雁屋哲の今日もまた

2020-09-13

 追悼 松井英介先生

松井英介先生が骨髄異形成症候群の為に8月19日逝去された。82歳だった。

心からお悔やみ申しあげます。

私が初めて松井先生とお会いしたのは2013年の4月。

私は、埼玉県に避難していた福島県双葉町長の井戸川克隆さんを訪問した。

「美味しんぼ」で私は福島第一原発事故の問題を取り組んでいた。

その中で、事故当時福島第一原発が存在する双葉町町長の井戸川さんのお話を聞くことは大事だった。

井戸川克隆さんのとなりに松井先生がおられた。

それまで私は松井先生とは一面識もなく、また、失礼ながら先生がどんな方であるかも存じ上げなかった。

(「美味しんぼ」111刊「福島の真実」篇、242ページにその時のことが記録されています)

私は井戸川町長に色々とお話しを伺ったのだが、その話しの流れの中で、松井先生が私に

「福島には何度かいらしているそうですが、体調に変わりはありませんか」

とお尋ねになった。

私は福島をあちこち歩いてまわった。当然放射能の危険性については頭の中にあり、取材中は防護服を着たし、マスクも装着していた。

それなのに、今とはなってはどうしてそんなにいい加減だったのかと自問するのだが、そんな格好をしていたのに、福島を覆っている放射能の影響が自分の体に何か不都合なことを与えているとは全く考えていなかったのだ。

ところが、福島取材を終えてすぐの夕食時に、突然鼻血が流れ始めたのだ。

これは、不思議な感覚で、鼻血が流れるようなこと、例えば鼻を何かにぶつけるとか、そんなことは何も無いのに突然鼻血が流れ出すのだ。痛くもなんともない、何の前触れ的な感覚もなしに突然流れ始める。これは、本当に気持ちの悪い体験だった。

不思議というか不覚というか、私はこの鼻血を放射能に結びつけることを考えつかなかったのだ。

この鼻血と同時に、私は得体の知れない疲労感を覚えるようになっていた。この疲労感は今までに感じたことが無いもので、背骨を誰かにつかまれて地面の底に引きずり込まれるように感じる。

普通の肉体的疲労感とも精神的疲労とも違う。

経験したことのない疲労感に私は苦しんでいたのだ。

だから、松井先生にそう尋ねられて、私は鼻血と疲労感のことを申しあげた。

すると先生は、「やはり」と仰言って、福島では福島第一原発事故の後鼻血を出す人が多い、その疲労感も多くの人を苦しめている、と言われた。

その時私と同行していた福島取材班のカメラマン安井敏雄さんがそれを聞いて驚いて、「僕も鼻血が出るようになりました」と言った。

すると、先達役の斎藤博之さんも「私もそうです、私の場合歯茎からも出血するようになって」と言うではないか。

これには私も驚いた。「ええっ、我々みんな鼻血が出るようになったのか」

それどころか、安井敏雄さんも斎藤博之さんも「ものすごい疲労感で苦しんでいる」と言うではないか。

私たちは福島取材後その日まで会っていなかったので、お互いの体調を知らなかったのだ。

しかし、取材班全員が鼻血と疲労感で苦しんでいたとは驚いたが、その驚きは深刻な物だった。

松井先生は鼻血と疲労感について、他の人の例も上げて医学的に説明して下さった。

私は何事も論理的に考えなければ気が済まない性質なので、松井先生のご説明に完全に納得出来た。

これ以後私が福島の放射能問題を考えるときに、この松井先生に教えて頂いたことが「最初の一歩」となった。

《この鼻血の件を「美味しんぼ」に書いたら、私が「鼻血問題という風評を流して被害を起こした、と批判する人が大勢出て来て、しまいに安倍晋三首相が私を名指しして『風評被害を起こした』と非難した。知性・品性・下劣で、民主主義を破壊し続けて来た上に、2013年のICOで「福島第一原発事故による放射能問題は完全に抑えられている・日本は安全である」と大嘘をつくような、人間としての一切の誠実さを欠いた卑劣で汚穢まみれの男であっても、首相は首相だ、その言葉の影響は大きく、以後、私は様々なところで犯罪者のような扱いを受けるようになった。(現在でも)》

私は福島の放射能問題を考えるときに最初に松井先生に目を開かれたことが大変に大きい。松井先生に私は心から感謝している。

松井英介先生は1938年生まれ。

岐阜大学放射線講座所属。呼吸器病学。肺がんの予防・早期発見・集団検診並びに治療に携わる。厚生労働省肺がんの診断および治療法の開発に関する研究分担者を務めた。現岐阜環境医学研究所及び座禅洞診療所所長。

