雁屋哲の今日もまた

2008-06-25

「美味しんぼ」の登場人物 中松警部

「美味しんぼ」に警察官が二人出て来る。
 中松警部と、大石警部である。

 そもそも、私は余り警察とは折り合いが良くない。
 私は病気、浪人、留年などを重ねて、大学を出るのに人様より5年遅れたので、東大闘争に間に合った。
 1969年1月本郷の東大に政府が機動隊を導入したときに私は現場にいた。
 闘争服を着てヘルメットをかぶり、楯を持って怒濤のように押し寄せる機動隊は実に恐ろしかった。
 そして、あの催涙ガスだ。
 あれは一旦吸い込んでしまうと、涙鼻水が止まらないだけでなく、あまりの苦しさに思考能力が衰え、方向感覚も失う。
 ただ、逃げなければいけないと焦るだけで、逃げる方向を自分で定めることも出来ない。東大構内をどう逃げたか記憶にない。
 催涙ガスにはハンカチ程度では何の役にも立たない。
 ところが、そこで一学年下の後輩と運良く出会って、後輩が「これを使って下さい」とタオルを貸してくれた。
 これで鼻と口の周りを覆うように包むといくらかは楽になった。
(そのタオルを家に持帰って母に、「後輩が親切に貸してくれた物だからきれいに洗って」と頼んだら、そのタオルを受取って母が怪訝な顔をして言う「これがタオル? 雑巾じゃないの」良く見れば真っ黒に汚れ果てた布きれである。機動隊に追われていたから、どんなタオルか確かめる暇もなかったのだ。後輩は、安田講堂に籠城していて洗濯などする機会がなかったのだろう。その真っ黒に汚れたタオルを見て、余計にその後輩の情けが身にしみた)
 機動隊が、どんな凄まじい破壊力を示したか、当時の記録写真やビデオなど見れば分かるだろう。
 全共闘がいくら頑張っても、ゲバ棒と石ころだけでは、機動隊に敵うわけがない。
 全共闘の砦安田講堂は陥落し、その後全共闘運動は一旦は七十年安保に向けて盛り上がりはしたが、結局衰退していった。
 そんな経験があったし、速度違反で捕まったりするし、私は警察に対して良い感情を抱いていなかった。
 ところが、連れ合いの姉のご亭主、つまり私の義兄の親戚には警察官が何人かいる。
 連れ合いには、姉と義兄の前で警察の悪口を言ってはいけないと固く言い渡されているのだが、ついそれを忘れて、一緒に車に乗っているときに警察官を見かけると、なにか悪口か言いたくなる。それも、かなり口汚い言い方で言う。連れ合いにはそれで何度かこっぴどく叱られた。

 そんな私だから、警察のことを良く書くわけがないのだが、中松警部の場合は違った。
 最初は一回限りの登場人物のつもりだったのだが、花咲アキラさんの描いた中松警部が非常に魅力的だったので、二回、三回と出すうちに、すっかり「美味しんぼ」の常連になってしまった。
 不思議な物で、あんな風に楽しい性格に警察官を描いていくと、私自身の警察官に対する印象も変わってきた。
 時々警察官の不正や、怠慢が大きな問題になると、流石に腹を立てるが、最近は警察官の仕事の重大さ、大変さを理解して、警察官に対して、良い感情を抱くようになった。
 頑張ってくれと応援し励ましたいと思うのだ。(あくまでも普通の警察官の事ね。高級警察官僚とか、昔の特高に似た公安関係はどうも敬遠しますね)
 中松警部は落語に良く登場する典型的な古い型の東京の人間であり、
 乱暴だが、気が優しく、人情にもろく、妻子を大事にする。
 本当にこんな人物がいるわけ無いよな、と思いつつ、一方では、こんな人物が実際にいたら楽しいな、と考えて描いている。
「美味しんぼ」の材料である食べ物や、料理は無限にあるから困らない。
 困るのは、その様な材料を使ってどんな話を作るか、と言う点である。
 時に、その回に活躍させる人間を考えることで話作りが進むことがある。
 そう言う点では中松警部は、私の「美味しんぼ」の話作りに随分役に立って貰った。
 警察官という設定は、色々な事件に関わらせることが出来るので便利である。
 中松警部が常連になって何度も登場すると、何だか実在の人間のような気がしてきて、何か困ったことがあったら、中松警部に相談に行こうなどと、ふと考えたりする。
 こんな風に、自分の作中の登場人物と仲良くなるのも漫画原作者の楽しみの一つなのだ。

雁屋 哲

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