雁屋哲の今日もまた

2020-02-11

アナログ・オーディオ

最近のオーディオ雑誌を見ると、アナログ・オーディオが大変に人気がある。

アナログ・オーディオと言っても本来は色々な形があるのだが、現在アナログオーディオと言われているのは、LPレコードを再生して音楽を楽しむことに特化している。

私のオーディオ歴は高校1年の時からだから、60年以上になる。

私がオーディオを始めたときは、LPの再生が主だった。

その後、長い間LPを再生することに努力してきたのだが、この20年ほど、LPから離れる一方で、特にここ10年ほどは殆どLPをかけなくなった。

その理由は、CD、SACD、というディジタル録音された物を再生することの方が面白く、また、LPより大きな可能性を見出したからだ。

と言って、私がLPの再生に怠けていたわけではない。

1986年だったか、Thorensが、LPプレーヤー最後の商品として製造した、Referenceを購入した。

CDが世に出て、これからCD一辺倒の世の中になるだろう。その時点で、最高のLPプレーヤーを作っておこうと言う、Thorensの思いをこめた製品だとオーディオ屋に勧められて買った。

アームはSMEのV、カートリッジは、オルトフォンのCadenzaだった(だったというのは、そのカートリッジを、私の所に遊びに来ていた若者が壊してしまったからだ。)その後、オーディオテクニカのMC型のカートリッジに変えた。EMTのアームとカートリッジも使っていた。こThores Referenceは30年以上経った現在でも、極めて静粛になめらかに回転している。ターンテーブルとして、何一つ不満はない。

そう言うわけで、決して、LPの再生に手抜きをしていたわけではない。

CDは初期の内は、音が良くなかった。

LPと比べると音が粗く、ざらざらした感じで、LPのあのしっとりとした音は出なかった。

しかし、年月が経つうちに、CDプレーヤーがどんどん進歩していった。

特に、ディジタルをアナログに変換する、ディジタル・アナログ・コンバーターが日進月歩と言うくらいに進歩し続けた。

私は新しい技術に惹かれる性質だから、CDプレーヤーに次々に手を出した。

WADIAがディジタル・アナログ・コンバーター(DAC)を出したときには興奮した。DACはディジタル信号をアナログに変換する演算をしているわけで、結局はコンピューターと同じで、演算をする半導体と、その半導体を動かすソフトウェアの能力を高めていけば、ディジタル・アナログ変換が上手く行き、結果として音が良くなることを、WADIAは証明して見せた。

私は一時、CDに失望していたのだが、WADIAの製品に出会ってからCDに大きな将来性を感じた。

さらに、SACDが出て、私のディジタル・オーディオに対する興味は深まった。

SACDを最初に聞いたときに、その音の良さに驚いたが、音の良さを実感したのは、オーケストラの演奏の後の聴衆の拍手の音を聞いた時だ。

それまで、LPでもCDでも、聴衆の拍手の音は板を叩くような音に聞こえた。ところが、SACDでは、ちゃんと肉付きの良い手のひらを叩いている音がしたのだ。私が音楽会場で聞く聴衆の拍手の音だ。

私はSACDを聞いたときから、LPはもういい、と感じるようになった。

というのは、LPはもはや、新しい技術的進歩は望めない。ところが、ディジタル・オーディオの方では、次々に新しい技術が生まれてきて、音がどんどん良くなって行っている現実があったからだ。

今、ディジタル・オーディオでは、音をディジタル信号にする方式として、PCMとDSDの二通りが一般的に行われている。

PCMはCD、DSDはSACDに使われている方式である。

更に、ディジタル・オーディオでは、CDやSACDのように円盤に記録することはしないで、音楽をディジタル信号化したディジタル・ファイルを電気的に扱ういわゆるコンピューター・オーディオが盛んになってきている。

私が今、主に時間を割いているのは、そのコンピューター・オーディオである。CDもそのままCDプレーヤーで聞くのではなく、ディジタル・ファイルとしてコンピューターで取り込み、それをコンピューターにつないだDACでアナログに変換し、それをアンプに送り込んで聞いている。

私が音楽を聴いているのを見た妻が、「LPプレーヤーも、CDプレーヤーも使わずに、コンピューターをいじって音楽を聴くなんて、なんだか変」という。

確かに今までのオーディオとは大分違う。

しかし、これから本当に良い音を再生するのには、このコンピューター・オーディオが一番大きな可能性を持っていると私は信じている。

どうしても、LPのあの音が好きと言うならともかく、本当に良い音を聞くためとしては、少なくとも私はLPに意味を見いだせない。

 

