雁屋哲の今日もまた

2009-12-07

共和国の友人たち3

 私は、金正日氏の政治姿勢に真っ向から反対する、と言った。
 では、どうしてその金正日氏が支配する、共和国の人々と友人になりたいと私は思うのか。

 それは、日本と、共和国・韓国との眞の融和を求めているからだ。
 私は日本は世界中全ての国の人々と融和して生きて行かなければならないと思うが、とくに、共和国・韓国、中国とは親密な友情関係と、協力関係を築き上げなければならないと考えている。

 2002年に、小泉首相と金正日氏との日朝首脳会談で、それまで共和国が否定し続けていた共和国による日本人の拉致を、突然金正日氏が認めた。
 その後の経過をまとめると、共和国側は「拉致した日本人は全部で13人であること」を認め、そのうち生存している5人を「一時帰国」の形で、日本へ送り返し、後にその家族も送り返した。
 これで、拉致問題は解決したと共和国は主張しているが、日本は拉致されたのは13人だけではなく他にもおり、死んだと共和国が報告してきた人達もまだ生きている、として、拉致問題は解決していないと主張し、共和国に対して様々な制裁を加えている。

 この、「拉致問題」以後、在日の共和国の人間は厳しい日々を過ごしているという。
 さもありなん、と思う。
 それ以前から、在日の共和国・韓国の人間は日本で差別されてきた。
 チマ・チョゴリの制服姿の共和国の女子学生に対して電車の中でひどい嫌がらせをすると言う話をきいた。新聞で報道されたこともある。
 本当の朝鮮・韓国名を名乗らず、日本式の「通名」を名乗る在日共和国・韓国人が多いのも、差別のひどさを物語っている。

 そこへ持って来て、金正日氏がそれまで否定し続けて来た拉致を認めたから、たまらない。
 日本人の、反共和国感情を一気に燃え上がらせてしまった。

 日本人の中には、日本の歴史を客観的に見ることが出来ず、世界中の人間から嘲笑され、侮蔑されていることも意に介せず、事実を曲げて日本の過去を美化したがる人々が少なくない。
 彼らは、共和国・韓国から、秀吉の朝鮮侵攻、明治以降の日本による朝鮮・韓国の植民地化、朝鮮・韓国人に対する迫害などを非難される度に反発してきたが、心の底では日本が何をしてきたか知っているので、公式に共和国や韓国に反撃することが出来ずにいた。
 その彼らの欲求不満を一気に解消したのが、金正日氏による、拉致問題の自認だった。
 彼らは、それまで謝罪や保証を求められて受け身の側に立たされていた鬱屈を爆発させて、攻撃に転ずる権利を得たと考えた。
「日本のことを非難してきたくせに、自分たちもこんなひどいことをしているじゃないか」とテレビ、新聞、雑誌、インターネットなど全ての媒体で共和国攻撃を始めた。
 これでは、在日の共和国の人々が「きびしい」と感じるのは当然だ。
 日本が犯した過ちを美しい物に書き直したいと思っている人々は、この「拉致問題」で、明治以降日本が朝鮮・韓国に対して行ってきた全ての罪悪を帳消しに出来ると思っている。
 それまで抱いていた罪の意識はきれいに洗い流されて、逆に途方もない犯罪国家として共和国を非難し攻撃する権利を獲得したと考えているのだ。
 私は「拉致問題」で金正日氏を批判し攻撃するのは当然だが、それを理由として在日共和国の人々に辛く当たったり、明治以降、日本が朝鮮・韓国に対して行ってきたことを帳消しにしようとする人々は不公正だし、汚いと思う。

 金正日氏の行ってきた「拉致」を実にむごい、残酷な犯罪だと思わない人はいないだろう。
 曽我ひとみさんは、共和国で結婚した元アメリカ兵だった夫と二人の娘とともに帰って来ることが出来た。しかし、同時に拉致された母親は行方不明のままである。
 母親とはぐれたままの曽我ひとみさんの心中を察すると暗澹となる。一体どんな思いでおられることか。
 一番、こたえるのは、横田めぐみさんのことである。
 私も四人の子供の父親だ。自分の子供が拉致されたりしたら、気が狂うだろう。
 拉致される以前の中学生だったときのめぐみさんの写真、共和国で撮影された成人してからの写真、そしてめぐみさんの娘だという幼女の姿、それらをテレビなどで見る度に「なんと言う、むごいことを」と胸をかきむしられるような思いがする。金正日氏の凶悪さに耐え難い怒りを感じる。

 それにしても、めぐみさんのご両親、横田ご夫妻はなんと言う立派な方々なのだろう。
 お父さんはいつも激することなく、にこやかに話をされる。
 お母さんも、決して取り乱した姿を見せず、静かにしかしきっぱりとした口調で、一日も早くめぐみさんを取り返すために、日本と、共和国政府に向けて訴えかける。
 そのお二人の自制心、克己心には頭が下がる。
 私だったら、狂乱して「わが子を返せ」と泣き叫び喚き散らすだろう。
 横田さんご夫妻の毅然とした態度を見るにつけ、私は感動する。
 この長い間、一日も気を抜かず、夫婦で力を合わせ、最後に勝利すると自分たちを励まし続けているその強靱なお姿に、私は、ただ、ただ、頭が下がる。お二人の願い通り、めぐみさんが一日も早く日本へ戻って来られることを祈っている。

 だが、今のままでは、「拉致問題」の解決も出来ないだろうし、日本人と、共和国の人間との融和も難しい。

 この「拉致問題」をふくめて、すべて日本と、共和国・韓国との問題を解決するためには、互いに互いの友人が必要なのだ。
 それも、個人的な友人ではない。広範な国民同士の友情が必要なのだ。

 ちょっと考えて見よう。
 お互いに相手のことを何も知らない日本人と共和国の人間が、この「拉致問題」を話し始めたらどうなるか。
 日本人は金正日氏と共和国の非人間的な行為を攻め出すだろう。
 それに対して、共和国の人間は過去の歴史問題、戦前・戦中に日本に強制連行されてきて働かされたあげく死んでいった朝鮮・韓国人のことを持出すだろう。
 互いに非難の応酬が続く。
 これでは議論が議論を呼び、口論が続き、結局何一つ実を結ばず、対立は解消するどころか両者を互いへの憎しみが包み込んでしまう。
 こうなっては、解決の道は見いだせない。

 私はこの問題を解決するために共和国の友人が必要だと思う。共和国の人達も日本人の友人が必要なはずだ。
「拉致問題」は金正日氏では解決出来ない。解決出来るのは一般の共和国市民であり、日本の大衆である。

 これまで、日本人も共和国の人間も、「拉致問題」や「歴史問題」を議論するのに、余りにせっかちだったのではないか。
「歴史問題」はともかく、「拉致問題」は現在進行形のものであり、拉致された生身の人間がいる。時間をかけてはいられない。
 だが、今の状態で、一部の人が主張するように更に激しい制裁を共和国に加えたところで、金正日氏側は硬化するだけで、返って解決の日は遠くなると私は思う。
 昔から、急がば回れと言う。
 その回り道が、お互いに心を開くことだ。
 お互いの思いを知り合い、理解した上で、問題を解決するための議論をすれば、不毛の言い合い、非難の応酬にはなら ず、解決の道を見いだすことが出来ると私は思う。

 問題の解決の第一歩は、お互いに心を開くことだ。だから、私はできるだけ多くの共和国の人々と友人になりたいのだ。

 この続きは次回で。

雁屋 哲

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