雁屋哲の今日もまた

2010-06-15

我が師 木村壽成さん

 私に、酒と食べ物の安全性について、色々教えた下さった、心の師。
 中野、上高田の酒販店「味のマチダヤ」の先代社長、木村壽成さんが昨日亡くなった。

 私たち、木村さんの教え子たちは、木村さんをお父さん、あるいはおじいちゃん、奥様をお母さんと呼ばせて頂いて、さんざん甘えてきた。

 90歳を超えておられたから、天寿を全うされた訳で、悲しがってはいけないのだが、本当に悲しい。
 木村さんは生一本の性格で、まっすぐで、実に徹底して正しい物しか認めなかった。世の不正に対する悲憤慷慨は歳を取っても衰えなかった。
 心の中に思いを沢山持っている方だった。

 日本酒の本当の良さを広めたのは、木村さんだと思っている。テレビで宣伝している大手酒造の酒ではなく本当に良い酒は地方にあると熱烈に説いて、「酒仙の会」をたち上げ、大勢の人々に本当の酒の味を教えてくれた。
 木村さんのおかげで、地方の本当に美味しいお酒が「本物の酒」として全国に認められていった。その功績は大変に大きい。
 木村さんがいなかったら、日本人は相変わらずテレビで宣伝している酒を飲んでは、「日本酒はまずいなあ」などと言っていたのではないか。
 木村さんは、それまで日本人が持っていた酒に対する印象を変えた。
 日本酒の本当の美味しさを日本人に広めた、日本酒再生の主である。

 木村さんには「美味しんぼ」に何度も登場して頂いている。
 私は、大事な、大事な心の柱を失ってしまった。

 私は今、シドニーにいるので、お葬式にも出られない。
 しかし、木村さんは、そんなことどうでもいいじゃないか、と今私の目の前に現れ笑いながら仰言った。
 にっこにこの、笑顔が今私の目の前にある。

 木村さん、私は木村さんの教えに従って、これからも、本物を追い求めていきます。いつも、私の回りに笑顔でいて下さい。
 暖かい体温まで感じる。

 でも、淋しい。本当に淋しい。

 今夜は、木村さんに初めて教えて頂いてそれ以来熱烈に愛している「天狗舞」の純米大吟醸の四合瓶を、これまでの木村さんとのあれこれを思い出しながら、じっくり飲んだ。一瓶では足りなかったが、木村さんが目前に現れて、その辺にしておけ、と仰言ったので、はい、と答えて杯をおいた。

 こんな夜に、日本がカメルーンに勝った。
 悲しさと喜びが同時にやってきた。
 でも、日本チームをたたえて叫ぶ。
 やったぜ日本!
 勝った、勝った、勝った!
 見てくれ、これが日本だ!
 次の試合で、

 勝った、勝った、また勝った!

 と叫びたい。

 今日は、木村さんのことがあるからはしゃげない。
 次の試合も勝ってくれ。
 その時は思い切りはしゃぎたいから。

 全日本頼むぜ。

雁屋 哲

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