雁屋哲の今日もまた

2008-10-20

おら、日本さ来ただ

 10月15日に日本に到着。
 成田から、すぐに四谷の寿司屋に直行。
 久しぶりに、最高のマグロなど食べて、ああ、大満足。
 そこで、今まで漫然として食べていたコハダの本当の味わい方を教えて貰った。
 言われなければ、知らずに、この歳になるまで「ああ、美味しい」と言って食べていたのだ。
 東京の寿司というのは本当に奥の深いものだ。と言うか、私の知識の浅さは嘆かわしい物がある。
 寿司職人の考えの深さ、これには感動した。
 近いうちに、「美味しんぼ」に絶対書くぞ。

 美味しいお寿司を食べて、鎌倉の実家にたどり着き、インターネットに繋ごうとしたら繋がらない。
 その夜はあきらめて、16日、朝からインターネットと格闘するも繋がらない。
 午後は、仕事の打ち合わせがあって、インターネットに関われない。
 夕方から、取り組むが、だめ。
 ついに、NIFTYのサポートに電話をする。
 これが中々繋がらない。
 あの、NIFTYのサポートにはうんざりする。
 必要に応じた番号をプッシュボタンで押せというのだが、その説明だけで1分40秒かかる。
 機械的な声でのんびりと、説明して下さりやがるんですよ。
 私はせっかちなので、1分40秒も、どのボタンを押せと指示が出るまで待っているのが死ぬほど辛い。
 しかも、私の家の電話が悪いせいか、指示されたボタンを押しても、冷たい間延びした声で、「認識できませんでした」と、相手の機械の女性は仰言いやがるんですよ。
 何とかかんとか繋がって、指示通りしても駄目。
 サポートの人間は、私の使っているルーターがおかしいのだという。
 おかしいわけはない。ルーターを設定し直しても、繋がらない。
 その日はそれで、沈没。
 17日、再び、NIFTYのサポートの助けを借りる。
 ついに、ルーターを通さず、モデムから直接コンピューターに繋ぐ。
 セキュリティの面から言えば大変に危険なのだが、仕方がない。
 ああ、それでも繋がらない。
 NIFTYは、自分のところはちゃんと繋がっている。もしかしたら、NTTのせいではないかという。
 そこで、NTTに電話をする。
 その時点で既に夕方だったが、急遽、技術者が来てくれて調べてくれる。
 なんと、光ケーブルがどこかで断線しているという。
 家の中ではない。家の外だという。
 外に出て調べてくれたが、既に暗くなって調査不可能。
 翌日早朝に来てくれることになって、その日もおしまい。
 18日、朝10時にNTTの技術者たち来てくれて、ついに断線箇所発見。
 私の鎌倉の実家は、いわゆる谷戸の中にあり、山に囲まれている。
 家の前の山には、りす、うさぎ、たぬき、が跋扈している。
 台湾リスが何匹か住み着いていて、電線を伝って我が家の庭に入り込み、母が大事に育てている甘夏ミカン、柿などを食い荒らす。
 今の季節、次郎柿が色づき始めて、りすが毎日襲いに来る。
 りすもシマリスは可愛いけれど、台湾りすは体が大きくねずみ色で、顔つきも悪く、実に憎々しい。東京駅の下水道に住み着いている巨大なドブネズミそっくりだ。
 私は、その日は、小学校の同級会があるので、あとはNTTの方にお願いして、田園調布まで、近くに住む同級生の車で出かけた。
 帰って来たら、モデムがちゃんと動いている。
 母の話によると、NTTの技術者たちは、道の向こうの電柱と電柱の間のケーブルにリスのかじった痕を発見したそうだ。
 最新の技術も野生動物には敵わないと言うところが恐ろしく皮肉ではありませんか。
 その夜、ルーターもつなぎ直して、やっとインターネット開通。
 くたくたになった。

 私は1956年に大田区立田園調布小学校を卒業した。
 私達の六年二組は、非常に仲が良く、年に数回同級会を開く。
 一緒の旅行も良く行く。
 ホームページも持っていて、毎日何か書き込んでいる。
 私は、三月に膝の手術をして、今回が今年初めての日本帰国なので、私にとっては今年初めての同級会だが、他の同級生たちは何か口実を作っては集っているので、ことし5回目くらいの集まりだ。
 卒業当時は、1学級に63名もいた。
 18日は、そのうち22名が集った。
 集って何か特別なことをするわけではない。
 ただ、食事をしながら、おしゃべりをするだけだ。

 しかし、それが何よりも楽しい。
 全員小学生に戻って、浮き世のことなど忘れて、わいわい騒ぐ。
 女性はみな美人揃い。
 一次会が終わって、久しぶりに皆で、田園調布の町を歩いた。
 私の昔の家の近くにある宝来公園まで行く。
 何もかも懐かしく楽しかったと言いたいところだが、田園調布の町はあまりに変わりすぎてしまった。
 昔はどの家も、広い庭があって、塀など作らず生垣で、それぞれの家の庭や家が見えた物だ。
 それが、今、庭のある家が滅多にない。
 土地が細分化され、家と家が建て込んでいる。
 とても昔の田園都市としての田園調布の面影はない。
 信じられないくらい醜い町になってしまっていた。
 また、どの家も金がかかっているのは分かるのだが、醜悪だ。
 腰が抜けるほど醜怪な家が少なくない。
 こんな家を建てるのをどうして許可したのか、と責任ある人に問いただしたいほどの家が多いのだ。
 今の田園調布は、昔の田園調布とは違う。
 もう住みたいとは思わない。
 シドニーの方が百倍以上きれいだ。

 その日は、4500歩あるいた。
 その疲れと、インターネット修復の疲れが出て、19日は、一日ぼんやりしていた。

 今日、20日は、長男と秋葉原にカメラのレンズなどを買いに行く。
 秋葉原も変わってしまった。
 新しく出現した大きな店に完全に客が吸い取られて、昔からのなじみの店に客が殆どいない。
 繁盛している店は、他の店には出来ない値引きをしている。
 昔からのなじみの店が無惨に寂れているのを見て、悲しくなった。
 しかし、同じ商品なら一円でも安い店で買いたいのが人情だ。
 DVDやCDを買いたかったのだが、疲れてしまって、私としては異例に短時間の滞在で秋葉原を後にした。

 夕食は、母と連れ合いの料理。
 母の漬けてくれるぬか漬けは最高だ。
 とくに、なすはシドニーでは味わえない美味しさで、なすのぬか漬けだけでご飯をお代わりしてしまう。
 鎌倉の駅近くにある魚屋は、地の魚を豊富に入れるので、これがまたたまらない。
 今の季節の戻り鰹のうまさと来たら、シドニーに帰るのがいやになるうまさだ。

 明日からは、京都、大阪の旅だ。
 脚の具合は大変に良い。
 重いカメラをぶら下げて歩いても何ともない。
 京都では、伝統文化保存振興運動に協力する。
 何のことはない、ただ祇園の御茶屋に行くだけです。
 舞妓さんの数は減るし、三味線が上手で本当に気品のあった芸者さんも亡くなってしまった。
 それでも、京都に行ったら祇園に行かなければ義理が立たない。
 23日は、大阪で大事な集まりがある。
 コンピューターを担いでいくことに、連れ合いが難色を示しているので、大阪からこのブログに報告することは出来ないかも知れない。
 しかし、本当に意義のある集まりなので、必ず報告します。

 さあ、明日に備えて今日は早く寝るぞ。

雁屋 哲

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頭痛、肩コリ、心のコリに美味しんぼ
シドニー子育て記 シュタイナー教育との出会い
美味しんぼ食談
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