雁屋哲の今日もまた

2017-05-01

富士スピードウェイ 75歳デビュー

4月22日、富士スピードウェイで走ってきました。75歳でレーシング・コース・デビューです。

去年スバルWRX S4を手に入れて以来、WRXのすごさに心揺さぶられ、この車の真価を知りたいと思って、なんとか何処かの本格的なサーキットで走って見ることを願い続けてきたのですが、「美味しんぼ」の取材でいつも協力してくれているカメラマンの安井敏雄さんが助けてくれてその願いが実現したのです。

PRO-iZという会社が富士スピードウェイの走行会を主催し、その走行会に参加すれば、富士スピードウェイを走ることが出来ることを安井敏雄さんが見つけてくれました。

現在小学館から発売中の「魯山人と美味しんぼ」の写真は全て安井敏雄さんの撮影になるものです。その写真を見て頂くと、安井敏雄さんがそんじょそこらのカメラマンとは格が違うことをおわかり頂けると思います。

安井敏雄さんは凄腕のカメラマンであると同時に、自動車のメカニックに大変に詳しく、自分の車もチューンナップしてしまうほどの技術を持っています。

その安井敏雄さんが自分も走ってみたいと言うことで、今回私は助けて頂きました。

富士スピードウェイで走ると言っても、これには私が最初考えもしなかった、色々な準備が必要でした。

車体自体について言えば、タイアがレーシング仕様であること、ブレーキパッドがレーシング仕様であること、シートベルトが4点支持のものであること、オイルが高速走行でエンジンを酷使するために特別のものあること。

こんなことは、サーキットで走る人は当然知っているべきことですが、私はよく分かっていませんでした。

さらに、私のかけている車両保険が通常の道路を走行すると言う条件のものでレーシングコースでは通用しないであるので、万一を考えたらレーシングコースでも有効である保険をかけなければならない。

さらに、靴の問題もありました。

私は六歳の時に股関節結核を患った結果右脚が左よりも18センチほど短い。その差を補うために、私の亡くなった母と奥沢のキング堂靴店の前店主の二人が考え試して作ってくれた特別製の靴を履いています。(奥沢キング堂靴店の当代の店主も引き続き作ってくれています。キング堂さんには二代にわたり何と60年ほどお世話になっていることになります。私がこれまで日常生活を送ることが出来たのもキング堂さんのおかげなのです。先代、当代と、キング堂店主のご恩を忘れたことはありません。)

私は普通の日常生活で車を運転するときには、右足に運転用の靴を履き左足にはキング堂さんに作って載いている靴を履いていますが、その革で作った靴は大きすぎて、普通の道路なら良いがレーシングコースを運転するのには適さないと言うことで、生まれて初めてバスケットシューズを買いました。

この、バスケットシューズのはいた感じはいつもの革製の靴とは重さも柔軟性もまるで違い、大変感激しました。

と言ってもバスケットシューズやスニーカーは私のふだんの生活では使えません。私の日常を支えてくれるためには足元をしっかり固める強さが靴には要求されます。力がなく、長さも短い右脚を助けて私の体を支えるためには、重さがあって踵から足首まで私の体重をしっかり受け止める力がなくてはならないのです。

私のような環境にある人間としては、スニーカーの類では歩くことが出来ないのです。

そんな訳なのでバスケットシューズは4月22日1日だけの心地よさを残して私の前から消えました。

まあ、そんな色々の準備を整えて富士スピードウェイに行ったのです。

午前7時から登録、午前8時からドライバーズ・ミーティング。

プロのドライバー二人が、スピードウェイのコースの図面を前に色々と説明をしてくれました。

注意点として強調していたことは、接触事故が多いと言うこと。

スピードの速い車が前の車を追い抜こうとすると、前の車が頑張ってスピードを上げて、そのために外側に膨らみ、そこで追い抜こうとした車と接触する例が多い。

「今日ここに集まっている人の何人かは車を壊すでしょう。どうか、車をいたわってやってください。」とドライバーの一人は言いました。

前もって電話で色々な情報を伺ったときも、主催者の方から「1回30分で1人2回まで回れますが、非常にブレーキを酷使するので、合わせて1時間走ると、すり減ってしまって危険な状態になります。車をいたわってやってください。」と言われました。

