雁屋哲の今日もまた

2012-03-09

橋下氏のこと

最近、大阪市長の橋下氏が、本領を発揮してきた。

NHKのテレビニュースで以下の場面を見た。

1)大阪市役所の職員が勤務時間に政治活動をしていないかどうか、掴むために職員のメールを本人に予告、前もっての知らせなしに、点検するとした。
テレビの画面に本人が出て来て言った。
「前もって知らせたら、メールなんか消してしまうでしょう。それでは意味がない。」だから予告なしに、メールを点検する」と言った。

2)卒業式の式典で君が代斉唱の時に起立しなかった教員が市内で8人いた。
その8人は処分するという。
橋下氏本人が出て来て言った。
「そんな人は辞めたらいいんですよ。政治の自由とか、思想の自由などと言いたかったら公務員を辞めてからにすればいい」
(テレビを見ただけだから、言葉使いは正確ではありません。しかし、意味の取り違え、全体としての表現の仕方に間違いはないはずだ)

3)橋下氏は「大阪維新の会代表」として、次の選挙で維新の会の公約として憲法改正手続きを盛り込むと明らかにした。

毎日新聞電子版によると、
橋下市長は記者団に9条は「他人を助ける際に嫌なこと、危険なことはやらないという価値観。国民が(今の)9条を選ぶなら僕は別のところに住もうと思う」と述べた、そうだ。

じつに奇々怪々な言葉で、私は頭がぐらぐらした。
この人は何を言っているのだろうか。
この人の言葉がまともな物であるなら、私の記憶がでたらめか、私の憲法の理解の仕方が間違っているのに違いない、と不安になって思わず憲法を読み返してしまった。
面倒くさいが、話を正確にするために、憲法を書き写す。
憲法にはこう書いてある。

第2章 戦争の放棄
第9条(戦争放棄、戦力および交戦権の否認)
①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

②前項の目的を達するため、陸海空軍とその他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

みんなしっかり確認してくれ。
これが、憲法第9条なんだ。
ここに書いてある物はそれだけ。それ以外には何も無い。
これを、他の形に解釈するのは無理だ。

一体これが、どうして「他人を助ける際に嫌なこと、危険なことはやらないという価値観。」になるのか。
これを裏返せば、橋下氏が求めるのは「他人を助ける際に嫌なことをする。危険なことをする価値観」となるだろう。
何が何だか訳の分からない文言だ。
それというのも、もともと橋下氏が「日本を再び戦争の出来る国にしたい」という本意をあからさまにしないために、曖昧でいくらでもごまかしのきく言葉使いをするから、何が何だか意味が分からなくなるのだ。
「他人を助ける際に嫌なこと、危険なことはやらないという価値観。」と第9条がどのように結びつくのか、橋下氏は真意を誤魔化さずきちんと話すべきだ。

「他人を助ける際に」と言う言葉は、妙に情緒的だが、数秒考えてみると空虚で無内容な物であることが分かる。
極めて重大な内容な話をこのようないい加減な言葉で意味をどんどん自分が扱いやすい方向ににずらしていくのは、腹に何か企みのある人間のすることである。

そもそも、橋下氏のこのような言動は、自分が禁じた公務員の政治活動に他ならないのではないか。
国会議員が、国会内で憲法改正議案を論じるのならまだしも、地方行政が任務の市長が、どうして国政の根幹に関わるような政治活動をするのか。地方行政に携わる者は憲法遵守が鉄則でしょう。憲法改正の活動をするのは市長の分限を超えている。
地方行政と、国政とは役割が違う。
地方行政はその地方の住民の福利厚生のために働くのが根本だ。
政治の自由とか、思想の自由とか言いたいのなら、市長を辞めてからすればいいんですよ。

一つの国が衰退し、経済が疲弊し、国民はその日の生活に追われ、明日への展望も希望も抱けず、閉塞感に落ち込み、自信を失い、不安と焦燥に駆られると、ちょっとした扇動に乗りやすくなる。
その扇動は、「この連中は不当な利益を受けている」、とか、「この連中は決まりを守らない」、などとある人達を攻撃の対象に選ぶのが一番効果がある。
橋下氏は大阪市の職員は給料が高すぎるから削減するという。
市バスの運転手も平均760万円取っているので、それ38パーセント削るという。
給料の額についての議論は別として、不況にあえぐ人達の一部は喝采するだろう。
自分が辛いときには、他人も苦しいことを望む人間の心理は浅ましいが、浅ましいところに働きかけるので、そのような扇動は良く効くのである。

