雁屋哲の今日もまた

2009-07-21

福沢諭吉について4

 前回までの、この「福沢諭吉について」の文章を読むと、混乱した感じがする。
 もう一度、私が、この「福沢諭吉について」を書き始めるまでのことをきちんとまとめておこう。
 私はAERAの記事に触発されて、平山洋氏の「福沢諭吉の真実」、井田進也氏の「歴史とテクスト」、安川寿之輔氏の「福沢諭吉のアジア認識」「福沢諭吉と丸山真男」「福沢諭吉の戦争論と天皇論」を読んで、平山洋氏と井田進也氏は安川寿之輔氏に完膚無きまでに論駁されたと理解し、それで、以前、福沢諭吉の「帝室論」「尊王論」を読んだときの、福沢諭吉に対する私の認識の混乱も解決した、と納得した。
 そのまま満足していたのが、2008年に膝の手術後のリハビリテーションをしている間に、ある時、日本人に朝鮮・中国に対する蔑視感を抱かせた最大の張本人は、福沢諭吉であることに私は気がついたのだ。

 それ以来、私の福沢諭吉に対する興味は燃え上がり、福沢諭吉についての勉強を始めた。
 安川寿之輔氏の三冊の本には、福沢諭吉の文章が大量に引用され、また巻末に附録として福沢諭吉の文章が、勘どころをおさえて選ばれて、これまた大量に再録されている。
 その、安川寿之輔氏の本の中に再録された福沢諭吉の文章だけでも福沢諭吉について語るのは充分なようであるが、他人の引用した文章、他人が選んだ文章だけでは、自分自身で福沢諭吉の像を造ったとは言えない。
 そこで、私は、

  • 第一巻が1958年に発行された福沢諭吉全集全21巻+別巻(岩波書店刊)
  • 石河幹明著「福沢諭吉伝」全四巻(岩波書店刊)
  • 第一巻が2001年に発行された福沢諭吉著作集全12巻(岩波書店刊)
  • 丸山真男集全17巻(岩波書店刊)
  • 丸山真男「文明論の概略を読む」上・中・下(岩波新書)

 などをはじめ、福沢諭吉に関連する様々な本を買い込んで読みふけった。
 服部氏総、遠山茂樹、杵淵信雄氏らの本も、読んだ。

 もちろん、一介の漫画原作者に福沢諭吉学などある訳が無いから、まず全て「福沢諭吉全集」と、石河幹明の「福沢諭吉伝」を根本に据えた上で、それぞれの研究者の書いた文章を、交錯させて、「福沢諭吉全集」と、石河幹明の「福沢諭吉伝」に照らし合わせるという作業を重ねて、福沢諭吉という人物を掴むようにした。
 同時に明治維新史と1945年までの日本の歴史を重ね合わせると、福沢諭吉という人間の姿が、今までとは違って、大きな形を取ってはっきりと見えてきたのだ。

 色々の人の本を読むと、全く面白い物で、福沢諭吉という一人の人間が、見る人でこんなにも違うのかと不思議だった。
 同時に、福沢諭吉と言うフィルター通してみると、偉い人と思っていた、丸山真男、遠山茂樹、などと言う人の頭の中が見えるような気持ちがした。

 私は、その時点で、この「福沢諭吉について」を書き始めたのである。
 しかし、前回までの文章では、2008年以前、安川寿之輔氏の本を読んで満足していたときに考えていたことと、2008年以降自分で勉強を始めてからの考えとがごちゃまぜになっていてすっきりしない。
 私と福沢諭吉とのつきあいは、上に述べたように、2005年にAERAの記事に触発され、平山洋氏、井田進也氏、安川寿之輔氏の本を読んだ時に始まり、2008年に本腰を入れて勉強をし出した、と言う順序である。
 この「福沢諭吉について」は、本腰を入れて勉強して、自分自身の福沢諭吉像が出来上がってから、書き始めたのである。
 だが、前回までの、書き方だと、このあたりの流れが混乱しているので、ここに、きちんと整理した。

