生き甲斐が欲しい
私は整理整頓ということが全く出来ない男で、おかげで、私の仕事部屋はゴミためのようになっている。
で、今日、昨年十月に日本へ行ったときに持っていった薬入れを整理していたら、新聞の切り抜きが丸めて突っ込んであるのを発見した。
何だろうと、広げてみたら、2008年の、いやはや、これが日時を抜かして切抜いてしまったので、十月から十二月までの間の木曜日であることだけしか分からない。
木曜日の朝日新聞の夕刊に、花園大学の佐々木閑氏がお書きになった記事である。
(氏は、毎週木曜日に、この欄にお書きになっている)
で、今日発見した切り抜きの内容を、下に記す。(著作権関係のことはごめんなさい。仏の心で許してください)
氏は、私達が絶望することなく毎日を過ごせるのは、なにか素晴らしい「生き甲斐」を持っているからだ。と仰言る。
しかし、その大事な生き甲斐が消えてしまうことがある。突然の災厄や身体の衰えのせいで生き甲斐を奪われると、人は絶望の淵に沈みそうになる。そんな時、人はどうやって生きて行くのか。
八方ふさがりの中、モノクロに沈んだ苦痛の世界を、もう一度、鮮やかによみがえらせるためには自分が変わるしかない。それは少しずつだ。
まず自分に染みついた世間的な価値観を捨てる。そうしないと、幸福な人達とのギャップがいよいよ心に迫ってやりきれない。「世間的な幸せ」はもはや「自分の幸せ」ではないのだ。
そして、「幸せの基準」は自分のあり方だ、と言うことを念頭に置く。邪悪な心を起こさず、誠実に堅実に暮らす。そう言う生活こそが、何よりも得難く、高潔な生き方だと思い至れば、生きることが価値ある物に思えてくる。「正しい心を持つこと」が生きる糧になるのだ。
この「自分のあり方を一番の生き甲斐にする」という考えは、仏道修行の基本である。俗世を捨てて出家した修行者に、世間的な幸せはなにもない。身一つで瞑想する日々が死ぬまで続く。その単調な、しかし誠実な毎日こそが、決して崩れることのない、一番頼りになる生き甲斐になるのだ。たとえ出家はしなくても、修行者と同じ心持ちで暮らすことができれば、必ずそこに、生きる意味が見えてくる。
さて、私はどうして、この文章を切抜いて、旅行の時にいつも持ち歩く薬入れの袋の中に入れておいたのだろう。
それは、この文章を読み返して分かった。
一番最初の、
しかし、その大事な生き甲斐が消えてしまうことがある。突然の災厄や身体の衰えのせいで生き甲斐を奪われると、人は絶望の淵に沈みそうになる。そんな時、人はどうやって生きて行くのか。しかし、その大事な生き甲斐が消えてしまうことがある。突然の災厄や身体の衰えのせいで生き甲斐を奪われると、人は絶望の淵に沈みそうになる。そんな時、人はどうやって生きて行くのか。
という部分に引かれたからだ。
この文章を切抜いて取って置いたからには、それから後の文章にも、共感したからではないだろうか。
しかし、今になって、読み返してみると、これは絶望的な文章である。
まず、
八方ふさがりの中、モノクロに沈んだ苦痛の世界を、もう一度、鮮やかによみがえらせるためには自分が変わるしかない。それは少しずつだ。
まず自分に染みついた世間的な価値観を捨てる。そうしないと、幸福な人達とのギャップがいよいよ心に迫ってやりきれない。「世間的な幸せ」はもはや「自分の幸せ」ではないのだ。
と言うところが、余りに辛い。
私達俗物が苦しむのは、「世間的な幸せ」を得たいからではないのか。
その世間的な価値観をどうやって捨てればよいのだろう。
例えば、リストラにあって、寮から追出され、仕事だけでなくすむ場所もなくなった自動車工場の期間工、派遣労働者たちは、
