羊のチーズ
私達小学校の同級生は仲が良く、私達のホームページを持ち、掲示板に毎日誰かが書き込む、という話は以前に書いた。
今日、その掲示板を覗いたら級友の一人、さださん(掲示板用の筆名)が、鮭の頭で三平汁を作り、余った鮭の頭と三平汁の作り方を書いてご近所の知人に差し上げたら、そのお礼として、その知人から今朝、堀りたてのタケノコが届いた、などと羨ましい話を書き込んでいる。
三平汁も、タケノコも、オーストラリアにいる私にとっては夢のまた夢で、読むだけでよだれが垂れた。
オーストラリアは、食品の持込みが厳しく制限されている。全ての肉類、植物製品、そして、川魚。これはみんな、日本の土地に固有の病原菌や微生物がついている恐れがあるからである。オーストラリアは、長い間、外界から隔絶されてきた大陸なので、オーストラリア固有の動植物が沢山ある。それらが、外来の動植物によって被害を受けるのを避けるためである。
で、タケノコが駄目なのは分かる。しかし、鮭もダメなのだ。何故なら、鮭は稚魚の間日本の川に棲んでいる。鮭は生魚になって海に出るとは言え、日本の川にいる間に日本の土地に固有の微生物を体内に溜め込んでしまっている恐れがあるからだという。
シドニー空港の税関では、オーストラリア人の係官が、おかしな日本語で「サケ、アリマスカ、サケ、アリマスカ」と大声で怒鳴っていることがある。うっかり、あります、などと答えると、直ちに没収である。
私の知人の奥方は、そうとは知らず、手に鮭をぶら下げてきて、有無を言わせず没収されて嘆いていた。
オーストラリアにも鮭はある。オーストラリア人は鮭が好きである。比較的、生臭さが少ないからだろう。刺身なども、鮭の刺身に人気があるし、寿司ネタにも鮭が盛んに使われる。味は悪くはない。しかし、北海道の「とき知らず」の味を知っている私にとって、有り難がるほどの物ではない。
タケノコと来た日には、日本で言う篠竹のような細い竹があって、そのタケノコは自分で竹林に獲りに行って食べるが、日本の孟宗竹のタケノコのように太くて、甘くて、柔らかくて、ほっこりしていて、などと言う物とはほど遠い。
そう言うわけで、今日の我が級友、さださんの書き込みは、読んでいて、実に羨ましかった。
シドニー空港の税関は、その時によって、人によって厳しかったり、緩かったりする。
私は日本から帰ってくるときには段ボール箱を幾つも持込む。何せ本や、CD、DVD、日本食など、こちらで手に入らない物が沢山あるから持込むしかない。食べ物もきちんと申告して、それが安全な物なら難なく通る。申告しないで、食べ物が発見されるとこれは大事になる。虚偽の申告をしたと言うことで、厳しく追及される。場合によっては大変な罰金を科せられる。そこの所は私は良く承知しているから、段ボールの表面に中に何が入っているか書いておく。あまりの多くの段ボールなので、係官も全部開く勇気はない。食べ物の入っている箱だけ係官に示すと、係官はその箱だけ開いて検査して、残りのスーツケースなどは開かずに、通してくれる。堂々として、さあ見てくれという態度だと、向こうも信頼する。
しかし、これが東南アジアから来たとなると大変だ。東南アジアからは麻薬の密輸が多いと言うこともあるのだろうが、どうも、係官の偏見もあるように感じてならない。一度など、中国人の老人がスーツケース全てを開けさせられ、中国の食品全部を没収されて泣きべそをかいているのを見たことがある。その老人は英語が不自由できちんと説明できないと言うこともあるが、係官の態度から、アジア人に対する差別意識を私は感じた。全く没収する必要のない食品まで没収しているのだ。係官の無知と差別感の故だと私には思えた。
私もアジア人だから、差別されてもおかしくないが、さあ、どこからでも掛かっていらっしゃい、と言う態度が微妙に相手に影響を与えるようで、この二十年間で、不愉快な思いをしたのは二三回しかない。一度は、アメリカから帰ってきて、冬なのに、「ああ、暑い」と言って汗を拭っていたら(私は無類の暑がりで、冬でも空港内を歩くと汗が出るのだ)係官は、目を光らせて、「そうか、暑いか」と言って、スーツケースまで開かせて、スーツケースの内張まで探った。我が暑がって汗をかいているのを、ドラッグを持っているので、緊張して汗をかいた物と、思いこんだらしい。
見ていて、明らかに、東南アジアの人々には異常に厳しい。どうしても私には差別のように感じてならない。
