雁屋哲の今日もまた

2008-09-25

あと少し

 あと少しだ。
「子育て記」全部で、八章、それに加えて、「総括」の章と「後書き」。このうち、残るのは、第六章の三分の一。それに「総括」と「後書き」だけになった。
「総括」と「後書き」は半日もあれば出来る。
 第六章の残り三分の一は、今日中に仕上がる。
 後は、掲載する写真を整理するだけだ。
 この分で行けば、明後日には、完成するだろう。

 この「子育て記」は以前にも書いたが、随分前に書き上げるはずだった。
 それが、子供たちが、大学を出てしまった今になって書くのは遅すぎるかもしれないが、私にとって、とにかく書いておかなければ、自分の人生の大事な仕事をし忘れたような気がしてならないので、何が何でも書こうと決めたのだ。

 長い間、自分の心の中に、自分自身に対する負債として、この本を書き上げる仕事がずっしりと居座っていたので、これで明後日全てが出来上がったら、どんな気持ちがするだろうか。
 晴れ晴れとして、新しい仕事に取り組める。
 久し振りに、酒を飲んでみようかな。
 しかし、この間、二日間痛み止めをやめてみたときに、酒を試してみたが、別に感動もしなかったし、格別美味しいとも思わなかった。
 考えてみれば、三月の十八日に手術をしてから、七月一日まで一切酒を飲まなかった。
 七月一日から十八日までウィスキーとワインと焼酎を飲んだら、痛み止めと干渉仕合って、大変に体調が悪くなったので、再び禁酒した。
 九月に入って一日だけ飲んだが、上記のように少しも酒を美味しく思わなかった。
 もう、体が酒と仲良くできなくなったのかしら。
 考えてみれば、私が生涯で二番目に長い禁酒期間だ。
 一年半禁酒したことがあったが、その禁酒あけに飲んだビールは涙が出るほど美味しかった。
 それなのに、今回はこんなに長い間禁酒していたのに、どうして美味しく感じないのだろう。
 不思議だ。
 実につまらない。
 連れ合いは、もう、これまでに他の人の人生二回分くらい飲んでいるから、十分じゃないの、と言う。
 はあ、そんなもんですかね。

 十月一日から、酒飲みのお客様が来るので、それからはお酒のつきあいをしなければならない。
 それに備えて、今日から、痛み止めを飲むのをやめた。
 モルヒネ系の痛み止めを長く飲み続けると、中毒になるという。
 薬が切れると、体の具合が悪くなると言うのだ。精神も薬に依存してしまっていて、飲まないと精神もおかしくなるという。それで、無性にその薬を飲みたがるのだという。
 冗談じゃない。
 こんな薬の、中毒患者になってたまるものか。
 あれほどの大酒飲みが、飲むまいと思ったら、何ヶ月も酒を飲まなくても平気でいられるのだ。
 意外に私は自分を律する意志が強いように思ったが、何のことはない、単に臆病なだけなんだ。
 私は、アルコール中毒に陥るのが怖い、糖尿になるのが怖い、麻薬中毒になるのが怖い、その恐怖故に、酒でも、麻酔薬でもやめられるのだ。
 臆病は体に良いのかな。

 さて、これで、あさってから、「子育て記」から解放されて自由になるから、長い間休んでいた「嫌韓」「嫌中」について、を書き始めよう。

 すでに、このページ当てに、数人の方から、私を批判するメールを頂戴している。
 その方々のためにも、きちんと「嫌韓」と「嫌中」について書かなければならないだろう。

 昨日のニュースで、日本の新しい内閣の顔ぶれを見た。
 色々な識者と称される人達が、新内閣の首相から閣僚までについて色々批判しているが、政治家を批判しても仕方がないのではないか、と私は思った。
 この政治家達は、全部、国民によって選ばれて出て来た人達だ。
 むりやり、暴力で議員になり、閣僚になったわけではない。
 選挙区の人達によって、自分たちの代表として送り出されてきた人達だ。
 批判するなら、こう言う政治家を議会に送り出した国民を批判するべきだろう。

 民主党は今度の総選挙で、またもや、テレビなどで知名度の高い人物を候補者として送り込むそうだ。
 以前テレビで人気のある芸能人を参議院議員に仕立てたが、六ヶ月でその人間が議員を辞めてしまったことを忘れたのだろうか。
 こう言う政治体制を、何とかいったな。
 民主政治だったかな。
 いや、衆愚政治と言うのではなかったか。
 衆愚政治の根本を批判せずに、政治家を批判しても、全く無意味なのではないか。

 最近、久し振りに、私が「雁屋哲」の名前で劇画原作者として認められることになった作品「男組」を読み返したら、その中で、敵役の「神竜剛次」が凄いことを言っている。
 日本刀を振り回して「大衆は豚だ」なんて言っているんだよ。
 神竜剛次は自分のような優れた人間が支配しなければ、社会は豚である大衆が汚らしく乱すだけだという賢人独裁主義的な意見の持ち主。
 主人公の流全次郎は大衆の側に立つ民主主義的な正義漢。
「男組」という漫画は、そんな二人の対立を描く、えらく不思議な漫画なのだ。
 1974年には、こんな漫画が平気で少年誌に掲載されたんだね。
 今こんなせりふを書いたら、たちまち「人権派」の人達に寄ってたかって袋叩きにされて、出版停止、作者は土下座して謝罪しなければならなくなるだろう。
 作家生命もそれで終わり、と言うことになる。
 しかしね、今度の総選挙の結果を見たら、神竜剛次は同じせりふを言うんじゃないかな。
 三十四年前にこんなせりふを言った神竜剛次はえらい。
 しかし、それから何も変わらないどころか、ますます悪くなっている日本の社会はどうすればいいんだ。

 神竜剛次のせりふは、原作者である私が作って書いた物だが、なんだか、神竜剛次という人物がどこかに本当にいて、「大衆は豚だ」というせりふは、その人間がいまだに叫び続けている様な気がするのだ。

雁屋 哲

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