雁屋哲の美味しんぼ日記


明日は、特別の日

2008年5月11日(日)@ 15:21 | 雁屋哲の美味しんぼ日記

 明日、5月12日は私に取って特別の日になる。
 明日、5月12日、月曜日発売の、ビッグ・コミック・スピリッツ誌の2008年度第24号に掲載される「美味しんぼ」第489話その11で、1983年の暮以来連載を続けて来た「美味しんぼ」に一区切りをつけることになったからだ。
「美味しんぼ」をやめてしまうわけではない。
「日本全県味巡り」は続けるし、他にも、第101巻の「食の安全」のように、意味のある主題に出会えばそれで単行本一巻を作るつもりだ。
 現在、「美味しんぼ」の単行本は年に4冊でているが、当面「日本全県味巡り」中心で、年に2冊出せればと考えている。
 それでも、今までのように、毎週話をつらねて行く形とは違った物になるだろう。

 私は1973の暮れに「男組」を書き始めてから、今日まで、35年間毎週週刊誌に連載物を書き続けてきた。
 一番忙しかった頃は、週刊誌、隔週誌、月刊誌合わせて5つの連載を持っていたこともある。
 明日でそれもお終いになる。
 人生の一区切りというものだろう。
 編集部は一区切りつけることを仲々承諾してくれなかったし、花咲さんは「死ぬまで描きましょうよ」と言ってくれていた。
 今回一区切りつけたのは、ひとえに私の我が儘からである。
 読者の皆様ご愛顧は変わらないし、編集部も私を大事にしてくれるし、花咲さんはますます絵が上手になる。
 区切りをつける理由は何も無い。これで、「美味しんぼ」を一区切りなどと言うのは許されざる我が儘だ。
 それは分かっているのだが、どうにもこうにも、身体が続かなくなってきたのだ。
「美味しんぼ」の最初の頃は、1回分の原稿は3、4時間もあれば書けた。

 20年以上前に、「キハチ」の熊谷喜八さんと、京都に遊びに行ったことがある。京都には、仲良しの料理人が何人もいて私達を歓待してくれる。
 その晩は花脊の「美山荘」に泊まり、先代の中東吉次さんが最高のもてなしをしてくださって、夜2時過ぎまで酒を飲んで楽しく過ごした。
 そのまま、寝室に喜八さんと、枕を並べて寝た。
 そこから先は、何度も喜八さんから聞かされた、ご本人の話を記そう。「いや、驚きましたよ。2時過ぎまでお酒を飲んでいたのに、5時頃になったら、突然雁屋さんが起き出して、枕元の電気スタンドをつけて、そのまま寝床に腹ばいになったまま、何と原稿を書き始めた。そのまま、朝ご飯まで、ずっと書きっぱなし。あんなにお酒を飲んでいたのに、私なんかいい気持ちで寝ていたのに、それで、朝ご飯の時には、仕上げちゃったと言うんだから」
 当時はどこにでもファクスがある時代ではなかったから(随分昔の話だねえ。インターネットで原稿を送っている今から考えると信じられないような気がする)、その朝、花脊から京都の街中まで降りて行って、電話局から編集部に原稿を送った。
 その時は、締切りのぎりぎりの時だったからそんなことをしたんだろうが、昔はそれで原稿が書けたのだ。

 ところが、現在はと言うと、毎週の原稿を書き上げるのに最低で4日から5日、ひどいときには1週間以上かかって、書き上げた途端に次の週の締切りが来ることになったりする。
「締切りと、パンツのゴムは、伸ばせば伸びる」と言うのが私の口癖で、原稿が書けないイライラを発散するためにそんなことを言っているのを娘たちが聞きとがめて、「まあ、編集さんが可哀想」「私、絶対に編集者にはならないわ。お父さんみたいな人を担当することになったら悲劇だもん」などと言う。
 以前は机に向かうと、独りでに案など出て来た物だが、いまは体中逆さにして振っても何も出て来ない。脳みそが空っぽになったというのか、硬直してしまったというのか、何も案が浮かばない。
「ああ、今週こそ何も書けない。おっこちだな」(業界用語で、締め切りに間に合わずに、雑誌に穴を開けることを、落とす、と言う)
 と毎週のように思う。
 それでも、さんざん苦しんだ挙げ句、一寸手洗いに立ったりした瞬間に案が浮かび、浮かんだとなると、2、3秒以内に、話の始めから終わりのオチまで、一気に出来上がってしまう。
 これが不思議だ。
 この一瞬のひらめきは、天からの贈り物のように思える。
 とは言え、こんな事を毎週続けていると、心底消耗する。

 私が一番恐れるのは、作品の質の低下である。
 今でも、初期に比べると大分質が低下していると思う。
 読者諸姉諸兄が甘やかしてくださるからと言って、だらだらと惰性で作品を書き続けるのは恥ずべき事だと思う。
「美味しんぼ」は1983年から始めたから、今年で丸25年になる。
 一つの作品を25年も続けていると、どうしても最初の頃の輝きが失せてくる。
 それでもいいじゃないかという声もあるが、私は厭なのだ。
 私は、「立つ鳥跡を濁さず」という言葉が好きだ。
 きれいに引いてこそ、人間の価値が有ると思う。

 そう言うことを考えて、一旦区切りをつけることにしたのだ。
 私の小学校の同級生の一人からは、「毎週楽しみにしている読者のことを考えろ。勝手なことをするな」と叱られた。
 そう言って貰えるのは有り難いことだ。
 しかし、そう言って貰える間に区切りをつけた方が良いと私は思う。

 実は、明日発売になるスピリッツ誌に掲載される区切りの原稿は、3月の初めに書いた物だ。
 3月の18日に手術が決まっていたから、それ以前に書き上げようと必死になって仕上げたのだ。
 手術の後は非常に辛く、原稿など書ける状況ではなかったから、その選択は正しかった。
 だが、と言うことは、すでに2ヶ月以上漫画の原作を書いていないことになる。
 この35年で初めてのことだ。
 大きな忘れ物をしたようで、とても落ち着かない気持ちがする。
 その漫画の原作を書く仕事がないから、この、ホームページを頻繁に更新することが出来るわけだ。
 と言うと、このホームページは私の失業対策事業みたいなもんだな。

 この続きは、また明日。


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