この「車をいたわる」という言葉は初めて聞きました。

その言葉だけで、富士スピードウェイがとんでもない所なのだということが分かります。車をいたわるとは、運転する人間自身をいたわると言うことです。

言葉としては大変に良い言葉ですが、ドライバーズ・ミーティングの際にその言葉を聞いた時には、「これは、どうも、とんでもない世界に入り込んでしまった」と感じました。

私達走行会に参加する人間はコースの外にある駐車場に自分の持ってきた車を停めます。

そこで、車に乗せてきた全ての物を取り出します。

普通、車のトランクの中にも扉の内側の物入れにも様々なものが入っています(ご自分の車のことを考えて下さい)。

その全てを取り出して、どの車にもついている、車がパンクなどしたときに使う予備のための普通より一回り小さいタイアまで取り外して、(昔は普通サイズのタイアがついて来たのですが、30年くらい前にアメリカでレンタカーをしたら、その車に直近のガソリンスタンドまで3㎞以上走れれば良いという臨時の小さなタイアがついているのを見て驚いたことがあります。しかし、いつの間にかその一回り小さなタイアが世界的に共通になってしまったんですね。若い人はこんなことは知らずにこれが普通だと思っているでしょう。老人の愚痴ですねこれは)、全ての物を車の後ろに置きます。

私も、S4の中身を空っぽにしました。トランクから両側の物入れまで、まあよくぞこんなに入れて走っていたものだと、我ながらあきれるほど、様々なものが出てきました。こんなものを詰め込んでいてはスピードウェイは走れませんよ。

このような準備も安井敏雄さんのお助けを借りました。

私の妻は今回の私の富士スピードウェイ・デビューは「安井敏雄さんに助けられた大名レーシングじゃないの」と言いました。その通りです。最初から最後まで安井敏雄さんのおかげです。

準備が出来て、コースに出る時間になりました。

最初の一周は、助手席に安井敏雄さんに乗っていただき、このコースで運転をする上での助言をお願いしました。

当日の走行会は三つのグループに分けられていて、1グループは熟練者で、富士スピードウェイをすでに何度も走っているだけでなく、良いタイムを出している人、2グループは1グループに次ぐ腕前の人、そして私は初心者のグループ、3グループに入りました。

コースに出るためにはまずピットに入らなければなりません。

駐車場からピットの入り口まで、私達3グループの人間は三列に並びました。

ここで、思わぬ事故が起こりました。

それぞれ準備を整えた車が、ピットに入る合図が出されるのを待って、緊張しています。

その時、私の車の三台前、私の列の先頭の車(メーカーはどこか確かめられませんでした)が突然後退をし始めたのです。

その後ろのマツダのRX7 が驚いてクラクションを鳴らしました。

それで、私達も,先頭の車が後退し始めていることを知りました。

私も、安井敏雄さんも、「わ、わ、何をするんだ」と声を出してしまいました。先頭の車は背後の車がクラクションを鳴らしているのにも気づかず後退し続け、ついに後ろの車にぶつけてしまいました。(並んでいる車同士の間の距離はそれぞれ2メートルはあったと思います)