社会的活動も重ねてこられた。

反核・平和・環境問題に取り組み、空爆・細菌戦などの被害調査や核爆弾使用における「内部被曝」問題にも関わった。

細菌戦調査のため1990年以降中国での調査団に参加し、731部隊細菌戦資料センター共同代表でもある。

2003年全国最大の岐阜市椿洞不法投棄問題発覚、全国研究者たちに呼びかけ調査委員会を結成、地域連合会と一緒に不法廃棄物の撤去、調査活動を行った。

2010年岐阜県羽島市ニチアス・アスベスト問題で現地調査、住民の健康相談会を行い、住民・行政の岐阜県羽島市アスベスト調査委員会委員長を務めた。

2011年3月11日福島第一原発事故後、「内部被曝問題研究会」の設立に関わった。

また双葉町の医療放射線アドバイザーを務めた。

子どもたちをこれ以上被曝させないために、「脱被ばく」を目指し医師や市民たちと「健康ノート」を作成、「乳歯保存ネットワーク」を立ち上げた。

松井英介先生は子どもたちのいのちと健康を守りたい、と願い行動してこられた。

福島第一原発事故では、骨や歯にたまりやすいストムンチウム90の子供への影響を、専門の放射線医学の見地から懸念されて、自然に抜け落ちた乳歯の提供を求める団体「乳歯保存ネットワーク」を他の研究者と2015年に結成した。

その乳歯の放射性物質を分析する民間の測定所を開設し、乳歯の放射能を測定して、内部被曝の可能性を調べて来られた。

2020年8月22日の中日新聞で、測定所の運営に協力する愛知医科大学の市原千博客員教授は次のように言っている。

「調査の結果をもとに、原発事故の影響を世に問おうとする信念を持っていた」

2017年夏、血液データの異常を感じ受診、骨髄異形成症候群と診断される。

血液内科にて治療を続けながら、乳歯中ストロンチウム90を測定する「はは測定所」の設立にかかわる。

2020年8月19日0時30分逝去。

ここに、松井先生が亡くなられる直前に書かれた文章をご遺族のご好意で掲載させて頂く。

ご自分が重篤な骨髄異形成症候群で苦しい思いをしておられる中で、最後まで乳歯中のストロンチウム測定運動を勧めることに努力を続けておられる。

最後の文章が読む者の心を打つ。

松井英介先生有り難うございました。

以下、松井英介先生の文章

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Dear ・・・・・

コロナウイルスの感染拡大により、世界中が大きな試練に立たされています。日常の行き来もままならなくなっています。みなさまはどうお過ごしでしょうか。

2011年3月11日フクシマ大惨事から、間もなく10年が経過しようとしています。

この大惨事をきっかけに、私はみなさんと知り合い、たくさんのことを教えられてきました。とくにスイス・バーゼル研究所のMarkus Zehringer 、 Dr.med.Martin Walterらの支援を受け、乳歯中ストロンチウム90の測定を日本で始めることができたことは、何物にも代えがたい大きな歩みの第一歩です。感謝しています。

しかしいま、私個人はストロンチウム90の影響と思われる病を抱え、闘病中です。その病は、骨髄異形成症候群(MDS myelodysplastic syndrome)です。

この病は、広島・長崎の原爆数年後から被ばく者に見られるようになり増加していましたが、日本で人類が経験した最大最悪の3.11原発事故以降、いま関東圏を中心に日本各地でMDSの患者さんの増加が指摘されています。

進行すれば白血病への移行もありうる難病「MDS」。 米国で開発された「ビダーザ」は、MDSの治療に大きな効果を発揮する、画期的な新薬として注目され、日本新薬では2011年3月に「ビダーザ」を発売しました。

私は2018年1月からビダーザを注射、治療を開始しました。MDSは、その後約2.5年比較的良好な効果が期待できましたが、現在はもはや効果なく、赤血球と血小板を週一回輸血し、血液の状態を整えているところです。最近は免疫力の衰えから高熱が出るなど油断を許さない状態です。

私はMDSや白血病でゆっくり人を殺す人たちを、忘れてはならないし、免罪してはいけないと、自らに言い聞かせています。

そこでお願いです。

私たち「はは測定所」では、バーゼル研究所で研修を受けた仲間を中心に、日々乳歯中ストロンチウム90の測定を進めております。

今後ぜひこの結果を、日本だけのものとせず、スイスをはじめ多くの国と共有し、研究者たちの叡智と力で解析し、世界の未来世代のために生かしていただきたいと望みます。

(加えて遠くない将来、私が命を終えたときは、私の歯と骨も、その取り組みに生かしていただけましたらうれしく思う所存です。)

               2020年8月15日

核のない未来を願って  松井英介

雁屋 哲

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