雁屋哲の今日もまた

2009-07-29

死ぬまで働きます

 麻生首相が、「高齢者(65歳以上の人)は働くしか能がない」と言ったのが、問題になっている。
 私も高齢者の一人だが、働くしか能のない人間の一人だ。
 私の場合、職業が物書きなので、世間一般の「働く」という概念から外れるように思われるかも知れないが、もし、事務の仕事、書類を扱う仕事を「働く」と言うのであるのなら、毎日こうして机に向かい、本を読み、資料を精査し、物を書くという私のしていることも「働く」と言えるだろう。
 私は極めて趣味の少ない人間で、とくに、2003年に二度目の股関節入れ替え手術、2008年に膝の関節の入れ替え手術、などの影響で、外に出て活動する事が少なくなった。
 今の趣味と言えば、釣り、音楽を聴くこと、くらいのもので、後は一日中本を読んでいれば幸せ、という無趣味な生活である。
 外に出て、多くの人に会うのは苦手なので、人とのつきあいもあまりない。
 本や、資料を読むこと、そして書くこと。
 これしか私には能がない。
 物を書くことで収入を得ているので、働いていると言って良いだろう。
 麻生首相の言うとおり、私は、働くしか能のない人間なのだ。
 そして、働くしか能のない人間が悪いとは思わない。
 働けることほど素晴らしいことはない。
 歳を取ったから、引退して、遊んでいろなどと言われたら、私は困ってしまう。
 だから、私は、麻生首相の言うことを聞いて、「あ、おれのことだな」と思ったが、侮辱されたとは思わなかった。
 麻生首相自身、68歳か9歳で、立派な老人である。
 しかし、政治家として働くことを止めようとしない。
 テレビで見たが、定年制度のない会社があって、そこでは、65歳以上の人も大勢働いている。
 経営者は、老齢などと言うことには関係なく、それまでの経験を積み重ねた能力が役に立つから、本人が働く意志のある限り働いて貰った方が会社としても有り難い、と言っていた。
 若い人でなければ出来ない仕事もあるし、歳を取ったからこそ出来る仕事もある。
 例えば、私は、いまこの「日記」で福沢諭吉のことについて書いているが、福沢諭吉という複雑怪奇な人間像を、掴んで解剖できると思うのはこの歳になったからである。この歳になって初めて、福沢諭吉の偉大さと、下らなさが、よく見えるようになったのだ。
 近いうちに、福沢諭吉についての本を出すつもりで、更に勉強を続けている。
 ほらね、これは結局私にとって仕事なんだ。
 歳を取ったからこそ出来る仕事だし、このまま行けば、死ぬまでこの物書きの仕事は辞めないだろう。
 ほんとうに、働くしか能のない人間なのだ。
 だが、歳を取ったら何もせずにのんびり過ごしたい、と言う人がいるだろうし、それは個人の自由なんだから、老人はみんな働けと言うように聞こえる、麻生首相の言葉は、老人の自由を損なう、と言う面もあるのだろう。
 私の物書きという商売は極めて特殊な商売なので、一般からはずれていると思うが、私は、麻生首相の言葉に違和感は抱かなかった。
 それに、物を書くことは私にとって一番楽しいことなのだ。他のどんな遊びよりも楽しい。
 麻生首相は「80になってから遊びを覚えても遅い」と言ったが、私はこの物を書くという楽しみをおぼえたのは10代の時だ。それからずっと続いている遊びだ。もう、今更止められない。
 私は死ぬまで、物書きという仕事を続けていきたいと思っている。
 仕事が一番楽しいんだもの。

 ところで、今日、一晩入院することになった。
 最近、朝起きて、ベッドからおりたとき、あるいは、車から降りるときに人工関節にした方の脚のすねが痛む。
 これは、何か手術の失敗かとおもって医者に診てもらいに行ったら、手術は大成功で、人工関節の軸を入れるために、上半分切って開いたすねの骨はすっかり元通りになっていてX線写真で見ても、裂け目など何も見えない一本のきれいな骨になっている。開いた時の裂け目も完全に消えてしまっている。
 痛みを感じるのは、その開いたすねの骨を止めるために使った針金が、筋肉にこすれていたいのだ、と言うことで、今日、一日入院して針金を取る手術をすることになった。
 針金を取るだけなので、局所麻酔で済むと言うことだが、私のような臆病者は、むしろ全身麻酔手意識を失わせてから手術をして貰いたい。
 去年の手術の結果は、誠に見事な物で、私のような特殊な骨の事情で人工関節入れ替えは大変に難しい物であるのは当然で、X写真を見る度に、医者は喜び、自慢して、見事だ、見事だ、You are legend!などと言う。
 しかし、驚きましたね。他人様から頂戴した骨が最初はかまぼこの板のように角張って私の大腿骨にくっついていたのが、今や、チョコレートが解けたような形で私の骨に同化しかけている。
 あと1年も経てば、私の大腿骨と、頂戴した骨との間の境に今見える細い筋も消えて、頂いた骨は完全に私の物になると医者は言う。
 すごいことだなあ、と、ただ私は感心するばかりである。
 これで、針金を抜いてしまうと、全て終了と言うことになる。

 去年の膝の人工関節手術は、本当に私の命をよみがえらせたと言っても過言ではない。膝が痛くて動けないのと、こうしてどこにでも行けるのとでは人生大きく違う。全く有り難い。これであと10年がんばれるぞ。
 ずいぶん迷惑に思う人が多いんだろうなとは思いますが。

雁屋 哲

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