オーストラリアは、移民の国で、様々な国から人がやってきているから、人種差別は禁物である。Fairと言うことを非常に大事にする国で、そうでもなかったら、移民の国は維持できない。Fairではない。人種差別をした、となると、その人間は社会的に非難される。公的な仕事に就いている人の場合はその地位を失うこともある。
とはいえ、やはり、1975年まで白豪主義と言って、白人しか移民を認めなかった国である。現在も七十五パーセントがイギリス系の白人国家である。わずか三十年やそこらでそう簡単に差別が無くなるわけがない。
こんど、オーストラリアの政権は、11年ぶりに、労働党が取った。新しい首相、ケビン・ラッドは、中国語が堪能である。
これでおかしかったのは、そのことをオーストラリア人は「西側諸国の首相で中国語を喋ることの出来る初めての首相」だと言ったことである。
オーストラリア人は自分たちを西欧諸国の一員と考えていることを白状したのだ。
おい、おい、それなら一寸考えて貰いたい。
サッカーのワールドカップの予選で、オーストラリアはアジア地域に強引に入り込んできた。自分たちはアジアの一員だというのである。
東アジアサミットにも入り込んでいる。
スポーツでよい成績を上げたいとき、金を儲けたいとき、など調子の良いときにだけアジアの一員と言うが、心の中では西欧の一員なのである。狡いんじゃないか。マレーシアの首相は、オーストラリアは絶対にアジアの一員にはなれないと言った。その態度も一寸頑なだが、問題はオーストラリアに方にあるだろう。
先日、ラッドは中国に行って、得意の中国語で演説したが、その中で中国のチベット問題を批判した。
私も、中国のチベットに対する態度には大いに憤りを感じている。
しかし、中国に招かれて、公式の場での演説で、チベット問題を批判するのは、それは違うだろうと思う。
その様なことは、別の場所で外交的に行うべきで、歓迎の場で得意の中国語で言うべきことではないだろう。中国に対して無礼である。折角ラッドを歓迎した中国の面子を丸つぶしにする物だ。
以前、江沢民が日本に来たときに、天皇に向かって日本の戦争責任について非難したのと同じだ。日本の戦争責任を問うことはかまわない。しかし、公の場で、面と向かって天皇にそんなことを言うのは無礼だ。
江沢民は、イギリスの首相にアヘン戦争以来1997年まで、イギリスが香港を自分の物にしていたことを公式の場で公然と文句を言ったか。日本が中国から撤退したのは1945年。イギリスがアヘン戦争を起こしたのが1840年。それから1997年まで、157年間、イギリスは香港を自分の物にしていた。イギリスが中国に対して行った行為は日本のそれより軽いというのか。重い軽いは何で決めるのだ。
ラッドも、アメリカで、イラク戦争という犯罪を批判したか。
チベットにおける中国を批判するなら、イラクにおけるアメリカをその千倍は批判しなければウソだ。
ラッドの態度は、実に偽善的だ。
今度の、オーストラリアの政府は偽善的である。
環境相にはかつてのロックミュージシャンのピーター・ギャレットがなった。この男はあの偽善の固まりのグリーンピースの役員も務めたこともあるというだけで、その本性が良く分かる。
日本の捕鯨船にはオーストラリア軍隊の艦船も出して捕鯨を妨害する、と言うと同時に増えすぎたカンガルーを四百頭殺すことを認めたりする。カンガルー問題は反対派の意見が強く立ち消えになったが、捕鯨を残虐だと批判する、ヘッドスキンの環境相がカンガルーは殺せと言うのである。
こう言うのを、何が何だか分からない偽善者というのだ。
おっと、オーストラリアの悪口を言い過ぎた。
口直しに、オーストラリアの美味し羊のチーズを紹介しよう。
日本では、羊のチーズは余り知られていない。
大体に於いて、においが強い。よほどのチーズ好きでないと、臭くてイヤだと日本人は言う。日本人は、クサヤや塩辛などが好きな癖に、乳製品のにおいの強い物を敬遠する傾向がある。しかし、一度病みつきになると、癖になる。
これは、比較的熟成の若い物。
この中味は、こうなっている。
外側が、ブリーチーズのように、白く固くなっている。
その中は、トロリと柔らかい。
ちゃんとしたチーズの形を見るために、ひっくり返してみた。
そのチーズは、天然酵母で焼いたサワードウのパンに付けて食べる。
パンを薄切りにして、それに、チーズを載せて食べる。
チーズの複雑玄妙な味、香り、それに酸味のあるパンの豊かな味が混沌として、これはたまりません。
オーストラリアの悪口を言うのはやめようと思う美味しさだ。
食べ物の旨さで簡単に口を閉じるなんて、私も軽薄だね。
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