一番の問題は、LPは物理的に解決不可能な欠陥が幾つもあることだ。

それを、挙げてみようか。

LPでも、ディジタル・オーディオでも、音を録音して電気信号に変えるところは同じだ。

それから先、どのようにしてLPができていくか、考えてみよう。

大変に複雑な工程で、ここに書くだけでうんざりする。

まず、電気信号をLP盤に刻むために、カッターを使う。

カッターの先端は電気信号に合わせて動く。その動きで、盤を刻むのだ。

一旦マイクロフォンから取り込んで電気信号に変えたのを、再び機械的な動きに変えるのだ。

ここでまず、カッターが電気信号に合わせて正確に動くはずがないと言う問題点がある。必ず、電気信号とは、ずれた動きをする(疑問1)

次に、最初に刻むのはアルミニウムの板に、ラッカー(ロウの様なもの)をコーティングしたもので、柔らかなのでカッターの動きを妨げることが少ない。少ない、と言うだけであって、妨げない訳ではない。

これに、カッターが電気信号を刻む。幾らラッカー・コーティングした物が柔らかだといっても、これが、電気信号通りに刻まれるはずがない。ラッカー・コーティング板とカッターの間に抵抗が生ずるからカッターの動き通りに正確に刻めるわけがない(疑問2)

このラッカー盤はカッターが溝を刻んだ物なので、凹型の盤である。

これを、「原盤」と呼ぶ。

 

このラッカー原盤では耐久性がないので、表面に銀メッキを施し、更にその上にニッケルメッキを暑く施してから剥がす。

そうすると、凸型の盤ができる。

これを、「メタル・マスター」と呼び、保存用のマスターディスクになる。

これが、ラッカー盤と同じ溝が複製できるはずがない(疑問3)

 

LPレコードを作るのにはこのメタル・マスターを使って、ビニールをプレスすれば良いのだが、それでは、折角作ったメタル・マスターが一度しか使えないので困る。そこで、もう2つ余計な工程を経て、ビニールをプレスする盤をつくる。

 

このマスター・ディスクにまたメッキをして、そのメッキを剥がすと、凹型の盤ができる。これを、「マザー」と呼ぶ。

このマザーが、「メタル・マスター」に忠実に複製できるはずがない(疑問4)

「マザー」は凹型なので、これではプレスできない。

 

またもう一度メッキをして剥がすと凸型の盤ができる。

これで、プレスをするので、「スタンパー」と呼ぶ。

この凸型の盤が作る溝が、そもそも最初に作ったラッカー盤の溝の忠実な複製になるはずがない。(疑問5)

 

このスタンパーを使って、ビニールの盤をプレスして凹型の溝を作る。これが、LP盤と言うことになる。

この時できる溝が、「マザー」のもの、忠実な複製になるはずがない。

ましてや、最初の「原盤」の忠実な複製になるわけがない。(疑問6)

 

LP盤が出来上がるまでに、6個もの疑問点がある。

最初の疑問点は、電気信号を機械的な動きに変換する際の問題である。

ほかの5個の問題点は、メッキをしては剥がす、と言う問題とビニールにプレスするという機械的な問題である。

6個とも、機械的な動き、機械的な形状に関するもので、これは解決不能な問題である。

ラッカー盤に針で音溝を刻む、音溝を刻んだ盤にメッキをして剥がして複製を作る、この工程のどこをとっても、そこで持ち上る問題は理論的に詰めて解決出来る物ではない。

 

ここまではLP盤を作るまでの問題だ。

次に、LP盤を再生するところに移る。

音溝を刻む場合、低音は振幅が大きくなる。

余り大きくなりすぎると、再生するときにカートリッジがトレースしきれなくなることを恐れて、そもそもカッターに送り込む電気信号に細工をして、低音部分は信号を小さく、反対に高音部分は大きくなるように調節する。高音部分の信号を大きくするのは、そうしないと高音部分が針が盤面をこするときの「サー」ノイズに包まれて聞こえなくなるからだ。

