雁屋哲の今日もまた

2009-12-05

共和国の友人たち2

 11月29日に、共和国(北朝鮮)の友人たち四人が遊びに来てくれた。
 前回、東京第三朝鮮初級学校の「日朝友好フェスタ」に招いてくれた「ち」さんと、三十代後半の男性「ちB」さん、と三十代の女性「ちC」さん、(「ちB」さん、だの「ちC」さんだのと、読みづらいが、朝鮮・韓国系の苗字は数が少なく、発音の最初が似ているものが多いので仕方がないのだ)、そして、70歳の「ほ」先生。
「ほ」先生は、大変に素晴らしい画家で、今回先生のお描きになった絵本と、来年のポスターを頂戴した。
ハングルで書かれているので、私には内容が良く分からないが、少し韓国語を勉強した姉に寄れば、絵だけではなく内容も大変に面白い絵本だそうだ。

 この辺で、どうして私が共和国(北朝鮮)の友人を求めているか、その真意をきちんとまとめておく必要があるだろう。

 私の思想の最初の大前提として、ソ連、中国、北朝鮮、型のマルクス・レーニン・スターリン主義の社会のあり方には一切の共感を抱かない。と言うより、反感を抱く。
 その理由は、ソ連、中国、北朝鮮型の社会は個人の自由を一切認めないし、共産党の幹部とそれ以外の一般人民との間に封建的とさえ言える、差別的な構造を作り上げて、正そうとしないからだ。
 最近の中国の報道規制の樣子など、戦前の日本にそっくり同じだ。発言の自由だけでなく、頭の中で何を考えているかまで規制する。
 それは、敗戦前の日本と同じで、思想まで国家が統制し、国家の要求するような物の考え方をしないと罪人として処罰される仕組みになっている。
 ソ連で、スターリンが死ぬまで秘密警察の実権を握っていたベリアという人間がいたが、彼の行ったことは、と言うよりスターリンの意志は、今は何もしていなくてもこれから先自分(スターリンの支配体制)に反感を抱く可能性のある人間は、まだ反感を示さない前から罪人として処罰(流刑に処する。最悪の場合、これがもっとも一般的だったようだが、死刑に処する)すると言う物だった。今の中国政府の言論統制とたいした変わりはない。

 私は、大学生の時に、マルクス・エンゲルスの著作を読んで、その「共産党宣言」や「ドイツ・イデオロギー」などには大いに心を惹かれた。マルクス・エンゲルスによる、資本主義社会の分析は見事なものだと今でも思う。
 しかし、マルクスの政治思想は読めば読むほど「冗談じゃない」と思った。

 極めて単純に要約すると(ソ連型社会主義国家の変遷の記憶が私の頭にあるので、この要約はその記憶によってゆがめられていることをお断りしておく)、共産主義社会を作るためには、第1段階としてプロレタリアートによる暴力革命で、ブルジョワ支配者から政治権力を奪取し、労働者階級によるプロレタリアート独裁の社会を作る。(この段階では、まだ「社会主義」)
 それが進むにつれて、生産力と人々の道徳が高度に発展し、個人が完全に解放されていく。
 個人が解放されると、国家による支配は必要がなくなり、自主的な組織が社会を管理し、個人への生産物の分配は、各人の必要に応じて行われ、平等な社会が実現する。これが、第2段階としての眞の共産主義社会であり、この段階になると「国家は死滅する」という。
 権力者はいなくなると言うのである。

 ソ連、東ドイツ型の社会主義国家は、最後までその第1段階にとどまった。(いや、プロレタリアート独裁どころか、スターリンなどの個人崇拝、共産党官僚による独裁の社会だった。)第2段階にまで進んだ社会主義国家はいまだに存在しない。(キューバはその中でも優れているが、しかし、共産主義社会の建設を達成したとは言えない)

 私は、ちょうど、マルクスを読んだのが1960年以後で、ソ連を始め、あちこちのいわゆる社会主義国の破綻が目につき始めたころだった。
 国家が死滅するどころか、社会主義国家の権力者の独裁的な樣相がどこからどう見ても露わになっていた。
 私は、「一旦権力を握った人間が、その権力を他の人間に引渡すわけがない」という極めて単純な人間関係の理解からして、当時の社会主義国家の支配者たちがいわゆる人民に自分たちの権力を移譲するはずがないと思った。
 大体、ソ連にしても、中国にしても、その支配者たちは自分たち以前に権力を持っていた人間を殺して代わりに自分たちが権力を握った連中である。そのような人間が、突然他の人間に民主的に振る舞い、しまいには、権力を手放す訳があろうか。天使や無垢な赤ん坊のような人間に世の中が動かされているのなら、そう言うことも起こりうるだろうが、そもそもそんな人間ばかりなら有史以来の人間社会に悲劇など起こりうるはずはないのだ。
 国家の死滅、などと言うのは、単なる夢想か悪い冗談に過ぎない、と私は思った。
 だから、人民のためになどと言っている、ソ連、中国、北朝鮮の指導者たちは自分の権力の維持しか考えられるはずはないと確信した。

