雁屋哲の今日もまた

2011-11-05

ご無沙汰しました

このページにも大変ご無沙汰してしまった。
それには訳がある。
私は、現在「美味しんぼ」の「被災地・めげない人々」篇を書いている。
私が原稿を書き始めたのは七月で連載は九月から始まった。
現在私の原稿は第八回まで進んでいて、あと一回で被災地篇は終了する。
この原稿を書くことが今の私からほとんどの気力を奪ってしまっているのである。
五月の末から六月の頭までの被災地巡りは、四泊五日だったが、私の人生の中であれほどの思いをしたことはない。
九月十七日発売の「ビッグ・コミック・スピリッツ」で被災地篇の連載が始まったが、その号のスピリッツ誌の巻頭に、私が気仙沼港で、取材していた時の写真が載っている。
右前方に焼け焦げた船が岸壁に停泊している。
その岸壁は無残に破壊されて、コンクリートのかたまりが散乱している。私はその焼け焦げになった船の写真を撮ろうと、近寄っているところである。
撮影した安井敏雄カメラマンのご好意で、掲載する。


(クリックすると大きくなります。)

その私の姿は、左手で杖をつき、右手にカメラを提げ、頭が少し前屈みになっている。
自分で見ても、何とひどくうちひしがれた樣子だろうと思う。
後ろ姿だから、余計に惨めに見えるのだが、私の心の中はもっと悲惨だった。
どうして、こんなことが起こったのか。
どうして、こんなひどい目に人々は会わなければならなかったのか。
あまりに理不尽ではないか。そんな思いと、こみ上げてくる悲哀に堪えかねて、あんな姿になった。

そのときの辛さが原稿を書いていると、よみがえってくるのだ。

「美味しんぼ」の中の登場人物の一人に、アメリカ人で落語家の「快楽亭ブラック」という男がいるが、その本人とは関係なく、実際に明治時代に「快楽亭ブラック」という、オーストラリア出身のイギリス人の落語家がいた。彼は、裕福な商人の家の出だが、落語にこってしまって、最初の外国人落語家になった。
家族にとって、日本の芸人になるとはとんでもないことで、家族から縁を切られたが、それでも、落語家を続けた。結構人気があったようだが、「快楽亭ブラック」の一番の功績は、当時の落語家の口演を録音して残したことだろう。
「快楽亭ブラック」自身の口演も残っている。
彼のおかげで、明治時代の落語家の落語がどんな物だったのか、実際の声で聞くことが出来る。
ついでに言うと、「快楽亭ブラック」の妹は、福沢諭吉の子供たちの英会話の家庭教師だった。

オーストラリア人で日本での生活が長い、イアン・マッカーサー氏が、二十年以上前に、その「快楽亭ブラック」についての本を書いた。
その「快楽亭ブラック」の名前が私の漫画の登場人物に使われていると知って、イアンは驚いた。
まさか、「快楽亭ブラック」が漫画の登場人物として出現するとは思っていなかったらしい。
それが縁で、イアンとは仲良くなった。
数年前、イアンは長年住んだ日本を離れてシドニーに帰ってきた。
イアンはジャーナリストとして活躍しているが、先月日豪協会主催のトークショーに一緒に出てくれと頼まれた。
「快楽亭ブラック」と日本の漫画文化についてイアンと私が話をするのである。
日本人、オーストラリア人合わせて百名ほどのお客が集まった。
「快楽亭ブラック」の件は、まだ知らない人が多く、特にオーストラリア人の興味を引いた。
「快楽亭ブラック」の話までは快調に進み、お客さんたちもオーストラリア人の落語家がいたなどと言うことを初めて聞く人が圧倒的で、みんな熱心に楽しそうに聞いてくれていた。
しかし、イアンが、話を日本の漫画文化に振り、そのまま私の漫画の紹介から、私の漫画で取り上げてきた話題の方に移っていくと、しばらくは良かったのだが、現在私はなにを書いているのかと聞かれてから、おかしくなった。私自身がおかしくなったのである。
当然、東北大震災の話をしなければならず、実際に被災地を巡って、以前に会った人達が今どうしているかそれを確かめに行った時のことを漫画に書いていると説明し、ついでに、自分で見てきた被災地の樣子を話し始めたら、突然胸の底から突き上げる物があって、危うく泣き出しそうになった。おかげで、ただでさえひどい私の英語が、自分でも訳の分からないしどろもどろのものになってしまい、会場のお客に謝って、あわてて、話題を切り替えた。

私が被災地へ行ったのは震災のあと二ヶ月半近く経ったあとで、大きながれきは市街地から取り除かれて、廃棄物置き場に山と積まれていた。
あとで、被災翌日の写真を気仙沼の方から見せて頂いたが、我々が見た物は被災した直後の本当に無残な姿ではないことを思い知らされた。
それだけ片付けられていても、いや、ある程度片付けられていて、人の姿が殆ど見えない状態のところを見て回ったから、完全な破壊という物は地上の全てを無に帰する物なのだと言うことが実感として激しく迫って来たのである。
その被災地に立ったとき私を包み込んだ悲哀と喪失感。
私の周辺の廃墟から、私に向かってわーっと押し寄せてくる不可思議な圧力。
そういうものが、原稿を書いたり、人に話し始めたりすると、自分でも思いもよらない厳しさで、私の内部で私を突き上げてきて、私自身、冒頭に載せた写真のようになってしまうのである。

そんな訳で、このブログにも取りかかろうとすると、へなへなと気持ちが萎えて、何も書けないまま今日まで来てしまった。
ちょっと気分転換になるかと思って、七日に放映されるNHKのクローズアップ・現代に出て、畜産業について話をしたが、私の持ち時間は六分しか無く、言いたいことの百分の一も言えず欲求不満の固まりになって帰ってきた。
しかし、こうして、ご無沙汰の言い訳が書けたのだから、気分転換の役には立ったようだ。
十日に被災地篇の最終回を書き上げる。
それが終われば、もっと、このブログに書き込むことが出来る。

ただ、十二日から一週間福島県に行くので、その間もちょっとブログの更改は難しい。
福島には「美味しんぼ」の取材で一度も行っていないことは以前に書いたとおりだ。
この状態になって行くのは遅すぎるとも思うが、今こそ福島の実態を伝えたいと思う。
厳しい取材になるだろう。

福島から帰ってきてからではあまりに遅いので、今の内に長いご無沙汰のお詫びをしておきます。

雁屋 哲

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シドニー子育て記 シュタイナー教育との出会い
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