再生するときに、カートリッジがトレースして拾い出した電気信号に対して、カッターで行ったことの反対のことをする。

低音部分の電気信号を増幅し、高音部分を弱めてやるのだ。

こうすると、電気信号的には、録音したときの電気信号の形に戻るというのだ。

これを「イコライジング(equalizing)」という。

このイコライジングはそれまでのメッキをしたり剥がしたりという機械的な物ではなく、電気的なものだが、低音、高音を上げ下げするイコライジングそのものが、原音を損なう物だ(疑問7)

 

更に問題が起こってくる。

まず、ターンテーブルを回してLP盤を回転させる。

この回転数が正確でないと、音楽の音程がおかしくなる。(疑問8)

LP盤をターンテーブルに乗せてカートリッジを取り付けたアームでLPをトレースする。

この時、アームは一点で固定されていて、その固定点を中心にしてスイングするようにLP盤上を動く。

アームの軌跡は直線ではなく弧を描く。

LP状の音溝は、円形である。

その音溝を直線とみなしてトレースするためには、カートリッジはその円の接線上になければならない。

そのためには、LPの最外周からターンテーブルの中心まで直線上を動かなければならない。

しかし、アームは固定点を中心にして弧を描いて動く。

それでは、カートリッジが常に円の接線上にあると言うことは不可能になる。結果として、音溝を斜めにトレースすることになり正確なトレースをすることができない。

この、トレースのエラーをトラッキングエラーという。

今のように、一点固定のアームをスイングさせる形でトレースするからにはこのトラッキングエラーは避けがたい。

当然、このトラッキングエラーがあると、LP盤の最初の工程でカッターが刻んだとおりにカートリッジはトレースすることかできない、結果として音がひずむ。(疑問8)

 

いま、平面上のトラッキングエラーについて考えたが、カートリッジがきちんとLP盤と同じ平面上を水平に移動するかどうかこれも、トレースする際の問題点となる。前後、左右どちかに傾くとこれもきちんとトレースできないことになる。

これは、ヴァーティカル・トラッキング・エラーと言われている。(疑問9)

 

カートリッジには、今のところ電磁式のムービング・マグネット方式(MM)とムービング・コイル方式(MC)の二つが主に使われている。

MMも、MCも盤面をトレースすることで、フレミングの右手の法則が示す通りに、針先の動きを電気信号に変換する。

ようやくここで、電気信号が取り出されたことになり、ここから先は電気的な増幅の問題になる。

しかし、このMM、MC、それぞれに個性がある。

MMはマグネットが動く、MCはコイルが動く。

マグネットはコイルより質量が大きい。従って、動きの繊細さで言えばMCの方が上だ。一方、MMの方が出力電圧が高いから、そこから先電気的に扱うのに有利だ。

マグネットが動くか、コイルが動くかで音色が変わってくる。

ということは、カートリッジが原音に色づけをすることになる。

カッターが刻んだ音に忠実ではない(疑問10)

 

更に、音溝のトレースはカートリッジにつけられた針によって行われるのだが、この針の形状によっても、トレース能力が違って来る、

カッターが刻んだ音に忠実ではないことになる。(問題11)

 

更に、LP盤自体の問題がある。盤はビニールでできている。

それを、カートリッジにつけられたダイアモンドの針でトレースされる、こすられるわけである。

通常MCカートリッジで、かけられる圧力(針圧)は2グラムくらい、MMカートリッジそれより少し重いくらい。

とは言え、針先の面積は極めて小さいのだから、針圧が2グラムといっても、針先の面積で割ると、

1㎝あたり数トンの圧力がかかることになると言われている。(私は自分で計測したことがない)

そんな圧力でトレースするからビニールで出来たLP盤は当然ダメージを受けると思われる。

しかし、実際は大した摩耗が起こらないのは、ビニールには弾性があって、針によって押し広げられても、その針の圧力が取り除かれると元の形に戻るからだと言う。

その針によって押し広げられても、と言うところがくせ者で、では実際にトレースしているのはカッターが刻んだとおりの音溝なのか、カートリッジが広げた音溝なのかと言うことになる。

それに、私の経験からしても、十年以上使用してきたLP盤はやはり色々と劣化している。私はLPをかけた後に綺麗に盤を拭う。

だから、私のLP盤はどれをジャケットから取り出しても、ピカピカ光っている。

それでも、10年以上かけてきたLP盤は何らかの劣化がある。

高音部分は、新品時代より劣化していると思う。

いくら何でも、あんなにこすって、ビニールがなんの影響も受けないなどと言うことはあり得ない。

このビニール盤を高い圧力でこすることによる音質劣化と、トレースするときの音溝の形状変化はカッターが刻んだときのものと違ったものになっている。(疑問12)

