雁屋哲の今日もまた

2009-08-02

いや、ひどい目に遭った

 いやひどい目に遭った。
 すねの骨から針金を抜くだけだから、局所麻酔のほんのちょっとした手術だ、と言われてその気でいたら、全身麻酔をかけられて、一時間もかかった。
 その後、切ったところが痛いのだ。
 うっかり痛いと言ったら、妙に過保護な病院で、やたらと痛み止めを飲めとか、モルヒネの注射をしてやるとか言う。
 モルヒネの注射なんて、したことがないし、面白いからして貰った。
 血管にするのかと思ったら、腿の筋肉注射なんですよ。
 麻薬中毒患者の気持ちが分かるかと思ったけれど、特別なんと言う感じもしない。ちっともいい気持ちにならない。がっかりした。
 それより、Endoneと言う痛み止め、これは、モルヒネ系だというのだが、実にたちが悪い。飲むと、頭がぼーっとなって、数時間経つと非常に気分が悪くなる。
 医者は、この薬は、中毒になる、と言っていたが、こんな薬に中毒するとはどう言う体の人間だろう。私は、麻薬中毒患者だけにはならない。
 日本だったら、4、5日泊まるところだろうが、そこがオーストラリアだ。タフな人間ばかりそろっているから、こっちもそうだろうというので、一晩で家に帰された。
 しかし、最初の約束では、日帰りの簡単な手術のはずだったのに一晩でも泊まるのは苦痛だったから、喜んで家に帰った。
 しかし、家に帰ってから、痛み止めの後遺症だろう、ひどく気持ちが悪くなって、起きていられず、原稿の締め切りも延ばして貰って、寝込んだ。

 もう一つ問題があって、手術した右脚をまっすぐ伸ばしていなければならないという。椅子に普通に座ったのでは、下肢に血が下がってむくみが出て治りが遅くなる。仕事をするときにも、右脚をなにかの上に載せてまっすぐにしていろと言う。
 これは困った。
 31日になって、机の前に椅子を置き、その上に右脚を載せ、左半身を机に寄せて、左半身の形になって仕事をした。これが疲れて、30分と保たない。
 休んでは書き、休んでは書きして、コンビニエンス・ストア版の「美味しんぼ」に連載している「美味しんぼ塾」の原稿を仕上げた。
 今回の「美味しんぼ塾」は私の鬱病について書いた。(これは、8月に発売される)

「京味」の西さんの事を書いた「究極の料理人」で、登場人物の一人岡星が、鬱病にかかって・・・・と言う筋書きを書いたら、読者から、「この作者は鬱病の実際を知らない、鬱病なんかを軽々に漫画の題材にするのは不謹慎だ、こんなことをしたら返って鬱病はひどくなる」などと批判されたので、それに対する反論を書いたのだ。
 余り人に言いふらすようなことではないのだが、私自身の鬱病のことも書いた。
 私は、愛想がいいし、いつもにやにやしているし、原稿もちゃんと書いているしで、たいていの人は私が鬱病と言っても、信じないか、鬱病であってもとても軽いものだと思っている。
 自分の病気自慢をしても仕方がないが、私自身、私の鬱病は決して軽いものではないと思っている。
 鬱病の人間が、どうしてこんなに物を書けるのかと問われれば、書くことによってかろうじて、最悪の結果に陥るのを防いでいるのだ、と言うしかない。
 私は本当に物書きで良かったと思う。
 物を書くということにしがみつくことが出来なかったら、私はとっくに鬱病に負けていただろう。
 もう死んでしまった方がいいと思う鬱のどん底で、苦し紛れに書くことを続ける。
 それで、命を繋いできたのだ。
 しかし、仕事となると、鬱病にはよろしくない。
 私の友人の一人は、自殺する一分か二分前まで仕事をしていた。
 それまでの仕事を見ても、まるで鬱病であることを感じさせない。
 素晴らしい物だった。
 彼も、仕事にしがみつくことで、鬱病と闘っていたのだろう。
 しかし、ふっ、とした瞬間に、負けてしまった。
 だから、私だって、危ない物かも知れない。

 まあ、今のところ大丈夫だし、自殺した二人の友人の家族がどんなに苦しい思いをしたか、この目で見ているので、自殺だけは絶対にしないと堅く心に言い聞かせている。
 そこのところで、だいぶ違うのだと思う。

 麻酔の後遺症で、頭痛と疲労感に悩まされながら、そんな文章を書いていると、だいぶ疲れた。
「美味しんぼ塾」はもっと楽しい随筆だったはずなのに、最近、どうも調子が悪いな。
 読者諸姉諸兄に申し訳ないと思っている。
 しかしねえ、批判されたら、それにこたえなければならないこともある。(批判されても無視する事が多い。大勢の人の言うことにいちいち対応できないからである。)
 今回の場合、鬱病に関することだからきちんとこたえなければならないと思って書いた。
 私を批判した人達はちゃんと読んでくれるだろうか。

 それにしても、鬱病の薬、抗鬱剤は私には全然効かなかったのはどう言う訳だろう。
 3年以上、様々な薬を試したが、それがために体調が悪くなり、中には、排尿が困難になる物まであり、しかも、ちっとも鬱状態を解消しない。ついに抗鬱剤は止めた。
 考えてみれば、自殺した二人の友人も、きちんと医者にかかり、毎日大量の抗鬱剤を飲んでいた。
 二人とも酒が好きだったが、抗鬱剤を飲み始めてから、酒を飲むのを止めた。
 私が酒を勧めても、何錠もの薬を取り出して「いやあ、これを飲まなければいけないから」と淋しげに言った。
 そこまでして、結局自殺してしまった。
 鬱病にも色々ある。抗鬱剤が効く物も、効かない物も、私のように抗鬱剤を止めてしまっても飲み始める前と変化がない物もある。
 だから、私には、鬱病はこうすれば治るとは言えないが、鬱病の苦しさだけはよく分かる。

 鬱病になると、周囲に対する関心がなくなるが、流石に最近の日本の政治状況を見ていると腹が立つ。
 鬱病が治ってきたのかな。
 一番腹が立つのは、議員の世襲制の問題だ。
 世襲議員に腹を立てているのではない。世襲議員を選び続けている選挙民、ひいては日本人に腹を立てているのだ。
 そのことについて、ひどく口汚く、罵りたくなってきた。
 明日にでも罵ってやろうか。
 鬱病の治療になるかも知れない。

雁屋 哲

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