雁屋哲の美味しんぼ日記


山林まさに荒れんとす

2009年11月23日(月)@ 12:04 | 雁屋哲の美味しんぼ日記

 11月20日21日と丹波に行ってきた。
 丹波には、20数年来のおつきあいの「大和」旅館がある。
 この「大和」旅館とのおつきあいの始まりは松茸だった。
 日本で一番美味しい松茸を食べたいと思ったら、この「大和」旅館に行くしかないとある人に紹介していただいてたどり着いたのだ。
 この「大和」旅館には、日本で最高の丹波の松茸が近隣の松茸取りの名人たちが自慢の松茸を持込むのである。
 私の叔父の一人は大変に美味しい物が好きな人間だったが、ある時「大和」から松茸を送ったら、えらく怒られた。「てっちゃん、こんな松茸を食べさせられて、俺はこれからどうすればいいんだよ」というのである。
 20数年前でも、すでに松茸は貴重品であって、しかも丹波の松茸と言えば日本で最高、と言うことは世界で最高のものである、
 20年前には「大和」旅館からすぐのところにある山で、まるでハイキングをするような簡単ななだらかな山登りをするだけで、大きなかご一杯松茸が採れた。
 それが、6年ほど前に、小学校の六年二組の仲間と行った時には、なだらかな山どころか、極めて傾斜の厳しい山の斜面をよじ登るようにして、それでも、「大和」旅館のご主人が「奇跡的だ」と言うほどの松茸狩りが出来た。
 それが、今年は大変に不作で松茸の値段も信じられないような高価になったそうだ。
 今回、松茸の実状を見るために私も極めて険しい山によじ登った。
 去年膝の人工関節の手術をしたときに、医者に「転んだらおしまいだ。絶対に転ばないようにしてくれ」と言われていたのだが、実際に険しい山を目の前にすると、どうしても自分の目で確かめたいという気持ちが私を突き動かして、医者の忠告を無視してよじ登ってしまった。
 上りは良かったが、下りが難しく、ついに恐れていたとおり、足を滑らせて、ひどい損傷を右の脚に受けてしまった。
 幸い、膝の人工関節が外れるところまで行かなかったが、足首はねんざするし、股関節は痛いし、膝の関節の動きは悪くなるし、本当に危機一髪だった。
 しかし、そうまでしても、今の松茸山をどうしても自分の目で確かめないと「美味しんぼ」に書けないと思ったのだ。

 私は、今「美味しんぼ」で日本の環境問題を取り上げている。
 食べ物のことを考えるときに、食べ物を生産する環境を考えずには何事も意味をなさない状況に今の世界はなってしまった。
 あれが旨い、これが旨い、などと言う以前に、その旨い物が姿を消していっているのであるから、「環境問題篇」を真面目に考えなければ「美味しんぼ」など、意味が無くなる。
 そう言う思いで、今の「環境問題篇」を書いているのだが、今回、六ヶ所村の核燃料再処理工場問題を終えた後、次回は「環境問題篇」の第2部として、「人間が自然に科学の力を及ぼした結果起きた環境問題」を主題にして書くことに決めた。
 その中の主題の一つとして私は「山林問題」を取り上げた。
 日本の国土の67パーセントは山と森林である。

 山林問題は日本にとって極めて重要な物なのである。
 その、日本の山林問題を象徴する物が松茸だ。
 松茸が、1940年度には2万トン取れた、それが今では100トンを切ると言う。
 一体その差は何がもたらしたのか。
 私は「日本全県味巡り」で日本のあちこちの県を巡り歩いているが、どの県に行っても目につくのが死んだ山林である。
 木は生えているが、その木に一切手が入れられていない。
 杉が主なのだが、大規模な植林が行われた形跡がある。
 しかし、その杉の林が、ただ生えているだけで、返って山林の命を奪い、杉の木自身も命も絶え絶えの様であるのをいやと言うほど見てきた。
 私が見て回った様々な県で、私が感じたのは、日本の山林は死に瀕していると言うことだ。
 どうしてこうなってしまったのか。
 それは、来年始まる「美味しんぼ」の「環境問題篇その2」を読んで頂きたい。