ぶつけてから驚いて運転席から出て来た男性は、自分でも何が起こったのか分からない、という呆然とした表情で、言葉も出ないようでした。

マツダの車の男性が出て来て、二人で話し合いを始めました。

そこに、ドライバーズ・ミーティングの際に色々な注意を与えてくれたプロ・ドライバーが出て来て、二人に、なにか説明をし始めました。

事故処理会社とか損保会社とか、いう言葉を断片的に聞きました。

後退速度が緩やかだったので、車自体に大した損傷はなさそうですが、だからと言ってきちんと確かめずにそのままコースに出すわけには行かないでしょう。

更に二人の精神状態も問題です。

ぶつけた方もぶつけられた方も、その時点では平静とは言い難い。

その精神状態でコースに出るのは問題でしょう。

そこまで準備を整えてきたのに、その二人は、少なくとも2回走ることの出来るその最初の回はコースに出ることが出来ませんでした。

合図が出て、3列並んだ外の列から順番にピットに入っていきます。

私達3列目の人間は、衝突した先頭とその後ろの車をよけて、2列目の最後尾に続いてピットに入っていきました。

私達3グループは衝突した2台を除いて41台。

出走前の緊張感は今までに経験したことのないものです。正直に言って怖くなりました。

やがて、ピットからコースに出る合図の信号が緑になり、先頭から順番にコースに出ていきます。ピットからコースへの出口は正面スタンドの直線が終わるちょっと前です。

少し走るとすぐに右回りのカーブになります。

最初の一周は、ピットに並んだ車列のまま走る決まりになっています。前の車を追い抜くことは出来ません。コースの下見のための走行です。

この第一周から、本物のレーシングコースのすごさに私は肝を潰してしまいました。

富士スピードウェイは全体としては右回りのコースですが、スタンド前の直線を抜けると、あとは右に左にカーブが続きます。

このカーブがくせ者で、同じカーブでも平面上にあれば良いのですが、富士スピードウェイの立地からして、山道を登ったり下ったりしながらの厳しいカーブです。

道幅は広くて走りやすいと言いますが、上ったり下ったりのカーブでは、カーブ全体の形が分からない。前方がどうなっているか見えないのです。

前方がどうなっているかよく分からないというのは、本当に怖い。

前々から、youtubeの富士スピードウェイの走行動画を何本も見て、富士スピードウェイのコースはどうなっているか理解したつもりだったのですが、それは甚だしく愚かなことで、実際はコンピューターの画面からは肝心なことはつかみ取れる訳がなかったのです。

あとで、プロのドライバーに、コースがよく分からなくて怖かったと言ったら、ドライバーは笑って、「1年に2、3回走って3年も通えば分かるようになりますよ。1年走ったくらいで富士スピードウェイが分かったと言われたら、私達プロのドライバーの立場がありません」と言いました。

それでは、最初の回でコースが分からないと言ってもそれは仕方がないことだと納得しました。

youtubeを見ると、上手な人は富士スピードウェイを1周するのに1分30秒以内で走っています。1分15秒という人の画像もアップされています。

そんなこと、冗談じゃない。私は、1周するのに、敢えて正しい数値は出しませんが(くやしいから)もっともっと掛かりました。

第2周目からは、遅い車は抜かされます。カーブに苦しんで思うようなスピードを出せずにいる私の後ろに他の車が迫ります。

ここで、ドライバーズ・ミーティングでプロのドライバーに言われたとこを思い出しました。

ああ、ここで抜かせまいと頑張ると,膨らんで後ろの車と接触するのだな、と理解して、とにかく抜いてもらえるように速度を控えました。くやしいことに、皆さん良くコースのことをご存じのようで、すいすいと私を抜いていきます。

私は必死に我慢しました。「安全第一、無事に帰ること」それを唱えました。

 

1988年にシドニーに引っ越して以来の親友に時次郎と言う男がいます。(時次郎は、大学の時に落語研究会に入っており、自分でも高座名を持っているくらいの落語好きで、この時次郎と言う呼び名も、落語の「明烏(あけがらす)」に出てくる大きな商家のくそ真面目な若旦那の名前を取り、ある日これから自分のことを時次郎と呼ぶようにと私に言ったのです。ついでに私は,その落語に出て来る,町内の札付き・源兵衛とされてしまい、時次郎は私のことを源兵衛さん、源兵衛さんと呼んでいるのです。)

この時次郎は、忙しい男で学生時代に落語の他にダート・ラリーもしていて、車のことは良く知っていると自負しています。そういう男ですから、私が富士スピードウェイを走るぞ、と言ったら、「それはよした方がいい」としつこく言うのです。

走行会直前にも、電話をかけてきて、時次郎の友人で富士スピードウェイを何度か走った経験のある男からの話として、富士スピードウェイを高速で走ると接触しないまでも車を大きく傷める。タイアはもちろん、車体もゆがんでしまう。それで接触しよう物ならおおごとだそうだ、と言い、気を変えて止めるように説得するのです。

