雁屋哲の今日もまた

2014-04-10

伊丹万作と「自発的隷従論」

ある読者が、私が前回書いた「自発的隷従論」の紹介を読んで、伊丹万作が1946年、敗戦の翌年に書いた文章を思い出したと言って、その文章が掲載されているページのURLを教えて下さった。

それを以下に、転記する。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html

伊丹万作は戦前に活躍した映画の監督・脚本家で、私が子供の頃「手をつなぐ子ら」という映画を見た覚えがある。

エッセイスト、俳優、映画監督の伊丹十三は息子である。

 

読者が紹介してくれた文章は,以前に日本人の戦争責任を問う本のなかで二度ほど読んで良く憶えている。その本が何だったのか、今私は日本におり、その本はシドニーの書斎にあるので、見付けることが出来ない。

この文章がネットに掲載されていることを、教えて頂いて大変有り難いと感謝しています。

私も以前この伊丹万作の文章を読んで大変に感銘を受けた。

先の大戦が終わった後に、政府にだまされたと多くの人が言うのに足して、次のように言っている。

「いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。

 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。

 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。」

「自発的隷従論」に重なるところが多いでは無いか。

しかし、今回「自発的隷従論」について書いた時に、この伊丹万作の文章のことは頭に思い浮かばなかった。

「自発的隷従論」の私が紹介した部分だけを読んで、伊丹万作のこの文章を思い出された読者の方はすごいと思う。脱帽する。

読者諸姉諸兄の皆さんもぜひ、上のURLをたどって、伊丹万作の文章を読んで頂きたい。

戦争直後にこのように透徹した意見を書いた、伊丹万作には敬服するしか無い。

雁屋 哲

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