雁屋哲の今日もまた

2017-04-21

斎藤博之さんを悼む

斎藤博之さんを悼む

 

「美味しんぼ」第100巻の「日本全県味巡り、青森県編」と、第111巻の「福島の真実」の取材に大きな力を貸して下さった斎藤博之さんが亡くなられた。

56歳、脳梗塞でした。

 

斎藤さんは民俗学者として青森県を中心にして東北の民俗学的歴史をきめ細かく、調査し記録し続けていました。

斎藤さんの頭脳は私のような人間からは驚異としか言いようのないもので、青森県全県の民俗的歴史は残らず調べ上げていて、私が車で通りかかったそれまで私には知ることもなかった小さな村落の、普通の人間なら心にとめることもないだろうと思われるものについて、私のような変わり者は思わず興味をひかれ「あれは、何ですか」と尋ねると、間髪を入れず「ああ、あれは、これこれ、なになにです」と実に詳しい説明をしてくれるのです。

その調査能力、記憶力、説明の論理の筋道がきちんと通っていて強靱なこと、青森県を取材して回る間に私は心底感服しました。

記憶力について言えば、斎藤さんはマルクスの「資本論」を全巻、隅から隅まで頭の中に叩き込んでいるのです。

あるとき、私は、マルクスが引用した、フランスのルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人の言葉

(フランス語では「Après moi le déluge」

直訳すると、「私の後に洪水」、これを重々しく「我が亡き後に洪水は来たれ」と訳す人もいる。ポンパドゥール夫人の言葉であれば私なら「私が死んじゃった後なら、洪水でもなんでも来ればいいじゃない」と訳したいところです。しかし日本語訳の「資本論」の有名どころは全て、この言葉を「後は野となれ山となれ」と書いています。意味としてはそれで良いのでしょうが、それでは、ポンパドゥール夫人の言葉のすごみが消えてしまうように私は感じます。この、ポンパドゥール夫人の言葉をそのまま記したものは、私の浅学の限りではペンギンブックの「資本論」だけではないでしょうか)

について私は資本論のどこに書いてあったのか思い出せず、斎藤さんに電話をかけて「どこだっけ」と尋ねると、斎藤さんは「ちょっと待って」といって、3、4分後にすぐ折り返し電話をくれて「あれは、第1部『資本の生産過程』第3篇『絶対的剰余価値の生産』第8章『労働日』、ですよ」と答えてくれたのです。

殆ど即答と言って良いほどで、私はほとほと、斎藤さんの記憶力のすごさに驚嘆しました。

「資本論」についてはほんの一例で、何についても斎藤さんの博覧強記のすごさは人間離れしており、常々私は斎藤さんに「斎藤さんの頭脳は宝物なんだから、絶対に体は大事にしてよ」といい続けて来ました。

 

しかし、斎藤さんは福島取材の後体調を壊しました。

私達の取材に先立っての取材、中間での取材などで、合計100日間以上福島に滞在しました。

それが影響したと本人は考えています。

斎藤さんのホームページ(2013年7月14日「わたしにも被曝の症状」)を引用します。

おととしの秋からことしの春にかけて、通算すれば100日を越える長期にわたって断続的に、福島県の取材をしてきました。現在、雑誌に連載されている漫画『美味しんぼ』の「福島県の真実」の案内をするためです。この取材から帰って暫らくすると、鼻血が止まらなくなるという事態に陥りました。

これは病院で止血剤をもらって止めましたが、「原因はわからない」と言われました。傷があるわけではなく、毛細血管が破れているらしいのです。わたしは高血圧なので、そのせいかと思って心配しましたが、医師のいわく、『もしも血圧が高くて血管が破れるとしても、その場所はここではない』と。薬でとりあえず止めたものの、湯に浸かったり、酒を飲んだりすれば、またとめどなく血が噴き出します。

さらに、ものすごく疲れが溜まって、体温が高いわけでもないのに躰が熱っぽく、考えることに集中できず、気力が失せて、睡眠時間は十分に足りているはずなのに一日中眠気を抑えることができず、取材などでわずかの時間でも外に出かけようものなら、数日は横になっていなければならないような状態でした。つい数日前までは、こんな按配だったのですが、いまは一日のうち数時間は起き上がって原稿を書いています。」

 