 

私はご意見を伺いました、と言って電話を切りましたが、走り出してから時次郎の忠告が、ただの脅しではないことを悟りました。

本当に飛んでもないコースです。

緩い大きなカーブでスピードを稼ごうとしても、すぐにきついカーブに入ります。しかも、先がどうなっているのか分からない。

緩い大きなカーブに入ると、私もスピードを上げますが後続車もガンガンスピードを上げてくる。

となると、「抜かれまいとスピードを上げると接触事故の元になる」というプロ・ドライバーの言葉が脳裏に響きます。

初めて走る人間なのだから、他の人の迷惑になってはいけないと考え、後続者に道を譲ります。

実にくやしい。こんなに、他の車に抜かれる経験などしたことがない。コースさえよく分かっていればこんな事は無いのにと嘆いても仕方がない。

で、最後のカーブを抜けて直線に出ると,生き返ったような気持ちになります。

WRX M4 は買って以来、アクセルを床まで踏んだことがありません。

制限速度、80キロとか、100キロの公道では3分の1も踏みこんだらたちまち速度超過は愚か、前の車にぶつかります。

このアクセル問題で私は欲求不満に陥っていて何とかアクセルを全開したいと願っていました。

その願いが今叶います。

直線入り口でアクセルを思い切り踏みました。

ひぃぃぃぃぃーっ!

気持ちがいいーっ!

私を抜いた車数台を抜き返しました。

しかし、富士スピードウェイの直線1・3キロメートルはレーシングコースの中では長いと言うことですが、WRX M4 の限界なのでしょう。私は時速300キロを出すと言っていたのですが、直線の70パーセントくらいのところで、時速208キロまで視認したのですが、それから減速作業に入るのに気をとられて速度メーターから目を離しました。その間実際に減速するまでに、時速215キロは出ていたと思いますが、それ以上は出せませんでした。

しかも、2周目の時です。最終のカーブから抜け出て直線に出る。

思い切りアクセルを踏む。いいきもちだーっ!

と思っていたら、後ろから、ベンツが迫ってくる。

それも、WRXより小型に見えるベンツだ。

こんなのに抜かれる訳がないと思っていたら、スーっと並びかけてそのまま私を置いてけぼりにして直線を猛烈な速度で突っ走っていきました。

私は仰天しました。なんと言う車だろう!

そのあとの走行では、緩い大きなカーブで、マセラティのグランツーリスモに都合2回抜かれました。

26分を過ぎた頃から、舗装された道のはずなのに、まるで砂利道を走った時に砂利が跳ね返ってタイアの裏の車体に当たるような音が聞こえ始め、気のせいかエンジンの音も悪くなったような気がして、何だか不安になってしまい、コースから離れて駐車場に向かいました。

駐車場で待っていた安井敏雄さんに話すと、「あ、それはタイア屑ですよ」といって、タイアのネジを回す道具の先でタイアの表面をこすると、ぼろぼろとタイア屑が無数にはがれて散ります。

私の前に走った車のタイアが路面とこすれて熱を持ち、溶けてはがれて散ったタイア屑が私の車のタイアにこびりついていたのです。

後で知ったのですが、私と一緒に走った車の中にはプロ用のレーシング・タイアを付けていた人が多くいたそうです。

そのレーシング・タイアとは、私の車のレーシング・タイアとは比較にならない本物のレーシング・タイアで、コースの路面をしっかりグリップするように非常に柔らかい素材で出来ているのです。

指で強く押すとその指が入るくらいに柔らかい材料なのです。

しっかりグリップすると言うことは摩擦抵抗が大きいことで、そのために熱を持ち、溶けてはがれてしまうのです。

コースの路面には、その溶けたタイア屑が特にカーブの所に散らばっています。

そのタイア屑は、その上を走る私の車のタイアにくっつき、今度ははがれる時に、私の車のタイアの裏の車体に当たって「ばち、ばち」と言う音を立てたのです。

そういうことを知らなかった私は、不安に駆られてしまったという訳です。

 

