雁屋哲の今日もまた

2012-07-06

東電の新社長

7月5日の夜9時のNHKのニュースに、東電の新社長広瀬直己氏が登場した。

番組の冒頭、広瀬氏は「福島にも何度か足を運び」と言った。

この「足を運び」という言葉は私の記憶による物で不確かだ。要するに広瀬氏はこれまでに何度か福島に行ったと言ったのだろう。

 

私が5月に福島取材をしている最中、5月9日の「福島民報」の第1面に広瀬氏が東電の新社長に内定したと言う記事が載っていた。

第2面に「広瀬次期社長との一問一答」という欄で広瀬氏は、記者団の質問に答えているのだが、その中で、「福島県への訪問は」という記者の質問に対して「出来るだけ早く伺いたい」と答えている。

同じページの別の欄に「福島第一原発事故後、賠償担当の役員として被害者や自治体と接してきた広瀬氏。」と書いてある。

であれば、上記「一問一答」の中での「出来るだけ早く伺いたい」というのは「役員としてではなく、新社長として、出来るだけ早く伺いたい」という意味なのだろう。

しかし、解せないのは同じ「一問一答」の中で、記者の「原発事故で被害を受けた住民にも会うか」という質問に、「そういう機会が持てるものなら持ちたい」と答えていることだ。

NHKのニュースの中で、被害にあった住民が、「東電は上からの視線で我々を見ている」と訴えていた。これまでの東電の被害者に対する対応に問題があるのは明らかだ。

この広瀬氏の「そういう機会が持てるものなら」という言葉は正にその東電の上から視線の表れではないか。

私は、その時福島にいてさんざん福島の人々のこうむった被害を見ている最中だったので、その広瀬氏の言葉に余計に敏感に反応した。

かっと、血が頭にのぼった。

「そういう機会が持てるものなら」とは何事だ。

一体何を他人事のように言っているのだ。「そういう機会が持てるものなら」ではないだろう。

「原発の被害を受けた住民に出来るだけ多く、相手の事情が許せば全員に会いたい」と言うべきなのではないか。

NHKで、広瀬氏は「これまでに何度も福島に行った」と言っている。何度も福島に行って置いて、そんな他人事のようなことを言うのか。

これまで何度福島に行っても、実際に被害にあった人と会ったことはないのか。

会ったことがあって、その上でこんな事を言えるとは、驚くべき神経だ。

広瀬氏の、人間として血が通っていないその言いぐさを読んで、しかも、このような人間が次期社長と知って、このままの東電には何の望みも抱けないとその時私は思った。

 

その東電のすることについてだが、東電以外、普通の一企業が、東電のような途方もない被害を住民に与えたときに、今の東電のように、加害者としての反省の意識も見せず、自分たちで勝手に決めた賠償額を押しつけるだけで済ますようなことが出来るだろうか。

 

今回の取材で、いわきの川沿いで料理店を営むご夫婦にお会いした。

この件は、興味深いことなので、「美味しんぼ」にたっぷり書くことになっているから、ここでは、ほんの輪郭だけ書く。

その店は川に釣りに来る釣り客と、川魚料理を食べに来る人で賑わっていた。

何十年も繁盛していた店なのだ。

ところが、その川の魚から、基準値以上のセシウムが検出されたと言うことで、全てが頓挫した。

釣り人は来ない、川魚料理を食べに来る人はいない。

第一、セシウムが検出されたので料理して出す魚がない。

私たちがお伺いしたとき、店にはお客は誰一人いなかった。

昔なじみだという釣り人が一人、ぶらりと立ち寄って、「やはり、だめだな」と言って帰っただけだ。

ご夫婦が困り果てていたら、「東電に補償請求を出すといい」という助言を町から貰って、補償請求を出したら、「8万円」出ることになった、と私に言った。

私が、余りの額の低さに驚いて、「ええっ、月にたった8万円ですか」と尋ねたら、ご主人は笑って「いいえ、一度限りです」と仰言る。

私は、驚くのを通り越して、腰が抜ける思いがした。

一つの家族の生活を破壊しておいて、その保障がただ1回限りの8万円。

こんな馬鹿なことがあって良いものか。

生活の術を断っておいて、それで、8万円で全ての事を済まそうというのか。

東電の社員に尋ねたい。

今すぐ東電を追出されて、その償いがたった一度の8万円だったら、それから先どうやって生きて行けるのか。

 

NHKでの広瀬社長はひたすら低姿勢で、謝り続け、これから何とかすると様々な手形を振り出すだけ、何も実を感じさせなかった。

NHKのキャスターも流石にたまりかねたのか(私の目にはそう映った)、最後に「上から視線ではなく、きちんと被害者に対応して下さい」と念を押した。

それに対しても、広瀬社長は、早く其の場を逃げたい一心を露わにして、「はい、はい、そうします」と言うだけだった。

この広瀬氏の姿を見て、私は5月9日に「福島民報」を読んで抱いた私の思いは正しかったと確認した。

 

広瀬氏の姿は、そのまま東電の姿勢を表している。

東電はこれからも駄目だろう。

東電は大量の資金を政府から導入して貰って国有企業も同然である。

国有企業に、そのような、国民を軽視して上から視線で被害者を見る人間を、我々国民は雇う理由がない。

広瀬氏には8万円上げるから、今すぐ東電を出ていって、どこにでもいいから行ってしまって下さい。

雁屋 哲

最近の記事

過去の記事一覧 →

著書紹介

頭痛、肩コリ、心のコリに美味しんぼ
シドニー子育て記 シュタイナー教育との出会い
美味しんぼ食談
美味しんぼ全巻
美味しんぼア・ラ・カルト
My First BIG 美味しんぼ予告
My First BIG 美味しんぼ 特別編予告
THE 美味しん本 山岡士郎 究極の反骨LIFE編
THE 美味しん本 海原雄山 至高の極意編
美味しんぼ塾
美味しんぼ塾2
美味しんぼの料理本
続・美味しんぼの料理本
豪華愛蔵版 美味しんぼ
マンガ 日本人と天皇(いそっぷ社)
マンガ 日本人と天皇(講談社)
日本人の誇り(飛鳥新社)
Copyright © 2024 Tetsu Kariya. All Rights Reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等のすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。