雁屋哲の今日もまた

2014-01-19

野生動物

いつも不思議に思うのだが、野生動物の死骸という物を滅多にと言うより殆ど見たことがないことだ。

野生動物と言っても、テレビ番組などで見るアフリカやオーストラリアの広大な自然の中での話ではない。

自分の家の周りの小動物でも同じことだ。

私の家の周りには鳶が多数棲息していて、時に私の家の周りの上空を恐ろしいくらいの数の鳶が飛び回る。

葉山に何故かコロッケで有名になった肉屋があって、観光客なども買いに来る。観光客は買うと、そのまま歩きながら食べる。

そこを、鳶が襲って来る。音もなく飛んで来るから、人間は気づかない。風が吹いてきたような気がした瞬間、鳶がコロッケをさらって飛びさるのだ。

肉屋の前には「鳶に注意」という看板が出ている。

そんなに、私の家の近くには多数棲息して活躍しているのに、その鳶の死骸を見たことがない。

雀も、リスも、カラスも、普段その存在を私達に見せている動物たちの死骸という物は目にすることがない。

アフリカゾウもその死骸を人に見せることが無く、ゾウの墓場という物があって、象は死ぬ時期をさとると、自分でその象の墓場に行って死ぬと言われている。

だれかが、その象の墓場を発見して、大量の象牙を手に入れたという話を何かで読んだような記憶がある。

それほど、野生の動物は、死んだ姿を見せない。

他の動物が食べてしまうからだという人がいるが、それなら骨くらい残っているはずだろうに、その骨すら見かけない。

不思議なことだ。

 

家畜はそうではない。自分で飼っていた猫や犬に死なれてその後始末をした経験のある人は大勢いるだろう。

家畜は人に飼われていて、生活の全てを人に頼っているから仕方がないのだ。

それにしても、犬でさえ野生を持っている。

どんなに弱っても、弱った姿を見せない。

もっとも、私の家のラブラドールの場合17歳過ぎまで生きたので(ラブラドールの平均寿命は12才程度とされている)、最後は自力で階段上り下りが出来ず、娘が抱えて階段を上り下りしていた。

オーストラリアでは、歳を取った犬や猫が体の自由がきかなくなると、もうこれ以上生かして置いては返って残酷だとして、安楽死をさせる。

獣医をしている次女によると、オーストラリアの飼い犬、飼い猫の場合殆ど全てが安楽死をさせるという。

自分の犬の面倒を見たいばかりに獣医になるくらいの動物好きの次女にとって、その仕事が獣医として一番厭だという。

そのラブラドールでさえ、安楽死させる前にステーキを与えたら、200グラム以上あるステーキをぺろりと食べた。

 

オーストラリアの野生の犬ディンゴとジャーマンセパードの混血の犬は、突然食べなくなったので、いつも大食らいの犬なのに、おかしいと思って次女の務める動物病院に連れて行って検査をしたら、肝臓がんで、あと数日の命だという。

それでも、その犬はその日まで、元気そうで物も食べるし、いきなりあと数日の命と言われたときには本当に驚いた。

 

犬でさえ、最後まで弱みを見せないのである。

家畜でない野生の動物が、自分の死骸を見せないのは当然と言うことなのか。

 

私は今までに自分の体調について、愚痴っぽいことを散々言ってきたが、野生動物が自分の死骸を見せないことの不思議さを考えているうちに、生と死を平然と渡っていく彼らの潔さに、改めて深く思いを致した。

私は彼らの潔さを見習おうと心に決めた。

今後私は自分の心身の具合の悪さは連れ合いと医者以外には語らない。

最後まで人に弱みを見せずに生きて行こう。

だから、突然私が死んでも、驚かないでね。

雁屋 哲

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