 したがって、この「福沢諭吉についての話」の初回に、「ここ2年ほど福沢諭吉にとりつかれて困っている」と書いたが、正確には「1年ほど」と言うことになる。
 わずか1年で福沢諭吉と言う人間の像が作れるわけがない、と言う意見もあるかも知れないが、2005年にAERAの記事に始まって、安川寿之輔氏の本を読んで以来、私の内部で熟成を続けていたから、短期間に大量の読書が可能で、福沢諭吉についての理解が急速に進んだのだと言える。
 それに、福沢諭吉の文章は漢語こそ難しいが、内容は哲学的に深い意味のある物ではなく、意味を間違えて取りようのないほど明快だから、本格的に取り組めば、誰でも1年あれば、福沢諭吉の像はつかめる。
 むしろ、あんな単純明快な文章で書かれてあることを、どうして丸山真男などは、あんな風にいじくり回して自分に合うような衣装に変えてしまうのか、理解が行かない。
 福沢諭吉の難しさというのは、同じ日に正反対のことを言ったりするところに現れる、どちらが本心なのか分からない点と、変わり身の速さに惑わされる点だけだ。
 私が福沢諭吉を「大きい」というのは、世の中を動かした扇動家としての(啓蒙家ではない)その影響力の「大きさ」を言うのであって、その思想は少しも大きくも深くもない、その時、その時の時世に合わせた物である。
 1万円札の肖像に使われるほど、日本人が福沢諭吉を偉人のように思いこんでしまったのは、丸山真男などが、戦後民主主義を盛り上げるための道具として、福沢諭吉の書いた文章の中の一見民主主義的、自由主義的に思える個所だけを拾いあげて、民主主義的な福沢諭吉像を作り上げ、持ち上げたからだと私は考える。
 書いた人間の品性を疑うしかないようなひどい文章を垂れ流して残している福沢諭吉を、いくら戦後民主主義を盛り上げる道具としてであっても、持ち上げた丸山真男らの罪は大きい。
 私も、2005年までは、それ以前に「帝室論」「尊王論」を読んで、おかしいなあ、とは思いながら、「人の上に人を造らずと言った民主主義的な人間だから、これは何か別の理由があるのだろう」程度に考えて、納得いかないまま1万円札を飾る偉人説を信じていたのだから。

 私は、安川寿之輔氏の上記三冊の本を読んで、霧が一気に晴れる思いがした。福沢諭吉という人間の真の姿を安川寿之輔氏は見せてくれたと思う。
 それまで興味のなかった福沢諭吉に対して私は非常に興味を抱いた。
 しかし、それは、あくまでも福沢諭吉という人間の思想と生き方に対して興味を抱いただけだった。
 私にとって、相変わらず福沢諭吉は、単なる過去の人物であり、自分自身とは全く関わりのない人間だと思っていたのだ。
 しかし、中国・朝鮮に対する蔑視感を日本人の心に深く植え付けた張本人は福沢諭吉ではないか、と言う考えがひらめいた時から、福沢諭吉は単なる過去の人間でもなく、私に関わりのない人間でもなくなった。
 私は、同時に、初めて「帝室論」と「尊王論」を読んだときのことを思い出したのだ。
 日本を戦争に導いた、天皇崇拝の天皇制を強化したのも福沢諭吉ではないか、と気がついた。
 であれば、福沢諭吉は、過去の人間でもなければ、私自身と関わりのない人間ではない。
 なぜなら、日本は、1945年に終わった戦争の精算をきちんと済ますことが出来ず、それがいまだに日本の重荷になっている。
 その戦争に日本を導く道を付けたのが福沢諭吉であるなら、福沢諭吉は日本にこの重荷をくくりつけた人間として、現在も我々と共に生きている。過去の人間でもなければ、私に関わりのない人間でもない。
 そう気がつくと、本気で福沢諭吉に取り組まなければならないと思ったのだ。

 前回から続いて、福沢諭吉の、中国・朝鮮蔑視に話を進めなければならないが、その前に、福沢諭吉の思想の原点はここにあるのではないかと私が思う所があるので、まず、改めてそこから話を始めよう。

(続く)

雁屋 哲

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