鰹のたたき
今の時代に、カール・マルクスが生きていたら、どんな「資本論」を書いただろう。
マルクスが生きていた十八世紀から十九世紀の社会の資本主義と、現在の資本主義は、基本的には同じでも、更に一層凶暴化した。
私は、今の社会を、「強盗資本主義」「追いはぎ資本主義」「ぶったくり資本主義」「凶悪資本主義」の横行する社会だと思う。
「資本主義は、資本家が労働者を搾取して、金を儲けるシステム」と言うのが、古典的で初歩的で単純な資本主義の理解であるが、それは今でもそのまま同じであるどころか、さらに資本を持つ側の強欲さ、凶暴さが、普通の人間の理解の範囲を超えて肥大・拡大して、正気の沙汰ではない状態になってしまっている。
2008年4月18日の朝日新聞の夕刊で、東京地検特捜部の元検事の、堀田力氏は「お金の魔力にとりつかれた人を諭すのは本当に骨が折れる」と言っておられる。ロッキード事件などの経済事件に係わった実感だそうだ。
どこまでお金をためれば気がすむの、こんなに金塊をもっていてどうするの、と容疑者らに言ったところで、効かないのだそうだ。
「『世の中金を持っていたほうが勝ちじゃないか』などと開き直られてしまう」と言う。
この二十年、政治家と官僚の愚かしさ故に日本の社会は世界的に没落を続けている。
そうすると、まともに働かず、博打同然の投資で金を稼ごうというハイエナのような根性の人間があちこちに輩出する。
ライブドアの堀江氏、村上ファンドの村上氏、などが一時社会をにぎわせたが、堀江氏、村上氏など、世界的に見れば、可愛い物で、世界には途方もないファンドマネージャーや、買い占めでどんどん自分の会社を大きくしていく人間がいる。
アメリカに投資関係の問題を扱うAlpha Magazineと言う雑誌があるが、2008年、4月16日のインターネット版の紙面によれば、世界のヘッジファンドマネージャーの2007年度の稼ぎは以下の通りである。
- John Paulson Paulson & Co. $3.7 billion
- George Soros Soros Fund Management 2.9 billion
- James Simons Renaissance Technologies Corp. 2.8 billion
- Philip Falcone Harbinger Capital Partners 1.7 billion
- Kenneth Griffin Citadel Investmentt Group 1.5 billion
- Steven Cohen SAC Capital Advisors 900 million
- Timothy Barakett Atticus Capital 750 million
- Stephen Mandel Jr. Lone Pine Capital 710 million
- John Griffin Blue Ridge Capital 625 million
- O. Andreas Halvorsen Viking Global Investors 520 million
*Earnings include managers’ shares of fees as well as gains on their own capital.
一寸分かりづらいかと思うので、説明すると、この金額の単位はドル。millionは百万ドル、一ドル百十円として、一億一千万円。billionは十億のことで、1billionドルは、一千百億円、と言うことになる。
すると、一番の、John Paullssonは三千八百億円、二番目のSorosは三千億円、十位のHalvorsenで六百億円弱、となる。断っておくが、これは個人の収入である。企業でもこれだけの利益を出せるのはそんなにはない。
本当にたまげる。ここまで、お金を稼いでどうするつもりなんだろう。しかも、ソロスは77歳、23位に入るピケンズ(昔日本で買占め事件を起こした人物)は八十歳。ピケンズは四百億稼いだ。
歳を取っても金に対する執着心は衰えないのだ。
日本にもこのようなファンドが入り込んできている。