 私がその確信を強めたのは、なんと、政治的な文書ではなく、物理学の教科書によってだった。
 私は大學で量子力学を学んだ。しかし、私の頭の構造は量子力学を学ぶにはお粗末な出来だった。
 その頃(1960年代後半)、量子力学を学ぶ学生に人気のあったのは、当時のソ連の、ランダウとリフシッツの共著による「量子力学」という本だった。
 この本は今読んでみても、極めて、クールで無駄なく書かれている。
 と言うことは、非常に抽象的で、私のように具体的な取っかかりの無いと物事をつかめない人間にとっては、つるつる滑る石けんを掴むような感じの本だった。
 それに比べて、おなじ当時のソ連の学者、シュポルスキーの「原子物理学」は具体的で実際的な図やデータが載っていて、しかもくどくどと親切に説いてくれて、私のように頭の鈍い人間にも理解が容易で非常に重宝した。
 ただ、シュポルスキーの本を読んでいて驚いたのは、突然「このようなことを解明できたのは偉大なる同志スターリンの指導によるものである」という文章が何度も現れることである。(この文章は正確ではない。ただ、そのような内容の文章が、「原子物理学」の本の中に現れたことは事実である)
 私は、これは駄目だ、と思った。
 それ以前に、ソ連ではルイセンコ事件というものがあった。
 ルイセンコは遺伝学者であって、その学説の是非はともかく、(興味のある方は是非調べて下さい。政治と学問の関わり合いの下らなさが、はっきりし、現在の日本の御用学者を理解するのにも非常に役立ちます)、ルイセンコの学説に反するものは共産主義に反するブルジョワ主義者であると批判され、ルイセンコに反対する遺伝学者は何人も処刑されたり、強制収容所に入れられたりした。
 現在、ルイセンコの学説を支持する遺伝学者はいない。
 そんなことがあったからか、シュポルスキーは用心深く、要所要所にスターリンを物理学の最大の理解者、最大の擁護者である、と言う一文を付け加えていたのである。
 それを読んだときの、あのいやな気分を私は忘れることは出来ない。
 端的に言えば、「この野郎、シュポルスキーめ、くうだらないおべっか使いやがって。おめえはそれでも物理学者か。おべんちゃらで権力者に取り入る宮廷芸人か。なぜ、物理のことなど知っているはずのないスターリンが指導してくれたなどと恥ずかしいことを言うんだ。そんなの、スターリンに対する醜い媚びで、命惜しさの浅ましい行いじゃないか」というものだった。
 私が量子力学を理解するのにはこのシュポルスキーという学者の本は役に立ったが、同時に、ソ連という国の正体、そして権力者に媚びを売る学者の醜さまで教えてくれた。

 さて、朝鮮民主主義人民共和国の話だ。
 日本人は、北朝鮮と呼ぶが、朝鮮民主主義人民共和国の人達は、その呼称はいやだというので、「共和国」と呼ぶことにすると、以前のこのページでも書いた。
 私は、共和国を支配する金正日氏の政治姿勢には一切共感を抱かないどころか、真っ向から反対する。
 大体1948年に建国してから60年以上経つというのに、外国から食料援助を得なければ自国民を養えない今の共和国の状態を作り上げたのは誰なのか。
 ビルマで、肝腎の大統領を殺し損なったが当時の韓国の閣僚の多くを殺した爆破事件を起こしたのは誰だったのか。
 日本人に偽装した二人の共和国の人間によって、大韓航空機を爆破して何の罪もない数百人の人間を殺したのは誰だったのか。
 そして、あの日本人の拉致事件だ。
 全く無辜の人間たちを拉致していって、その人たちのみならず、その家族の人生を破壊したのは誰か。(拉致されたのは日本人だけでなく、韓国人もヨーロッパの人間もいるという。)
 すべて、金正日氏が行ったことである。
 ソ連型社会主義国家の指導者の大半は、スターリンを始め、非人道的な独裁者だったが、金正日氏はその非人道的な独裁者の典型だと私は思う。私のように、何事についても他人の決めた規律に従うのがいやな人間は、金正日氏の支配する国家においては三日と命が保たないだろうと思う。

 その、金正日氏の支配下にある共和国の人間と、どうして私は友人になりたいと思うのか。
 それは、次の回に話そう。

雁屋 哲

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