この鼻血と異常な疲労感は私が体験したものと全く同じです。更に、斎藤さんは書きます。

先日、福島県双葉町から埼玉県に避難しておられる方々のところへ取材に伺ったとき、放射線被曝の治療について研究しておられる専門家の方に、偶然お会いできました。たまたま雑談しているときに鼻血が止まらない話をしたら、『少し仕事をすれば疲れるということがないか』とお訊ねになるのです。まさにそのとおりなのだという説明をすると、ここに避難しておられる双葉町の方にも、そういう症状の方がおられる、ということです。福島県から避難されたのはおととしなのですが、このていどの日数を経ても、なお症状は残っている、のだそうです。病院では『原因はわからない』と言われた私の症状も、どうも被曝の典型的な症状らしいです。

いっしょに取材をしたメンバーの何人かも、わたしと同じような症状に陥りました。わたしたちに共通することは、原発事故の影響で、多少は放射線量の高くなっている地域で取材した、ということだけです。明らかに被曝の影響だと考えられるでしょう。言っておきますが、わたしが取材した場所は、原子力発電所の敷地の中などではなく、原発の立地地域でもなく、何の制限もなく人びとが普通に暮らしている場所でした。

μSv/hを超える地域に短時間(数時間)滞在したことはありますが、ほとんどはこれを下回る場所でした。しかし、国が制限を設けていないこれらの地域も、本来は危険だとされている線量(0.14μSv/h以上)なのです。もちろん、同じ環境でもすべて

の人に同じように症状が現われるわけでもないでしょうし、福島県の各地も次第に線量は低下する傾向を示しています。」

 

この双葉町の方というのは、福島第一原発事故当時双葉町の町長だった、井戸川克隆さんであり、放射線被曝治療についての専門家は、岐阜 環境医学研究所所長の松井英介先生です。(「美味しんぼ」第111巻342ページ参照)

私は、埼玉に避難している双葉町の方々の取材のために行ったのですが、そこに斎藤さんも来て下さっていて、私が井戸川元町長に「福島の取材後、鼻血が出るようになり、経験したことの無い疲労感を感じるようにもなった」といったところ、斎藤さんが驚いて「雁屋さんもなの。僕もそうだったんだよ」と言いました。

いつも取材に同行しているカメラマンにも「僕もですよ」と言われて私は「なんと言うことだ」と驚きましたが、このことを「美味しんぼ」に書いた所、安倍晋三首相まで出て来て風評被害だと言って非難しました。

私の鼻血問題については、私をバッシングした人達に対する反論の本も発行し、このページでも語っているので、ここまでにします

 

斎藤さんはこの後体調が回復せず、この2年ほどは毎日の食事にも気を使い、かつて私が「胃袋魔神」というあだ名を贈呈した斎藤さんとは別人のごとくに節制して過ごしてきたのですが、高血圧の治療を続けていたにも拘わらず、4月2日に倒れ4月4日に亡くなりました。

 

斎藤さんは私達仲間同士の間では談論風発で威勢が良いのですが、基本的には非常に控え目な性格でお人好しで、私が斎藤さんの大食らいをからかって色々な事言っても、「また、またあ・・」などと言いいながらにやにやしているだけ。

私に対しても誰に対しても斎藤さんが怒った姿は見たことがない。

同時に控えめすぎて、あれだけの知識と見識を持ちながら、在野の民俗学者としての位置を変えませんでした。

今までの学識を本にまとめる所だと聞いていましたが、時間は待ってくれませんでした。

本にまとめておいてくれれば大勢の人の役に立っただろうと思うのに、残念で口惜しいことです。

 

私がそんなことを言っても、斎藤さんは低い柔らか声で「ふ、ふ、ふ、でもねえ雁屋さん、」笑うだけだろうな。

 

以下に、「美味しんぼ」第111巻、「日本全県味巡り、青森県編」の最初の導入部に登場する斎藤さんの姿をコピーして載せます。画面はクリックすると大きくなります。

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ここで、斎藤さんの登場です。

以後、このホームページのソフト、WordPressのどじな設計のせいで、図と文章の間隔が開いてしまいます。下書きの時はキチンしているの、実際にホームページに載せるとこうなってしまいます。WordPressはやめなければいけないな。

 

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文字にすると斎藤さんは挑戦的ですが、本当は優しい言い方をします。

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斎藤さんの登場で「日本全県味巡り、青森県編」は開始しました。

私はこの「日本全県味巡り、青森県編」を読んで、斎藤さんを偲びたいと思います。

斎藤さん、お世話になりました。

有り難うございました。

さびしいよ。

雁屋 哲

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