この間ブルドックソースを買収しようとしたスティール・パートナーの件が記憶に新しい。このファンドのオーナーはソース作りにはなんの興味も持って居らず、単に金稼ぎのためにブルドックソースを狙ったのである。ブルドックソースの持っている資産を売って、株の配当に回せなどと、これまでにブルドックソースが長い間かけて蓄積した資産を全部吐き出させる要求をしてきた。結果的にブルドックソースの企業防衛策が働いて、買収は免れたが、スティール・パートナーは株価の上昇で六十億円儲けた。
世界最大の鉄鋼会社、アルセロール・ミッタルという会社がある。1989年にインド人のミッタルがミッタルという会社を始め、ミッタルは、次々に鉄鋼会社を買収して、リストラして儲けの出る体質にして、新たな資本の投資を呼びかける形で、あっという間に、ルクセンブルグのアルセロール社に次ぐ世界第二の売上高の会社にのし上がったが、ついに、そのアルセロールも買収し、アルセロール・ミッタルとして、世界一の売り上げを誇る鉄鋼会社になった。
ミッタルは、その内に世界一の富豪になってみせると豪語している。
ミッタルの手法は、買収した会社を徹底的にリストラして利益の出る形にして、資本家たちの更なる投資を呼び込むと言う物で、鉄鋼の生産自体に他の鉄鋼会社に比べて優れた技術を開発してきたわけではない。ただの、マネーゲームで、わずか二十年足らずで世界一の鉄鋼会社を作ってしまう。
しかし、買収した会社を育てるのではなくリストラなどで、利益を出す手法だから、技術力が不足している。ミッタルは買収した会社に新たに高炉の一つも作ったことがない、と批判されている。
そこで、ミッタルが狙っているのが、日本の新日鐵である。
新日鐵は世界最高の鉄鋼技術を持っている。鉄は鈍重に見えるのでそれと分からないが、実は技術の固まりである。日本の車が世界中で燃費がよいと評判がよいのは、日本の自動車会社の使う鋼板が軽いのに丈夫だからである。その様な鋼板を作るには大変な技術の蓄積が必要である。ミッタルは、金の力に任せて新日鐵を買収し、新日鐵の持つ技術全てを自分の物にしようというのである。ミッタルは、今のところ、アルセロールを買収するのに金がかかったから、しばらくは、おとなしくしているが、来年あたりから新日鐵買収に動き出すと言われている。
まことに恐ろしい話で、PCを作ったIBMが、そのPC部門を中国の会社に買収されてしまう。
中国のレノボは一気にそれまでのIBMが蓄積した技術を、全部自分の物にしてしまった。
工業技術というのは文化である。大勢の技術者が心血を注いで作り上げた物である。その技術を作り上げた技術者の大半は無名のまま、大した報酬も受けとらず終いで、ただ、技術者としての誇りをもって人生を過ごす。
そうやって、大勢の技術者が心血を注いで作り上げた技術を金の力で自分の物にしてしまう。
資本主義の社会だから、株を買うのは誰にでも許されることだから、会社の買収は違法ではない。違法ではないが、ここまで巨大なカネを振り回す人間が全ての企業を思いのままに動かすのは、もはや人倫に反すると私は思う。しかも、かれらは金儲け第一で、儲かれば買った企業を簡単に売りはらう。企業を育てる企業人としての感覚はないし、従業員のことなどこれっぽちも考えない。
日本の優秀な人材も海外のファンドや金融機関にどんどん移っていく。外国の金融機関やファンドが日本の会社を買収するのを日本人が手伝うのである。しかし、日本の社会がその様な優秀な人材に対して満足できる待遇をしないから、彼らも外資の元に走るのだ。
これから、どんどん日本の企業が海外の物になっていくのを私達は見なければならないだろう。
日本の政治家と、官僚たち、それに時代後れの頭を持った経営者がのさばっているからには仕方がない。日本が滅亡への道を転げ落ちているのは、自業自得、己の愚かさを自覚して直そうとしないからだ。
ああ、私のような、老いた愛国者は、日本の未来を考えると、心配で、居ても立ってもいられなくなる。
そんなに心配すると、食慾が減退するだろうだって?
飛んでもない。腹が立てば腹が減る。腹が減っては戦が出来ぬ。
だから、日本の未来を心配すると、心配と怒りの余り、余計に腹が減るです。
腹が立つときには、力のつく物を食べましょう。
それも、日本の豪快な味を楽しむのがよい。
「美味しんぼ」第87巻の「日本全県味巡り」高知篇で、高知県佐賀町の「黒潮カツオ探検隊」の皆さんに作っていただいた、鰹のたたきをお見せしよう。
まず、この見事に太い鰹を使う。
鰹をさばくのには、鰹割きという特殊な包丁を使う。
三枚に下ろす。
それを、鰹のたたきを作るとき専用の鋤に載せ、藁を沢山詰めたドラム缶の上に置く。