雁屋哲の今日もまた

2018-01-20

「しっぽの声」

私の家には、1匹の犬と、2匹の猫がいます。

3匹とも、私達が望んで貰ったり買ったりしたのではありません。

私の次女は獣医で、近くのペットクリニックで働いています。

犬も猫も、次女が引きとってきたのです。

犬は、ラブラドール・リトリーバーで、5年ほど前に、次女のクリニックに自分の犬の診察に連れて来ていた夫婦が、「今まで一軒家に住んでいたけれど今度事情があって、アパートに越すことになった。アパートでは犬が飼えないので誰か引きとってくれる人はいないだろうか」と相談に来ました。すると、クリニックの人間全員が次女を見つめたそうです。

次女はその数年前に可愛がっていた犬を失って、新しい犬を欲しがっていたことをクリニックの人達は良く知っていたのです。次女は、抵抗出来ずに、その犬を連れ帰ってきてしまいました。

3年ほど前に、今度は迷子の子猫が次女のクリニックに連れて来られました。

下水口にはまって動けなくなっている所を救助されたと言うことで、調べてみるとオーストラリアでは飼い猫飼い犬には必ず飼い主の情報を示す半導体のチップを埋めなければなりませんが、その子猫にはチップが埋め込まれていない。雄猫なのに去勢されていない。(オーストラリアでは犬も猫も繁殖を目的としないなら、雄でも雌でも避妊手術をすることになっています)

しかも、その周辺のクリニックに迷子の届け出が出ていない。

それから察するに、この猫の飼い主は、この猫を粗末に扱っているのではないか。それでは、別の飼い主を探した方が良いという結論に達し、また、クリニックの一同が次女を見つめたそうです。

アメリカンショートヘアのその猫は我が家にやってきました。

そして去年、クリニックに近所の人が近くの路地に置かれていたと言って段ボールの箱を持込みました。

箱はテープで密閉されていて、周囲に幾つか穴が開けられている。

中を開けると、母猫と3匹の子猫が入れられていました。

元の飼い主が、親子もろとも猫を捨てたのです。

呼吸できるようにと穴を開けて置いたとは言え、段ボール箱に入れてテープで密閉して、自分の家から離れた所に置き去りにするとは残酷すぎます。

その話を次女から聞いた私と長男が逆上してしまいました。

「何て残酷なことをする奴がいるんだ」「うちに連れて来い。」「母子4匹ともうちで飼ってやる」

私と長男の勢いに次女は驚いていましたが、翌日一匹の子猫を連れて来ました。

3匹の中でも一番活発なのを選んだそうです。

幸いなことに、母親と子猫を全部引きとるという人が現れて、母親と2匹の子猫はその人にまとめて引き取られていきました。

 

こんな具合に、私の家の1匹の犬と2匹の猫は、最悪の場合処分されてしまうかも知れない所を次女に救われたのです。

そのほかにも、今は死んでしまいましたが、あと一週間引き取り手が現れなければ殺処分になるという犬も救いました。オーストラリア原産のディンゴとシェパードとの混血で、素晴らしく美しい犬だったので、これは子供を増やそうと思ったら、その犬はすでに去勢ずみでした。

日本でも家を買った時に前の持ち主が老齢の犬を殺処分するというのを、置いて行かせて私たちで面倒を見ました。

 

こんな我が家の犬猫話を書いたのは、「しっぽの声」というマンガをご紹介したいからです。

原作・夏緑

作画・ちくやままさよし

で、小学館から刊行されています。(現在、ビッグコミックオリジナルに連載中)

「しっぽの声」とは、このマンガに協力している、杉本彩 公益財団法人動物環境・福祉協会Eva代表、のあとがきによれば、「しっぽを持つ全ての動物たちの声なき声とその尊い魂を伝えたい」という志を表すものだということです。

日本でも犬や猫が多く飼われていて、猫カフェ、犬カフェさらにはキツネ牧場まであって、ペット好きなように見えます。

犬や猫のことを描いた漫画も数多くあって、昨年亡くなった谷口ジローの「犬を飼う」という作品は、しみじみと深く胸を打つ名作です。

しかし、この「しっぽの声」はそのようにしみじみとした内容のマンガではありません。

次女の読後感は「つらすぎる」というものでした。

このマンガのこれからの展開がどうなるのか分かりませんが、第1巻で取り扱われているのは、人間が如何に犬猫を苦しめているかという問題です。

身勝手な飼い方で犬や猫を苦しめる飼い主、ペットを商品としてしか考えずに儲け本位で犬猫を売買する業者。

その犬猫の悲惨な実状。

そのような犬猫の虐待の実状をこのマンガは鋭く丁寧に描いています。

犬猫と人間との心温まる物語、ではなく、犬や猫に対する人間の所業の心も凍る残酷さが描かれているのです。

しかし主人公たちは、そのような犬猫を救うことに全力を尽くす素晴らしい人間です。

如何に主人公たちが犬猫を守るために奮闘するかが物語の筋です。

(どんな物語かは敢えて書きません。)

 

私はペットショップのショーウインドウの中の子犬や子猫を見るのが好きで、近くのペットショップをのぞくのが楽しみだったのですが、いつの頃からか、「また、ショーウインドウの中の子犬と子猫が変わっている。前の子犬と子猫はちゃんと売れたんだろうか。もし売れ残ったとしたら、その子犬たち子猫たちはどうなったんだろう」と考えるようになってしまい、悪い結果を考えるとペットショップの子犬や子猫を見るのが辛くなっていたのです。

そこに、この「しっぽの声」を読んだのです。

現実は私が想像していたよりももっと苛烈なものであることを思い知らされました。

犬や猫を愛する人なら、どうかこの「しっぽの声」を読んで下さい。

私は獣医の次女によく言います。

「君のしていることは人類が他の多くの動物に対して行っている犯罪の、わずかではあるが、大事な罪滅ぼしなんだ。非常に価値の有ることをしているんだ」

 

こういうことを言うとすぐに、「牛や豚の肉を旨い旨いと食べておきながら、偽善的なことを言うな」と反撥する人がいます。

そのようなことを言うのは、人間存在の真実を知らない人間です。

人は自分の命を保つために動物にせよ植物にせよ自分以外の命あるものを食べなければ生きて行けない存在です。

私も切羽詰まれば、飼い犬でも飼い猫でも殺して食べるでしょう。

しかし、そのような極論を言うのは馬鹿げたことです。

遊びや身勝手で他の生命を奪うのは悪業であることを認識して頂きたいのです。

 

「しっぽの声」読んで下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雁屋 哲

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