雁屋哲の今日もまた

2010-10-02

友達は古いほどよい

24日に、旧友三人が我が家に来た。
「あ」と「み」の二人は電通の同期入社、「た」君は「あ」の高校の同級生。
1969年以来からのつきあいである。
「あ」は私の随筆を読んで下さっている方は、「あ、あの『あ』さんですね。」言うほど、私の随筆に良く登場する。
「あ」は「鍋奉行」を通り越して「鍋閻魔大王」である。
鍋に関しては絶対に自分が支配しなければ気の済まない男だが、今回、みんなと話していて、他の面でも「あ」は絶対に自分の思い通りに周囲を振り回す、と言うことで意見が一致した。
「た」君は、「美味しんぼ」の焼酎編にも登場して貰った。焼酎の取材について来て貰ったのである。
酒や食べ物に対する感覚は鋭いので、酒、焼酎の評価について頼りにしている。
「あ」が何処かに下宿していた頃、我々全員で酒を飲んで「あ」の下宿に行って、腹が減った、何か食べるものはないか、ということになった。
「あ」は誰かから貰った素麺を一箱持っていたが、肝心の素麺を茹る鍋がない。
すると、「た」君が、ヤカンを鍋代わりにして素麺をゆでた。
その、ヤカン素麺を、いまだに我々は思い出しては大笑いする。
見た目豪快だが、実に繊細で心優しく、数年前、新橋の路上で余りに無礼な男に自転車をぶつけられそうになったので、私はかっとなってその男を殴り倒してやろうと思ったが、私のその気配を察して「た」君は、巧みに私とその男の間に自分の体を入れて、私がその男を殴るのを邪魔をする。
さんざん罵って、その男を解放してやったが、そのあと「た」君に、「もう、二度と外で喧嘩などしないでくれ」と懇々と説教された。
「み」は、実は大学の同人雑誌の仲間で、電通に入ってから相手もいるのに気がついて、「あれれ、なんだ、お前もかよ」と互いに驚いた。
私は東大の文化系の人間を高く評価しないが、「み」は別格である。
「み」は東大の仏文を出ている。フランス文学や哲学のことに通じているのは当然だが、元々生まれつき頭が良いのだろう、こういう人間を「地頭(じあたま)がよい」というが、何でも良く知っている。
我々の間に難しい問題が起きたときには必ず「みーちゃんに聞け」と言うことになっている。
なにせ、フランス哲学から芸能界の話題まで何でも知らないことはないし、学生運動で鍛えた策士だから、われわれがどうしたら良いか困っていることも、快刀乱麻解決してくれる。我々に取っての諸葛孔明、軍師である。
それなのに本人はいつも、にこにこ、へら、へら、と笑い、その頭の中に恐ろしく切れる頭脳が隠れていることを人に感づかせない。
「み」のただ一つの欠点は、私の学生時代、あるいは電通時代のでたらめ話をデッチ上げることで、私と「み」とでは仲間内の信頼が違うから、いつも私は「み」の言うような乱暴な人間になってしまう。
こう言うことがありながら、40年以上つきあっていると、もはや兄弟以上で、何かことがあるとさっと集る。有り難い仲間である。
いつもは、夫婦同伴なのだが、今回は、私の連れ合いが老犬介護のために10月半ば過ぎになるまでこられないので、男だけ四人の集まりになった。
男だけの集まりというのはいい物で、互いの連れ合いがいては遠慮して話せないようなことも、わいわい言い合える。
「たまには、女抜きの会もいいな。これからたびたびやろうぜ」と言い合ったが、次の回は見ていろ、必ず、連れ合いも一緒にと言い出す奴ばかりだと思う。
どうも、情けなくなったなあ。

26日は、田園調布小学校六年二組の仲間が、我が家でバーベキュー大会を開催した。
12時から始めて、18時すぎまで、徹底的に食べまくった。
私たちが田園調布小学校を卒業したのは1956年である。
つきあいが始まったのは、当然それ以前の小学校一年の時からだから、考えてみれば、一番古い友人とは60年以上のつきあいになる。
それぞれ、60歳半ばを越え、運の良い人間は年金など貰っているようだが、私のようにまだ働かなくては家族を養えない人間もいる。
嬉しかったのは、「ことり映画社」の3人が集ったことである。
ことり映画社とは、「こ」君、戸塚(私の本名)、「り」君、の3人で作った映画社である。
映画社とは実は名ばかりで、紙芝居会社である。
語呂がよいので、それぞれの名前の頭文字を取って付けた。

「り」君は体は大きいのに、繊細で、恥ずかしがり屋で、すぐに顔を赤らめる、純情派で、暴力とはまるで無縁な優しい人間で、みんなに「さいぼう、さいぼう」と愛され続けている。(なまえが、さい、から始まるからである)

さて、その「ことり映画社」であるが、授業時間に私が話の筋を作り、「り」君に渡す。「り」君はそれを、紙芝居に仕立てる。私が、「り」君の作った紙芝居の紙の後ろにセリフを新たに書く。
休み時間になると、級友を集めて、「こ」君が、紙芝居を演じる。
「こ」君は、三年生の時に、浪花節の、広沢虎三の「石松代参」のレコードを貸してくれて二人で浪花節を研究した仲だ。
実に、紙芝居のセリフを演劇的に、ドラマティックに読むのが上手い。
今でも忘れられないのが「紅の塔」という、横長の紙芝居で、当時シネマスコープが流行り始めたころで、「さいぼう」は「ことりスコープ」と名付け実に堂々たる紙芝居を作り、「さいぼう」の絵と「こ」君の名調子のおかげで、同級生たちのご愛顧を大いに頂いた。
バーベキューを食べながら、私は、「こ」君と「さいぼう」に、「結局、僕は子供の頃から漫画の原作者になるように決まっていたのかなあ」といって笑われた。
それも、喜んだ笑いだった。

大酒飲みの「ほ」君は、私の貴重な「富乃宝山」を「これは水だよ」と言ってがぶがぶ飲み続ける。
そのうちに、半眼になって、何か訳の分からないお経のような物をうなりだした。
みんな、首をひねった、あれは一体何だ。
普通の歌じゃない、ご詠歌でもない、お経だろうか。最近の新興宗教のお経には、こんな物もあるかも知れない、しかし、民謡ではないということは民謡に詳しい「こ」君が判定してくれた。
そのうちに、カラオケキングの「みや」君が、「これは、岸洋子の歌だよ」といった。その気になって聞いていると、「恋はすてきね」とか「恋なんて」
などと言う言葉が入っている。
まさに、岸洋子の「恋心」だ。これには驚いた。
流石は「みや」君だが、それにしても「ほ」君の歌はとても「恋心」と思えず、どこかの未開の土地の部族の雨乞いの歌なのではないかと思った。
すると、効果覿面。
それまで晴れていた空が曇り始め、ぽつり、ぽつり、と降り始めてきたではないか、
まあ、その雨も、ぽつり、ぽつりで終わってしまって、バーベキューは無事終了した。

バーベキューなんて、ただ、食べてはおしゃべりをするだけで、何一つ建設的なことをするわけではない。
まあ、これが知り合って間もない人とならともかく、知り合って50年以上経つ人間たちばかりだから、同じような話を繰返すだけで、それで飽きないし、最高に楽しいのだ。

この、最近の二度の集まりを振り返って、つくづく良い友達を持ったと言う幸せを私は感じた。
友達は古いほどよい、私達はこの友人関係を更に長く続けるように努力するぞ。

雁屋 哲

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