 

ここまで、ざっと挙げてみて、12個も疑問点が見つかった。

これは、LP盤が引き起こす問題であって、機械的な問題なので解決不能のものである。

LP盤から電気信号を取りだした後は、ディジタル・オーディオもアナログ・オーディオも同じ電気回路の問題になる。

結局、この12の解決不能の問題はLP盤だけの問題なのだ。

ディジタル・オーディオにも問題があるが、それはすべて電気的な問題であって、電気的な問題は回路を工夫したり、使う部品を改良すれば解決出来る。

アナログ・オーディオの場合、理詰めで音の改善はできない。

しかし、ディジタル・オーディオの場合理詰めで、抱えている不具合を直していくことができる。

その証拠に、ディジタル・オーディオの場合、30年前と今とではまるで様変わりと言うほどに進歩している。

しかし、LP盤を使うアナログ・オーディオは、30年前から少しも進歩していない。

いまだに、アナログ・オーディオの方が音が良いと言っている人は、よほど、何かにとり憑かれている人だ。

アナログ・オーディオの方が好きだというのなら、それは構わない。

ただ、周波数特性、過渡特性、ダイナミック・レンジ、と言う問題から考えて、LP盤再生に特化しているアナログ・オーディオの方がディジタル・オーディオより音質的に優れていることはあり得ない。

 

しつこいようだが、まとめてみると、次のようになる。

端的に言えば、オーディオとは、音楽を機械的な信号としてマイクロフォンで電気信号に変え、その電気信号をスピーカーを駆動することができるように増幅して、最後にスピーカーで電気信号を元の機械的信号・音に戻してやる、というものだ。

ディジタル・オーディオの場合、マイク→電気信号→電気的に増幅→スピーカーで機械的信号・音に復元となっている。

しかし、アナログ・オーディオの場合、

マイクロフォンで機械的信号を電気信号に変換する所まではディジタル・オーディオと同じだが、その後、

一旦電気信号に取り込んだ物を、カッティング→カッティングした盤をメッキする(これを、3回繰り返す)→ビニール盤にプレスしてLP盤ができる→これをカートリッジでトレースして、機械的信号を電気的信号に変える(このトレースの場合に色々な問題があることは上に述べたとおりだ→電気信号を増幅する→スピーカーを駆動する。

この紫色の所はディジタル・オーディオにはない余分な行程である。

オーディオの行程の中で、一番ひずみを発生するのは、音を電気信号に変換するところと、電気信号を音に変換するところ、である。

ディジタル・オーディオの場合、それは録音の際、とスピーカーを鳴らすときの2回起こる。

しかし、アナログ・オーディオの場合、途中にLP盤を作る工程がはいるので、機械的信号と電気的信号の変換が、二回入る。しかも、LP盤をトレースする際に大きな問題があることは上に述べた。

この点が、原音に対する忠実性を損なう大きな問題点だろう。(疑問13)これも解決不能の問題だ。

LP盤を作るところでひずみか出ると書いたが、ディジタル・オーディオでも、CD、SACDなどの円盤にディジタル信号を刻む。

これは、LP盤を作る際に生ずるほどのひずみは発生しないが、それでも円盤に刻み、それをトレースすることによって幾らかは歪みが生じる。レーザー光をきちんと反射させ、それを正確に受け止めることができるかどうか、問題は幾つかあるが、LP盤ほどの問題は生じない。

それでも、気になる場合には、私が現在取り組んでいるコンピューター・オーディオにすれば良い。

コンピューター・オーディオの場合、機械的信号と電気信号の相互の変換は録音とスピーカーで再生するときの2回しか行われない。円盤に刻むことはしない。

コンピューター・オーディオが一番純粋なオーディオと言えるだろう。

オーディオは趣味の世界だから、自分はアナログ・オーディオ一辺倒という人がいても、それは当然のことだと思う。

私は何事も理詰めで行かなければ気が済まないたちだから、幾つもの解決不能の問題を抱えながら、何もかも曖昧なままのアナログ・オーディオはもう結構と言いたいのだ。

私はラディカルじじいだから、仕方がないのだが、それにしても、最近のオーディオ雑誌のアナログオーディオ賞賛の度が過ぎていると感じて、こんな文章を書いた。まあ、人が喜んでいる物を、とやかく言うことはないんだが。

 

雁屋 哲

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