雁屋哲の今日もまた

2008-05-21

昨日は我が家の記念日

(昨日の続き)
「ミュンヘンの小学生」以後に、子安美智子さんの書かれたシュタイナー教育に関する本を読み、また、NHKで放送されたシュタイナー・スクールの番組も見て、私達は自分たちの子供もシュタイナー・スクールに入れたいと思っていたが、私の子供たちが小学校に入る頃、日本にシュタイナー・スクールは存在しなかったので、最初から諦めていた。
 また、オーストラリアに引っ越したときには、日本の教育制度から、子供を引っぺがすことしか考えておらず、シュタイナー・スクールの事など、頭になかった。
 それが、ひょんな事から、シドニーにグレネオンというシュタイナー・スクールがあることを知り、私と連れ合いは、昂奮して子供を四人とも、グレネオンに入れてしまったのだ。

 ところが、最近、ヨーロッパを中心にして、シュタイナー・スクールに対する批判が強まっている。オーストラリアでも、「シュタイナー・スクールではカルト教育をする」などと言うおかしな風評が流れて、それまで各学年満員で、入学の順番待ちが何人もあったグレネオンも、生徒の数がこの二、三年減ってきて、学校側は困惑している。
 ある日本人が、自分の子供をグレネオンに一旦入れたが、他の日本人から「あんな恐ろしい学校に良く入れたわね」と言われて他の学校に転校させた、と言う話も聞いたことがある。
 他の州でシュタイナー・スクールに子供を入れた母親が「カルト教育をされた」と騒いで、子供をシュタイナー・スクールをやめさせたと言う話が全国的に広まったりした。

 その原因はシュタイナーの思想にある。
 シュタイナーは、「人智学」という学問をうち立て、「神秘学」とか、「霊学」などと言う言葉も使い、霊魂は存在すると言う。
 そのような「神秘思想」をとらえて、シュタイナーの思想はオウムなどのようなカルトであると言う批判が、ヨーロッパで高まっているのである。
 私も、シュタイナーの本を何冊か読んだが、シュタイナーの神秘思想は私には理解しがたい。
 しかし、その理解しがたいと言う意味は、私にとってキリスト教、イスラム教、真言密教、親鸞の思想を理解しがたいのと同じ意味である。
 オウムや、統一協会のように、犯罪的で人間の精神を破壊するカルトを理解しがたい、と言うのと理解のしがたさの質が違う。
 もともと、シュタイナーは子供の頃から熱心なカトリックの信者であり、キリストに見られる聖霊が人間の肉体と一体になったことに、至上の価値を認めている。
 シュタイナーの思想の根は、キリスト教、中でもカトリックの思想にある。

 ユダヤ教と、それを受け継いだキリスト教、イスラム教は、最後の審判の日に、全ての死者は甦って神の前で裁きを受けるという。
 私は、子供の頃にルーテル教会に通わされて、十九歳まで真剣にキリスト教を信じていたことがある。その頃の影響は今でもあって、「最後の審判の日に、お前は裁かれる」という言葉には未だに恐怖を感じる。
 この「最後の審判の日」という言葉は、人間の心に深く食込む言葉だと私は思う。生前の行いによって、最後の審判で、天国に行けたり地獄に落とされたりする。
「最後の審判」という言葉は天国に行けるという至福の思いと、地獄に落とされるという底なしの恐怖を、同時に人間に叩き込む言葉である。
「最後の審判」は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、その三つの宗教が人を動かすところの、最大のゆえんではないか。

 シュタイナーはキリスト教に基礎を置いているが、その「神秘思想」には「最後の審判」のような途方もない恫喝で人を動かそうとするところは一切無い。
 ただ、霊魂とか霊について、見てきたような踏み込んだ意見を述べているところが、普通のキリスト教の教会では教えない所だろうが、基本的にシュタイナーの思想はキリスト教の範囲内にあると私は考える。

 キリスト教の一派を新たに立て、キリスト教のふりをして、立てた教祖を生き神樣のように崇め、金を集め、信者の自由を奪い教祖に従わせたりするどこかのカルトとは別物だ。
 そもそも、「最後の審判の日」などと言う途方もないことを信じる人間が、シュタイナーの思想をカルトと言うこと自体、私から見れば滑稽だ。

