雁屋哲の今日もまた

2008-12-20

若い男たちよ

 これを書くと、「茶髪・金髪」の時のような反撥を招くと思うのだが、書かずにはいられない。

 何かと言うと、最近の日本の若い男どもは、私達の年代の男から見ると非常に下品だ。
 それは、自分と同年代あるいは年の若い女性を掴まえて「おまえ」と呼び、あるいはその姓、例えば私なら「戸塚」と呼び捨てにすることだ。
 私達の世代の人間(1960年代から70年代にかけて青春を過ごしてきた者)は、女性を非常に大事にし(祟めるほどまでに)、傷つけてはならない尊い存在として受け止めてきた。
 今の30代以下の人間の女性に対する下品さがとても信じられない。

 どうして、自分と同年代あるいは若い歳の女性に対して「おまえ」などと乱暴な呼び方をするのか。
 あるいは、姓だけを呼び捨てにするのか。
 そう言うことは、男同士の世界ではあり得ても、女性相手にしてはならないことではなかったか。

 私は、今流行の「ウーマン・リブ」も、うさんくさいと思っている。
 女権論を厳しく称える女性が、まるで男性その物の恰好と口の利き方をするからだ。
 それなら、女も男になればすむことなのか、と問いただしたくなるのである。
 男みたいな乱暴な口調で、女の権利を主張するのが「ウーマン・リブ」の論者である。
 それは、違うだろう。
 それは、女性の尊厳を返って傷つける物ではないのか。女性は弱くもなく男より価値の低い存在でもない。

 聞いていると、「ウーマン・リブ」論者は、最初から、女性を劣った物・弱い者として捉えているようにしか聞こえない。
 だから、女性を解放しろと言う。

 ただし、その、女性解放論は絶対に正しい。
 これまでの人類の歴史で、女性は、いつも男性の下に見られていた。扱いもそうだった。
 旧約聖書を読んで呆れるのは、あのユダヤの神(すなわち、キリスト教の主神)は、女性を物扱いしていることだ。
 ユダヤ教の系譜を引いたキリスト教が女性蔑視の態度を取り続けたのは当然のことである。
 だから、「ウーマン・リブ」運動が西洋のキリスト教社会で起こった必然性がある。

 日本は、本来的に、女性を祟める国だった。
 天照大神は女性だ。
 日本の中心の神は女性であるとみんな認識していた。
 そこに、中国から、もとの仏教から変成した仏教が入って来た。
 もともとの仏教は、釈迦が、悟りを開いて最初に食べたヨーグルト風の物をくれたのが女性であることから、女性に対する差別は無かった。
 さらに、儒教も入って来た。道教も入って来た。
 中国風変成仏教、儒教、道教、神道が入り交じって、日本はおかしな事になった。

 もともと、女性の生理時の出血は非常に不思議な物だった。
 生理学や、医学生物学を知らない野蛮人にとって、女性が毎月血を流すことが理解できなかった。
 で、旧約聖書を書いた時代の人間は、生理の時の女性を不浄とみなす事にした。無知の故である。
 人類の、再生産をもたらす女性の眞の意味での聖なる生理を不浄と見なす馬鹿げた考えは、ユダヤだけではなく、他の土地にも存在する。
 どうして出血するのか分からない野蛮人にとって、女性の生理は、しかも毎月起こる、ということは人間にとっての何かの呪いと受け止めやすかったのだろう。血は死につながるからだ。

 旧約聖書の時代から、四千年も五千年も経った現代、女性の生理の理由ははっきりしている。
 けがれ、どころか、我々男性は女性にそのような負担を背負わせていることに感謝するべき時代である。
 女性がそのような苦労を背負ってきてくれたから、今まで人類は生き延びて来られたのである。
 それなのに、日本相撲協会は女性が土俵に上がることを拒否している。こんなに愚かだから、相撲人気ががっくりと落ち込むのも当然だ。(外人の力士ばかりだから相撲人気が落ちたと言うのは間違いだ。相撲協会の愚劣な旧式な態度が原因だ)

 私は、人類の原初は女性だと思っている。
 それは、自分の胸についている乳首を見る度に感じることだ。
 どうして、授乳することもない男の胸に乳首がついているのだ。
 こんなに恥ずかしい物はない。裸になって鏡の前に立つ度にひどく恥ずかしく思う。
 この一事でもって、私は、男は人類として女性の副次的存在であることを認識せざるを得ない。
 副次的であるからこそ、そして、女性が持っていない暴力的な性質を持っているからこそ、男が女に優位に振る舞ってきたのだ。

 もともとの人類の存在の意義を忘れて、男性が女性に暴力的に振る舞うことは、男性が如何に知的に遅れているかを示す物だ。

 誇りを持って言うが、日本の私達の世代は(他の国のことは知らない)、女性に対する感謝と畏敬の念と、そして絶対に対等の観念を抱いていた。対等どころか、崇めていた。

 それが、最近の若い男どもの、あの野蛮さは何だ。
 私は、テレビを見ていて、若い男が、若い女性に「お前」とか、「戸塚」とか姓を呼び捨てにして、言うのを聞く度に、テレビの画面に飛び込んでその男を殺してやろうかと思うのだ。
「お前」と呼んだり、姓を呼び捨てにすることは、その人間に対する尊敬の念を欠いた物である。
(外国のことは知らない。しかし、日本の文化の中ではそうである。日本には敬称という文化がある。
 英語では、誰を相手にしても、youである。しかし、姓で他人を呼ぶときには、Mrとか、Missなどと敬称を付ける。)
 若い男どもよ、自分の母親のことを、姉妹のことを忘れたのか。
 自分の母親、姉妹が粗末に扱われたら、君たちはどうする。
 自分の母親、姉妹が、他の男に「お前」とよばれたり、姓を呼び捨てにされたりして、それで平気でいられるのか。

 女性は、世界の太陽である。
 太陽を曇らせるようなことをするのは、自滅行為だ。
 若い男たちよ。
 まず、言葉遣いから、正してくれ。
(髪の毛の色が、茶色でも、金色でも、黄色でも構わないよ。女性に対する態度だけは、正しく保ってくれたまえ)

雁屋 哲

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