドルをつけた。
 一年で、倍以上になったことになる。
 遙か昔のことになるが、1973年に第一次オイル・ショックが起こった。
 1973年10月6日の第四次中東戦争が勃発すると、ペルシア湾岸の産油国6カ国はイスラエル支持国に打撃を与えるのを目的に、原油の価格を1973年10月から12月下旬までの間に、3.87倍値上げした。
 この石油危機はエネルギ- 資源の大半を輸入に依存するわが国の経済に大きな打撃を与えた。
 11 月上旬に産油国 が25%減産の決定を発表したころから、石油輸入量の減少による日本経済の停滞・減速・後退が恐れられ、企業は石油関連の原材料・燃料に限らず、必要な物資を手に入れるために必死になった。
 個人も消費物資の買い焦り、狂乱状態になった。11月には各地でトイレットペーパー、洗剤、砂糖などの買いだめ騒ぎが発生した。
 ある年齢以上の人は、あの当時の、スーパーでのトイレット・ペーパーの奪い合いを憶えているだろう。みんな殺気立っていた。
 お尻を拭く紙がないとなると、あそこまで狂乱する物かと呆然とするほどの騒ぎだった。
 至るところで、買占め、売り惜しみ、物隠し、便乗値上げが発生し、物価は急騰し、翌年2月までの3、4か月の間、朝鮮戦争時以来の暴騰となった。
 私の耳には「狂乱物価」と言う言葉がまだ残っている。
 もう何もなくなる、と言う殺気だった雰囲気に国中包まれていた。

 私はその時、漫画原作者として、一歩を踏み出したところだった。
 漫画の原作は、1頁いくら、と言う原稿料で支払われる。
 ところが、新連載が始まったと思ったら、オイルショックで製紙工場も値上げで、紙の単価が高くなるから雑誌全体のページ数を減らす以外はない。物書きの世界の重鎮と言われる人は影響がないが、私のような駆け出しは、雑誌全体のページ数が減るのだから仕方がないだろうと言われて、毎週のページ数を減らされる。
 ページ数を減らされると、原稿料が減るから、収入問題で大変に困る。しかし、物書きとして、私は不器用なので、短い分量できれいにまとめることが出来ない人間なのだ。
 それが、短くしろと言われて、もうだめだ、漫画の原作なんかやめてしまおうと思いましたね。

 こうして漫画家の生活までも破壊しかねない第一次オイルショックだったのだが、原油の値段は、ではその当時、いったい、どのくらい上がったと思いますか。石油危機と大騒ぎしたときですよ。
 3.87倍上がったと言いましたが、それだけ上がって、原油の値段は幾らになったかというと、なんと1バレル3.01ドルから、11.65ドルに上がっただけだったのです。
 それで、国が潰れるような大騒ぎをしたんですよ。
 ちょっと意外でしょう。

 昨日の値段、135.09ドルはそれに比べれば、如何にべらぼう無比な物なのか分かる。
 日本ではガソリンの値段が1リットル160円を超す。
 これはもう、「自動車禁止令」みたいな物だ。
 昔のように、気晴らしに、一寸ドライブに行こうなんて訳には行かない。ガソリンの値段を聞いて返って気が滅入って、スタンドまで行きながらガソリンを入れずに帰ってきてしまうなんて事になる。

 奇怪なのは、この原油高で、石油メジャー4社の、1月から3月までの利益が3兆円を超えたことである。
 これをおかしいと思わない人はおかしい。
 普通の商売を考えて貰いたい。例えば自動車会社だ。
 原料の鉄鋼や化学製品が値上がりするから、車の生産原価が上がる。といって、原価の上昇分を車の価格に乗せると売れなくなるから、泣く泣く、販売価格を据え置いたりする。その分利益が減少する。
 電機会社も、食品産業も、町の八百屋も肉屋も、原価が上がれば利益が少なくなる。あるいは、やって行けなくなって商売が潰れる。

 それなのに、どうして、石油メジャーだけ、原価である原油の値段が上がったのに利益が空前の物になるのか。
 あの、ガソリンの値段なんてものは、原油価格が上昇したことをいい口実にして、原油価格上昇分より異常に高く設定しているのだ。
 そうとしか考えられないだろう。
 ブッシュは石油メジャーがイラクの原油を確保できるようにイラク戦争を始めたと言う説を色々なところで聞かされるが、ブッシュが石油メジャーと深い関わりにあることを思えばそれもむべなるかなと思う。石油メジャーはブッシュに戦争をさせるくらいの力を持っているから、やりたい放題で世界中の富をかき集めているのだ。
 どうして、世界中の人間が、石油メジャーに対して抗議の声を上げないのだろう。
 何故、唯々諾々と1リットル160円もの金を払って石油メジャーをうはうは言わせて、黙っているのか。
 石油メジャーに鉄槌を下せ。
 このまま放って置いて良いわけがない。