「幸せの基準」は自分のあり方だ、と言うことを念頭に置く。邪悪な心を起こさず、誠実に堅実に暮らす。そう言う生活こそが、何よりも得難く、高潔な生き方だと思い至れば、生きることが価値ある物に思えてくる。「正しい心を持つこと」が生きる糧になるのだ。
と言う言葉を聞いて、納得が行くだろうか。
「自分が変わるしかない」というのは、いわゆる自己責任か。
そして、佐々木閑氏の結論が、
この「自分のあり方を一番の生き甲斐にする」という考えは、仏道修行の基本である。俗世を捨てて出家した修行者に、世間的な幸せはなにもない。身一つで瞑想する日々が死ぬまで続く。その単調な、しかし誠実な毎日こそが、決して崩れることのない、一番頼りになる生き甲斐になるのだ。たとえ出家はしなくても、修行者と同じ心持ちで暮らすことができれば、必ずそこに、生きる意味が見えてくる。
と言うのでは、明日から食えないことがはっきりしている人に対して、何の救いにもならない。
これが、仏教なら、仏教は現世の人々を救う力は何も無い。
考えてみて欲しい。
ネットカフェでようやく生きている人達に、「自分のあり方を一番の生き甲斐にする」と言って、それがその人たちに納得出来るだろうか。彼らの力になるだろうか。彼らの生活のたしになるだろうか。
「身一つで瞑想」できる修行者って、それはなんだ。
食べる心配、住む場所の心配どうなっているんだ。
私は、良寛さんの書が死ぬほど好きで、何とか死ぬまでに良寛さんの楷書の素晴らしい書を手に入れたいと願っている。
しかし、良寛さんの生き方には、共感を覚えない。
どんなに貧しい暮らしをしていたと言っても、周りの人に生活を支えて貰っていたのだろう。
その生き方を清いと言うのがおおかたの見方だろうが、私はそうは思わない。
食べるために一銭でも稼がない人間は、人間の本当の苦しみなんか分かるはずがない。
佐々木閑氏が仰言るような、「幸せの基準は自分のあり方だ」という言葉も、その日その日の生きる心配があっては言えないことだと思う。
去年、私は右膝を人工関節に入れ替える手術をしたが、その時の辛さは、「早く殺し欲しい」と言うくらいの物であって、「幸せの基準は自分のあり方だ」などと言う考えは、今になってその時の自分の精神状態を考えてみても、冗談としか思えない。
人は、生き甲斐があるから、生きて行けるというのは正しい。
前にも書いた通り、私が、この佐々木閑氏の文章を切抜いて取って置いたのは、最初の
しかし、その大事な生き甲斐が消えてしまうことがある。突然の災厄や身体の衰えのせいで生き甲斐を奪われると、人は絶望の淵に沈みそうになる。そんな時、人はどうやって生きて行くのか。
と言う言葉に、ひどく打たれたからだ。
最近、私は自分の体力の衰え、知力の衰え、を強く感じるようになり、自分の能力の限界も見えてきたと思う。
そう思った途端、生きる力が極端に弱まった。
そこに、氏のこの文章を読んだので、おもわず、力づけられたのである。
この佐々木閑氏の文章は私のような人間には本当に有り難い文章である。
隅から隅まで、読んで、私は滂沱の涙を流した。だから、切抜いて取って置いたのだ。
しかし、それは、私自身の限界であり、同時に、佐々木閑氏の限界だと、今読み返して思った。
今のこの凄まじい、崩壊していく世の中で、若者たちはどうしたら生き甲斐を見つけたらよいか、それができなければ、2009年も、前進の年にならない。
佐々木閑氏はこう言う時こそ、面壁三年、ただひたすら、沈潜せよと仰言るのかも知れない。
しかし、その間に、朽ち果てていく若者はどうすれば良いのだ。
彼岸へ渡れず、此岸で苦しんでいる若者たちに言う言葉を,
それも実効性のある言葉を、佐々先閑氏を始め、私達は伝達しなければならない。
しわくちゃになった新聞の切り抜きを読み返しながら、今、そう思った。