極めつけは、ナショナリズムを煽ることである。

思い出して欲しい。
第一次大戦後、ドイツは、第一大戦敗戦の賠償金を取られて、経済的に苦しかった。
国民は、戦争に負けたことで自尊心を傷つけられていた。
今の日本人と同じくらい、逼塞感に落ち込んでいた。
そこに出て来たのが、ヒットラーだ。
ヒットラーは、ユダヤ人をドイツ国民の敵としての標的に掲げ、ついでゲルマン民族の優秀性を説いて、ナショナリズムを掻き立てた。
ヒットラーは無力の小グループであるユダヤ人を標的に選んだ。
橋下氏が攻撃の標的に選んだ公務員・大阪市の職員も、今の状態では無力である。(橋下氏に首根っこを押さえられているから反抗できない)
橋下氏の、国家斉唱時の起立要請は、ナショナリズムを掻き立てる、というよりナショナリズムを押しつける手段である。

ヒットラーは売れない画家で、軍隊では伍長止まりだった。
そのヒットラーが総統にまでなったのは、人々を扇動する能力に長けていたからだ。
橋下氏の経歴について私は良く知らない。
知っているのは、島田紳助氏のテレビ番組で人気者になったと言うことである。
橋下氏の口舌の技はなかなかの物で、攻撃しても一般市民は絶対安全という標的を探し出し、一般市民に、その標的に対する攻撃の仕方を教える扇動の技術は、扇動家の手本となるものである。

最近も、市の児童福祉施設の男性職員が子どもたちに入れ墨を見せ、2か月の停職処分を受けたが、市側の指導で長袖シャツで隠したまま職務を続けていることを問題視し
「入れ墨だけでクビにできないのなら、消させるルールを」と言った。
私も入れ墨は好きではない、と言うより大嫌いだが、その人が好きでしていることなら、口を挟むことではないと考えている。
しかも、その職員は職場で長袖のシャツを着て普段は入れ墨を隠しているのなら問題ないではないか。
隠していてもいけないと言うのなら、大阪市の職員は全員、全身くまなく入れ墨があるかどうか調べられることになる。
そして、あったら首になるか、その入れ墨を消さなければならない。
入れ墨を消すのは大変なことだ、焼き切らなければならないので、消したあとがケロイド状の傷跡になる。
私は何度か入れ墨を焼き切った後の人の肌を見たことがあるが、これはむごい物である。
そのようなむごいことを、平然と要求する人間が自分たちの市長であることを、大阪市民はどう思っているのだろうか。

市の職員倫理規則に入れ墨の規定はないが、橋下市長は関係部局への指示の中
で、「入れ墨をしたまま正規職員にとどまれる業界って、公務員以外にあるのか」
としているそうである。(この入れ墨関係の事実は、読売新聞電子版による)
これでは、入れ墨をした人間はまともな職に就いてはいけない、人間失格者みたいではないか。

うっかりすると、橋下氏に乗せられて「入れ墨をするなんてけしからん奴は、公務員にしておけん」と市民が入れ墨をしている公務員に対して攻撃的になる恐れがある。
絶対に反撃できない弱い立場の人間を敵として規定して、攻撃することを一般市民に煽り立てる政治的手法が恐ろしいのは、一般市民の中に「自分たちにとって目障りで、自分たちが攻撃しても反撃する能力のない弱い立場の人間を探し出して来て敵として規定し、自分たちの鬱憤晴らしのために、憎悪と敵意をぶつけて攻撃する」という精神構造を醸成するからである。
敵意と憎悪がはびこっている社会はこれは地獄だ。

橋下氏は一貫して敵を作って攻撃する政治手法をとっている。
それも自分より弱い人間ばかりを敵にする。
日本が橋下氏の目論むような方向に進むと、日本の社会は昆虫の社会になってしまう。
ほ乳類の社会では、例えば雌犬が迷子の子猫におっぱいを飲ませてやる、などと言う情が存在するが、昆虫の世界では、相手を攻撃するか、逃げるか、しかない。
反射神経の世界である。
大阪市の職員は、スズメバチに狙われたミツバチみたいな気持ちでいるのではないか。

さらに、今の日本の社会で本当に権力を握っているのはどう言う人間達か橋下氏は良く知っている。
橋下氏はそう言う人達を決して敵に選ばない。
と言うより、そのような人達に好まれることを選んでする。
日本の社会で本当に権力を握っている人達とは、「日の丸・君が代」を守り本尊とする人達である。
安倍晋三氏が、橋下氏に接近してきたところを見ると、橋下氏の意図するところがよく分かるような気がする。
−100度の寒気に日本が包まれたように感じる。

橋下氏は「国民が(今の)9条を選ぶなら僕は別のところに住もうと思う」と言っている。
それは大変良いことだ。
外国から日本を見ると、日本の本当の姿が良く分かる。
シドニーは如何ですか。
シドニーのアオリイカは旨い。
ご連絡頂ければ、アオリイカ釣りの良い漁場にご案内します。
ぼんやりと、頭を空にしてアオリイカ釣りなどするのは良いものですよ。
少なくとも、大阪市の職員を攻撃して回るより心が豊かになる。
おっと、扇動家だからアオリイカなどとからかっている訳ではありません。

雁屋 哲

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