 石油で大儲けをしているのは産油国の人間だ。
 先日、NHKテレビで、ドバイの特集をしていた。
 ドバイ自身は既に原油は枯渇したと言うことだが、世界の金融センターとして、異常な好景気に沸いている。
 椰子の木の形の人口の島を作ったり、700メートル近い世界最高のビルを建てたり、目のくらむような一大金満国家として繁栄している。

 ちょうど、先週のTIMEが、アラブの特集をしており、その中でドバイも取り上げていた。
 サウジアラビアは女性の権利が認められていないから、ドバイで働いて大成功をしている女性、9/11以降、アメリカではアラブ系の人間に対する悪意が横行し、とてもいられないので、ドバイに戻ってきたというアラブ人、移民の子供としてカナダで生まれたが、ドバイに逆移民してきたアラブ人。そう言う人達の成功話が載っている。
 彼らはいずれも、経済的に大成功していて、超高級アパートに住み、ヨーロッパ製の高級車を乗り回し、毎月贅沢な海外旅行に出かけ、別荘も持って、と言う生活をしている。

 ドバイでは、フェラーリに乗っていないと、相手にされないという。
 成功したサウジアラビア出身の女性は、自分のアパートの駐車場にベントレーが五台とまっている、と誇らしげに言う。(その様な高級アパートに私は住んでいるんですよ、という意味)
 私は、その記事を読んで、「何だろうなあ」と白けたような気持ちになった。
 経済的に豊かになった。大金を掴むことが出来た。
 は、はあ、「それが、一体どうしたの」、英語で言えば、「So, what?」だ。

 ドバイ特集のNHKテレビでは、ドバイの人々の、贅沢な大豪邸、超高級車、高価な商品で一杯の有名ブランド店、そんな物を次々に見せつけるのだが、それを見ていた長男が「自分に必要な物は何一つ無い。欲しいと思う物は何一つ無い」と言った。
 私は、我が息子ながら、よく言った、思った。
 ドバイに限らず、産油国の金満家たちの生活は、その金の使いっぷりに、ただひたすら驚くが、私には少しもうらやましく思えないのだ。
 ひがみ根性だろう、と言うなら言ってくれ。
 私は、金くらいのことでひがむような貧しい心根は持っていないつもりだ。

 何故、ドバイの人達の金満生活を見ていて白けたかというと、それが全部欧米の借り物文化だからだ。
 イタリア・フランス製のブランド物、イタリア・イギリスの高級車、フランスの高級ワイン、欧米の有名建築家に設計させたビル。
 そんな物のどこに、ドバイ独自の物があるのか。
 伝統も何も無い、自分たちの物は何も無い、そんな事で豪華絢爛な金満都市を造っても、それは、ハリウッド映画のセットみたいな物ではないか。
 真実は何も無い。

 私は、ドバイを見て、金の力の凄さに驚くと同時に、金の力の限界も感じた。
 文化を育むのに金は必要だが、金だけでは文化を創れないということだ。ドバイには文化がない。文化がないのは人間の魂がないと言うことだ。
 金で人間に魂は入れられない。それが、金の力の限界だ。

 原油価格の異常な高騰の原因は、投資ファンドが金を注ぎ込んでつり上げているからだという。
 実際に、現在の原油の生産量は十分で、今の消費の状態で石油の供給が逼迫することはないのに、ファンドは「もうじき石油は枯渇する」と煽り立てて、原油の値段をつり上げているのだとも言われている。
 ファンドの腕前は見事だ。135ドルまで上昇する間に、投資ファンドは大儲けをしただろう。
 しかし、原油は安定的に供給できるのが本当だとしたら、今の石油価格はバブルと言うことになる。
 何とか、このバブルを弾けさせないといけない。

 恐ろしいことではないか。ファンドを動かす一部の大金持ちと産油国のそれも石油に関われる人だけが金満を謳歌し、世界中の99.9パーセントの人間が、石油の値段の高騰のおかげで困窮する。

 こんな異常な世界がいつまで続くのだろう。
 無信仰の私がこんなことを言うのはおかしいが、神はこのような世界をお望みになっただろうか。

雁屋 哲

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