 シュタイナーについては、「シドニー子育て記」で一章を立てて語ることにするので、ここでは、この程度で収めておきたい。

 ただ、私自身、子供たちをグレネオンに入れてから初めて、シュタイナーの本を詳しく読んで驚いたことは記しておかなければならない。それ以前のシュタイナー・スクールについての知識は、子安美智子さんの著作と、NHKの番組による物しか持っていなかった。
 だから、入れてしまってから、私と連れあいは話し合って「もし、グレネオンで、霊だの何だの、神秘思想みたいなことを教えるようだったら、すぐにやめさせよう」と決めた。
 私は注意深く子供たちを観察していたし、子供たちから学校でどんなことを勉強しているか、とくに宗教的なことを教えられていないか、話を聞いて確かめもした。
 結果的に、グレネオンでは神秘思想じみたことは一切教えられなかった。
 グレネオンでは、宗教教育をしない決まりになっているのである。これがどうして、カルトになりうるだろうか。

 更に決定的なのは、シュタイナー自身、自分の持つ「人智学」の思想についてさえ「子供たちにドグマ(教義、教説)を教えてはいけない」とはっきり述べていることだ。
 まだ、知的に十分な発達を遂げる前の子供にドグマを教え込むと、子供の精神の自由な発展を妨げるから、と言うのである。
 その考えは、カルトの対極に立つ物だろう。カルトなら、子供たちにドグマを叩き込むのに狂奔している。

 私は、自分の四人の子供をグレネオンで育て上げた経験を元に、今ヨーロッパを中心にして広まっているシュタイナー教育に対する批判は、無知と誤解、悪意に基づく反感、偏見による物だと断じることが出来る。
 保守的で偏狭な人間は、自由で新しい物事に関して本能的な嫌悪を感じるようである。シュタイナー・教育たたきをしている人々はその様な人々であることが多い。

 私は自分の四人の子供をグレネオンに預けて、我が身で確かめたがグレネオンの教育は、子供たちの心をのびのびと豊かにし、創造力を養い、基本的な人間としての倫理観と優しさを育むものだった。
 私は、今「シドニー子育て記」を書いているが、そのために子供たち四人が残した膨大な量のノートを読み返していて、「ああ、良くもこんな素晴らしい教育をしてくれた物だ」と感動しているのである。

 しかし、ここに私達のはまった罠があった。
 余りに素晴らしい学校なので、一旦入れたら、途中で辞めさせるのは勿体無い。おまけに、私には子供が四人いて、長男・長女が卒業しても、まだ次女、次男がいる。
 上の二人だけシュタイナー教育を受けさせておいて、下の二人だけ日本へ連れて帰るのも不公平な話だ。
 そんな訳で、四人ともグレネオンを卒業させなければならないことになり、結果として、ずるずるとシドニーに居続けることになってしまったのである。

 たまたま、昨日、我々のオーストラリア進攻二十周年の日に、次男が大学を卒業した。
 角帽をかぶり、黒いガウンを着て、いつもは締めたこともないネクタイを締めて、卒業式に出た。
 私は、残念ながら、今の状態では外出もままならないので欠席した。
 夜は、私達と仲の良い日本料理店から、お寿司と、料理の取り合わせを取って、次男の卒業と、我が家のオーストラリア進攻二十周年を祝った。

 これで、我が家には学生が一人もいなくなった。
 長男・長女、次女は、既に大学を卒業して働いている。
 こうなると、子供たちは、日本へ帰りづらくなった。
 日本の教育制度からは引き離したかったが、子供たちを日本から引き離すつもりは毛頭なく、日本へ帰ってからより良い人生を送ることが出来るようにと思ってシドニーに来たのだが、グレネオンという罠にはまってしまって、こんな事になってしまった。

 しかし、私は人間地球上のどこに住もうとかまわない、と思っている。私自身、北京に生まれて日本に戻ってきたという事情があるせいか、日本にも、ここが自分の故郷である、とか、ここが自分の根っこの土地である、とか思える場所を持っていない。
 日本にいる時も、いつも根無し草のような気分でいた。
 事の成行で、子供たちが、オーストラリアで暮らすというならそれもかまわない。人間(じんかん)、至る所青山ありだ。
 考えてみれば、四十歳を過ぎてから、二十年日本から離れているような私自身、正に根無し草その物だ。

 私は、横須賀の家を取り壊した。今年、新しい家を建てる。
 来年からは、日本で暮らす時間が長くなるだろう。
 本心から言えば、もう、オーストラリアを撤収して日本に戻りたい。
 日本語でしか書けない物書きとして、残りの人生は日本で物を書いていきたいと思うからだ。

 二、三年のつもりで、うかうかと二十年オーストラリアで過ごしてしまった。
 なんと言うおかしな人生だろう、と最近つくづく考える。

 その私の人生も、オーストラリアで二十年過ごして、そろそろ別の局面に入ろうとしている。

雁屋 哲

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