雁屋哲の今日もまた

2009-09-25

あっという間に二週間

 ああ、なんと言うことだろうか。
 9月5日に日本へ戻ってきて、あっという間に2週間以上が過ぎてしまった。
 この間の忙しさと言ったら、どうにもこうにも、話にならない物だった。
 この間にしたことと言えば、小学校の同級生の娘さんが新潟の芸術祭に参加したのでその展示を、同級生たちと見に行ったこと。
 秋谷に建て直した家の施工に関わって下さった方たちをお招きして竣工式の宴を設けたこと。
 そして、今取り組んでいる、環境問題で取り扱う六ヶ所村の核燃料再処理工場について、原子力工学の専門家である、大学の同級生に講義を受けたこと。
 鹿児島に、環境を考えた養豚場があるのでそれを見学に行ったこと。
 三重県に、山林の実状を見るために、小学校の同級生で山林業で有名な人間に案内して貰って山に入ったこと。
 その間に原稿書きである。
 もはや、くたくたである。
 いつも、日本に戻ってくるとこの調子なのだが、どうも体力の低下が甚だしく、えらく疲れた。
 今回日本へ戻ってきた理由は二つあって、一つは、父の十三回忌を母が営みたいというので、長男としてそれを仕切らなければならないこと。
 もう一つは、1988年以来放ったらかしにして、朽ち果てた家を建て直したために、その新しい家の設定をすることだった。

 私は霊魂の不滅など信じない人間であるからこそ、亡くなった父はお墓の中などにおらず、常に私の身の回りにいてくれると思っている(何だか矛盾しているようだが、この考え方が正しい)。
 したがって、十三回忌などと言う日本の葬式仏教の生臭坊主どもの考え出した儀式には何の意味も見いだせないのだが、母がしたいと言うからには、しなければならない。
 母が、それで、安心するというのであれば、理屈をこね回す必要はない。母の気が済むように協力するのが長男の務めである。
 宗教的な意味は別にして、亡き父のために、親族一同集るのは大変に意義のあることである。
 私の子供たちも、姉や弟の子供たちも既に職業を持って普通なら忙しくて仲々会えないのだが、父の法要ということで、遠くはスイスから、アメリカから、近くはオーストラリアから(あ、近くないか)父の孫たちが全員集合するのだから、これは楽しい。
 父は戦前中国で生活をしていて、二言目には、「中国人は実に立派な民族だ」と言っていた。同時に、戦前に日本が中国でした非道な行いを忘れることが出来ず、心を痛めていた。
「何とか中国人に償いをしなければならない」と言っていたが、縁があって、中国人の青年を日本に呼び寄せて、日本で教育を受ける機会を作って上げることが出来た。それが、父の中国人に対する償いの一つだった。
 その中国人の青年も今や中年になってしまったが、いまだに父に対して深い思いを抱いていてくれていて、今度の法要にも大喜びで参加してくれることになっている。
 甥の中の、一人はスイス人の女性と結婚し、一人はペルー人の女性と結婚し、私の次男は中国系マレーシア人の女性と良い仲で、父の法要に中国人、スイス人、ペルー人、マレーシア人も参加するわけだ。
 父がその光景を見たら、陽気で騒ぐのが好きだった父のことだから大いに喜んでくれるだろうと思う。

 と、書いてきて、どうも、小学校の同級生、大学の同級生など、やたらと古い仲間にいまだに私が頼っていることに気がついた。
 今書いている「美味しんぼ」の環境問題では、もう一人小学校の同級生で遺伝子組み換えに詳しい人間の話も聞くことになっている。
 10月の初めには、会社に同期で入社して以来の友人たちが家族連れで遊びに来てくれる。
 11月には、同期入社の同期会が開かれる。
 長い交友関係のある友人たちというのは、人生の宝物である。

 そもそも、今回家を建て替えるについては、小学校の同級生で建築家の男に「設計してくれよな」と頼んだら、「僕は、オフィス建築が専門だよ。住宅なんて面倒くさいし儲からないからいやだよ」と拒絶された。
 私が、「なんだ、それは」と文句を言おうと思ったら、すかさず、その友人が、「僕の大学の同級生で、優秀な住宅建築家がいるから、その建築家に頼んであげるよ」と言った。
 それで、お願いしたのが、今度の家を建て直してくれた建築家なのだが、その仕事ぶりを見ていて、私は、「これは、敵わない」と思った。
 私は去年、膝を人工関節に入れ替える手術をした後、リハビリで数人の若いオーストラリアの女性のフィジオセラピストたちの献身的な助けを受けて感動した。
「相手のことをここまで思い遣って仕事をするとは、なんと言う気高いことか」と思った。
 今回、家を建て直す過程で、建築家とその事務所の方々の対応を見ていて、「これは、私にはできない」としっぽを巻いた。フィジオセラピストと変わりがない。
 家に住む人のことを、実に、一センチ四方の間隔で思いやり、考え、着実に実現していく。
 気が遠くなるような細かい作業を平気でこなしていく。
 それが、建築家の仕事だと言われればそれまでだが、建築家の仕事に比べれば、物書きなんて、いい加減なもんだとつくづく思った。
 相手の生活の細かいところまで思い遣りながら、同時に自分の美的感覚を保つ。
 どう言う頭脳をしているのか、これが私と同じ人間とはとても信じられない。
 私は建築関係のことについては無知だし、私の同級生ものんびり育った典型的なお坊っちゃまなので、何も言ってくれないから知らなかったが、実際に仕事を始めてから、なんとその建築家は住宅建築では日本でも大変に有名な方であることを知って驚いた。
 本来なら、私などが依頼できる方ではなかったのである。
 これが、小学校の同級生の有り難いところというか、恐ろしいところと言うか、そのような建築家をぽんと紹介してくれるのだ。

 古い家にも愛着があったが、こうして新しい家が出来ると、これはまた感慨を新たにする。
 もう、このまま日本へ戻ってこようと、真剣に思う。
 子供たちがオーストラリアにいるから、オーストラリアから離れられないと言うのもおかしな話だ。
 私の本願は、物書きとして、良い物を書くことだ。
 私は日本語でしか物を書けない。
 であれば、日本で暮らすのが当然だ。
 やはり、新しい家が出来ると気持ちも変わる。
 日本は最高ですよ。日本の国力が低下して、今に中国の下になるだろうが、そんなことは関係ない。
 私は、物書きとして面白い物を書くのだ。そのためには矢張り日本に戻るしかないだろう。
 とりあえず、今回は12月まで日本に滞在して一旦シドニーに戻るが、これから先は、矢張り日本だな。

雁屋 哲

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シドニー子育て記 シュタイナー教育との出会い
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