こうして、私の富士スピードウェイの走行は、26分で終了しました。

何周したか、平均のラップはどれだけだったか、主催者がデータをくれましたが隠します。(くやしいったらありやしない)

私が駐車場に戻ってしばらくすると、次々に他の車も戻って来ました。

なんと、私を抜いたベンツもマセラティも私の隣に止まっているのです。

そのベンツは、AMGという、ベンツ専門のチューンナップ会社の製品でした。

AMGとマセラティのドライバーは友人であるらしく、AMGも実は私より早く駐車場に戻って来ていました。

後から戻って来たマセラティの男性は、AMGの男性に「どうしてやめちゃったんだよおっ」と喚いていました。かなりの仲良しです。

その二人に話を聞いて仰天しました。

マセラティの馬力は400馬力、AMGの馬力は450馬力。

対する、WRX M4は300馬力。

これでは、直線で敵うはずがありません。

AMGの男性に車の排気量を尋ねると「2000㏄です」と言う。

なんと言うこと、WRX M4も2000㏄です。

同じ排気量で、どうして、AMGは1.5倍の馬力を出すんだ。

いやはや、これには驚きました。

マセラティの男性は「とにかく、このAMGは速い。以前一緒に碓氷峠を走ったことがあるが、そのような峠道でもこのAMGはすごかった」とAMGを賞賛していました。

マセラティの男性に、今までに何回富士スピードウェイを走ったのか尋ねると「今日で5回目かな」と言いました。

5回目でしかも、こんな凄い車で、私と同じ初心者グループとは、1グループ、2グループの人たちは、どんなに凄いのだろうと考え恐ろしくなりました。

ついでに車の値段ですが、マセラティ・グランツーリスモは2000万円以上、AMGは1500万円以上。

WRX M4は400万円。

私に取ってはこの400万円も冷や汗とあぶら汗を流してやっとの事でひねり出したもので、1000万円とか、2000万円などというお金は、夢のまた夢です。

世の中にはお金持ちがいるものだと感心しました。

いや、もっと感心したのは、車にこれだけ熱意をかける人が大勢いることです。

私の周囲の車の持ち主は、自分で車の整備をしていました。

プロのレーシング・タイアも富士スピードウェイに来て、ここまで来たノーマルのタイアと自分で付け替えるのです。タイア交換なら私でもできますが、カーブで、熱で溶けてしまうような凄いタイアを持って来て、それをこの場で交換するその熱意というかセンスというか、それには、脱帽しました。

 

本当に良い勉強をしました。

レーシング・コースという物のすごさ。

その難しいコースを走ることの出来る人たち。

このコースを走るために、2000万円以上のお金を払う人たち。

なにもかも、私の想像外のもので、凄い人たちの棲む凄い世界があるのだということを思い知らされました。

 

走行後、時次郎から電話が掛かってきました。

無事だったというと、

「まったく、雁屋さんは、年齢を考えろ、技術を考えろ、経験を考えろ、などといっても、絶対に言うことを聞かないんだから。」

と嘆いてから、

「直線大魔王じゃあ駄目なんですよ」

と小言を言いました。

それでも、

「無事で帰って来て本当に良かった」と喜んでくれました。

 

ブレーキパッドをノーマルに付け替えるためにスバルの営業所に持っていったところ、営業所の人間は、

「病みつきになって、また走るというに決まっているから、レーシング用のブレーキパッドをトランクに入れておきます」

と言いました。

 

さてさて、病みつきになるかどうか、今は言えません。

無事で帰ってきて良かった、などと言っているんじゃ、すぐにでも再挑戦とはいきませんね。

少なくとも15年以前に始めておけば良かったと思います。

なんとしても、75歳デビューは遅すぎましたね。

しかし、今回の走行会で色々忠告してくれたプロのドライバーに、「私は75歳デビューなんですよ」と言ったら、

「ああ、70歳以上で始める方は何人も参加していますよ」と言うではありませんか。

おお、そうなのか。

それでは、富士スピードウェイ走行の最高齢記録でも作らなければならないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雁屋 哲

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