 この日本という国は、このままでは滅びてしまう、という非常に強い危機意識を私は抱いている。
 産経新聞社の発行している「正論」という月刊誌の12月号の210ページに、評論家の宮崎正弘氏が、アメリカ人投資家専門誌「バロン」にこのような記事が書かれていると紹介している。
(私は、その「バロン」という雑誌も知らないし、宮崎正弘氏がどのような方かも存じ上げない。私は本来そのような文章は引用しない方針だ。
 しかも、この宮崎氏の文章の題名が「”還暦“を迎えた中国の混沌と矛盾」という物で、基本的に中国を批判する姿勢で書かれており、この文章も日本人の感情を逆撫でする意図を持って紹介されたのかも知れない。
 それに「正論」という雑誌は、文芸春秋社の「諸君」が廃刊した後、明治憲法、軍令第1号、教育勅語、東条英機の戦陣訓、などを金科玉条とする編集方針で孤軍奮闘頑張り続けている雑誌だから〈おっと、文藝春秋、本誌も「諸君」の分頑張っておるな〉、民主党政府の中国融和政策に対して非常な不快感と、危機感を抱いているので、嫌中感情を煽るためにこのような文章を載せたのかも知れない。
 とすると、この文章を引用したのは私が「正論」の思うツボにはまったように思えるのだが、極端に戯画化されていて面白いので、ここに引用させていただく)
 その、「バロン」とか言う雑誌に書かれていた記事というのは、

「日本経済の未来像を描くと半世紀以内に中国人と米国人を乗せたハイテク航空機が日本の上空を飛び、かつて世界第二位の経済大国とされた国の荒廃した残骸を見ることになるだろう。その頃、日本に残存しているのは経済大国時代をかすかに連想させる遺物、すなわち住民の大部分が高齢者、荒廃した巨大都市群とぺんぺん草がはえた高速道路、橋梁、そして新幹線の線路だけになっているだろう」

 と言う物であるのだがね。
 この記事が本当に存在するとして、さすがにアメリカ人の書いた物だと思うのは、半世紀後にアメリカという国が日本を上から見下ろすだけの地位を保つことが出来ると考えているところだ。
 さらに、翻訳者の語彙の選び方だと思うが「ぺんぺん草がはえた」なんて言葉、原文ではどのような語彙が使われていたのだろうか。
 そのような問題点はあるが、この文章は十分に刺激的である。
 私のような心配性の人間の不安感を更にかき立てるのには効き目のある文章である。

 しかし、私の先輩で私より遙かに日本の社会、国際情勢に詳しい人にこの記事の内容を話したら、一笑に付された。
 米、中、日の関係を考えると、最大の借金国・米、最大の債権国・中、二番目の債権国・日、となる。
 互いに絡み合っているから、日本一人沈みと言うことはあり得ない、と言うのである。
 日本が沈むときにはアメリカも中国も沈む。
 それに、日本人には底力がある。いざとなって本気を出せば、このまま沈むことはない。
 と、私が先輩は仰言る。

 私も、先輩の言葉を信じたいのだが、日本中あちこち回って感じるのは先輩の楽観的な言葉に相反する物ばかりだ。
 バブルがはじけた後の日本の十年をよく「失われた十年」という。
 その「失われた十年」が終わるころに、小泉、竹中の二人組が更に徹底的に日本を破壊してしまい、「失われた十年」ですんだかも知れないところを「失われた二十年」を確実にしたし、これから先も日本が本の活気を取り戻せるかどうか分からない。
 小泉、竹中は国民にとって一番大事な安心感と希望を奪った。
 老人、障害者から安心感を奪い、と言うことは若い世代の人間にも「我々が老人や障害者になったらあんな冷たい扱いを受けるのか」という不安感を植え付け、正規社員の数を減らし、非正規社員、派遣社員の数を増やし、若者たちから頑張れば将来は良くなるという希望を奪った。今日は配本会社、あしたは機械の組み立て工場、と派遣会社の都合で回されて行けば、何一つ確実な技術を身につけることが出来ない。
 ある大手の労働者派遣会社の年間売上高は3000億円を超える。
 その金は、本来、労働者が受取るべき金である。
 派遣会社とは聞こえがよいが、昔やくざが港湾労働者相手に行っていたピンハネ行為と何一つ変わらない。
 しかも、その大手の派遣会社が外国の会社である。
 日本の労働者の給料が外国人によってピンハネされ外国に持出されているのだ。
 小泉、竹中、のしたことを見て、「一つの国を壊すのに5年もあれば十分なのか」と私は、深く驚いた。
 私は、山林が危機状態にあると書いたが、山林が危機状態になったのは日本人の心が危機に陥っているからだ。
 国土の姿は、その国の人々の心の写し絵だ。今の日本人の心は荒廃し自信を失い、沈みきっているように思える。

 松茸一本手にして、この国を憂うる私は単なる鬱病患者なのだろうか。


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