雁屋哲の今日もまた

2010-09-05

父の日

 いや、驚きました。
 前から、書いていますが、私の家の可愛いラブラドールのポチは16歳を過ぎて、老い衰え、家族の者がいないと泣くので、この一年ほど、家族揃って食事に出られないという悲惨な日々が続いているのですが、今日は、連れ合いに

「もう、今日は、ポチを泣かしてしまおう。小籠包でも食べに行こう」

 とさそったら、連れ合いは実に冷たく

「あら、私たち、ポチを泣かしたくないわよ。今日は家で夕食よ」

 といなされてそれでお終い。

 その、「私たち」と言うところにご注目ください。
 連れ合い一人の「わたし」ではないのです。
「わたしたち」と言うからには、娘たちも入っているのです。
 こうなると、私には抵抗する術がありません。

 実は、シドニーの「小籠包」は化学調味料の使用量が凄く、二つ食べただけで私の場合舌が腫れ上がるのですが、あの「小籠包」自体の味は忘れがたく、ときどき、舌を腫れ上がらせながらでも食べたりするのですよ。
 食べた後で「シー、ハー、シー、ハー」と口を大きく開けて舌をさましながら歩く私を見て、連れ合いや娘たちは

「もう、お父さん、小籠包なんかやめたら」などと言います。

 本当にやめたいのだが、あの、熱いつゆが小籠包の中から噴き出す一瞬の快感が忘れられず、つい、食べに行ってしまって、

「化学調味料を作っている奴らを殺せ」

 などと不穏なことを喚くのです。
 正直に言って、シドニーの「小籠包」は「食べてはいけない食べ物」の一つです。
 で、なぜ驚いたかというと、夕食の時間になって、長男が

「お父さん、ご飯だよ」と呼びに来てくれたのですが、その後のことです。

 食事の迎えに来てくれたその長男が少しばかり、酒臭い。
 で、「おまえ、もう酒を飲んでいるのか」とたずねると、長男は、

「料理する時は、酒を飲まなきゃ」などと言う。

 おかしいな、と思いながら、食卓にたどり着いたら、ああ、なんと言う事、今日は「餃子大会」ではないか。
 水餃子、焼き餃子、そして、我が家独特の「ローピン」だ。

「ど、どうしたの!」とたじろぐ、私に、家族一同が「今日は父の日よ」と言ってくれた。

 日本とは違うのだが、オーストラリアでは、今日が父の日なのだ。(9月の第1週の日曜日)
 もう、本当に、涙、涙、ですよ。
 美味しくて有り難くて、こんな幸せな思いをしていいのかな、と思いました。

 餃子作りは、これは大変な作業だ。
 本当に美味しい餃子なんて、簡単に作れる物ではない。
 一番大事なのは、餃子の皮作りです。
 スーパーなんかに行くと餃子の皮、と言うものを売っているが、あんなものを使って作ったら、我が家の餃子ではない。
 私の父は十年以上前に亡くなりましたが、自分の孫たち、即ち私の息子・娘たちに餃子の皮の作り方、また、父が中国で教わってきた「ローピン」の作り方を徹底的に教えていきました。
 で、今日も、餃子の皮、ローピンは長男の手による物です。
 長男は、小麦粉に水を加え、塩を加え、練って練って練りまくるところを全部引き受けます。
 刻んだ青ネギを練り込んだローピンも長男が作りました。
 餃子の中身は、娘たちと連れ合いによる物です。
 そう言う訳で、餃子の皮も中身も最高、言うことなし。
 この、餃子、それも、主に水餃子を食べていると、私には、懐かしい両親の顔が浮かぶのです。
 こう言うことは、子供たちには思いもよらない。
 しかし、私には、日本が戦争に負けて、それまで栄華を極めていた北京から日本へ逃げ帰ってきて、突然すさまじい貧窮の世界に陥ったあの当時の両親の姿を思い浮かべて、その両親が私に伝えた餃子とローピンを、私の子供たちが完璧に作っているのを見ると、目を見開いていても、その目の裏に涙の滝が流れているのです。

 感傷にふけるのはみっともない物です。
 でも、感傷に浸ることの出来るのは・・・・、などと、余計な言い訳を言うのはやめます。
 今夜は、思い切り、感傷にふけります。
 こんな物、読んだ人は、大変な災難だね。

雁屋 哲

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