雁屋哲の今日もまた

2020-06-18

お別れホスピタル

週刊ビッグ・コミック・スピリッツに「お別れホスピタル」という漫画が連載されている。

これは、終末病棟を舞台にして繰り広げられる人間ドラマを描いた漫画である。

終末病棟の入院患者は人生の終末を過ごす人々だ。

回復して退院するという事はあまり無い。

ここで死んで行く人達なのだ。

そのような状況での人間ドラマであるから、重い。

読んでいて、やりきれなくなることも多い。人間の真実なまなましく突きつけられると、私などいい加減な生活をしている人間はうろたえる。

実に深い内容なのだ。

現在単行本が4集まで発売されている。

漫画は星の数ほどあるが、読む価値の有る漫画は少ない。この漫画は、滅多にない読む価値の有る漫画だ。

作家の名前は、沖田×華(なんと、Okita Bakkaと読むらしい。実にユニークな筆名だ)

2020年のビッグ・コミック・スピリッツ第28号に掲載されている「お別れホスピタル」は、「特別編 コロナと闘う看護師たち」として急遽コロナウィルスの問題を取り上げている。

私達には想像も出来ない医療従事者たちのこのコロナウィルス災禍の中での生活が生々しく描かれている。

内容を紹介しよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この終末病棟の医療従事者、看護師たちの生活は普段も私達甘ったれた生活をしている人間には想像も出来ない厳しいものである。

そこに、コロナウィルスという災厄が加わると一体どうなるか。

今回はまず、80歳の男性の患者の話で始まる。

その患者はアルツハイマー型認知症で寝たきり。

その患者が突然発熱する。

その患者の息子が2人、8日前に見舞いに来ていることが分かった。しかも、次男はシンガポール帰り、長男は県外の人間で大阪から戻ってきたところで、面会の時に「微熱がある感じ」といっていたことを看護師たちは思い出す。

新型コロナかどうか診断するためには、2020年4月時点では、2つの条件がそろわないとPCR検査の対象にならない。

その2つの条件とは、「37.5℃以上の発熱が4日以上であること」「肺のCT画像で肺炎影があること」であり、この条件が整わない患者はPCR検査が受けられない。

(このPCR検査を受けることが簡単にできないところが、日本のコロナウィルス感染患者数が低いことの秘密であるらしい。韓国のようにできるだけ多くの検査をしていれば、今の感染者数の数倍の値になるといわれている)

コロナ感染の疑いのあるその患者は、院内感染防止のために個室に移動させた。

その個室に入るのは大変である。

部屋に入る看護師、介護士は1日につき各1名のみにしぼる。

防護服は処置後、部屋に設置しているゴミ袋に破棄。ドアの前にはハイターをひたしたシートを設置し、出入りのたびに足元を消毒し、ドアの周りを消毒して退出。

これを、処置のたびに繰返す。防護服を着用するのにどんなに早くしても1回に5分はかかる。1日で計算したら、時間のロスは大変だ。

たった1人、コロナ疑いの患者がいるだけでこんなに大変なのに、指定病院はどうやってスタッフを回してるんだろう、とこの漫画の主人公の看護師、あゆ、は心配する。

この漫画は医療従事者の実態を描いている。

まず、ヘルパー(看護師の手助けをする人)の桜井さんの話が描かれる。

桜井さんは子持ちである。コロナで学校が休みになっているので子供たちがずーっと家にいる。

学童を預かってくれるところはあるが、コロナが怖いから預ける親は少ないし、遊び相手もいないから子供も行きたがらない。

旦那も今仕事がストップしてしまって県外に出稼ぎに行ったまま帰って来ない。

3人いる子供は外に出られないから大騒ぎしている。それを桜井さんは1人で面倒見なければならないから、前日は力尽きて床で寝ていたという。

看護師たちは毎日仕事していて、さらにそれはきつすぎる、とぞーっとなる。

 

あゆの看護学校時代の友人で現在N病院に勤務しているさっちーが訪ねてくる。

さっちーは買い物の包みを沢山持っている。

あゆが、買い物するより休んだ方がいいんじゃないか、というと、あゆに、時間があるなら荷物運ぶの手伝ってもらえる、とたずねる。

あゆが承知すると、さっちーは自分の車で、N病院の駐車場に案内する。

そこには、夜なのに車が何台も駐車している。

さっちーは説明する。

N病院は院内感染が発生して、看護師20人が濃厚接触者になった。

その濃厚接触したが自宅待機できない医療従事者たちの居場所がこの駐車場なのだ。

彼らは、この駐車場に自分の車を停めて、その中で夜を過ごすのだ。

 

「あそこの車にいるのは主任さんで、高齢の両親と同居してたけど、今、家のことはヘルパーに任せてるって」

「あっちの車は同僚で一番仲がいいよ。五歳の子供いるんだけど、心臓疾患があって、旦那に世話たのんで、自分はここにいるんだ。

東京だったら専用のホテルがあるみたいだけど、うちの県にはそんなもんはないでしょ?

こうやって医療従事者が濃厚接触者になったら、どこも受け入れてくれないし、誰にも頼れない。

でも、かぞくにだけは絶対にコロナをうつしたくない。

だから、こうするしかないの」

この駐車場の場面は、すさまじい。

医療従事者がどんなに過酷な状況にあるか、この漫画は全てを語ってくれる。

ホテルでもなく、宿泊施設でもなく、自分の車で病院の駐車場で毎日を暮らさなければならない。

医療従事者たちにきちんとした待遇をしない国、そんな国が我々日本という国なのだ。

さっちーの友人のえりチンさんという看護士が同じ駐車場の車の中にいる。

エリちんさんは子供を家に残して駐車場の車の中で過ごしている。

さっちーは語る、

「実はエリちん、離婚するかも知れないんだよね。

ダンナさんコロナで会社潰れちゃったんだよね。元々仲良くなかったところに無職になって・・・・・今は仕方なく子供と一緒にいるだけで、帰って来ないエリちんのことボロカス言って来るんだって 」

「おまえは子育てを逃げられていいよな」とか、

その言葉に、あゆはおどろく、

「ハァ? 何ソレ!? 息抜きで車中泊してるとでも思ってんの!?」

それに、さっちーが答える。

「つまり・・・、そういうことなんだよね。

病院サイドとフツーの人とのコロナに対する病識のズレっていうか・・・・・・・・・・・・

コロナに関わっていない人は、どこかで大したことじゃないって思ってんだよね・・・」

「私もエリちんも、防護服着て、16時間ぶっ続けで働き続けて・・・

トイレに行くヒマもないから水分もとらないでひたすら動いて・・・

脱水になってボーコー炎になったとしたって、誰も助けてくれない!

なんでみんなナースって病気しないって思ってんだろ?

ウチらもただの人間なのにさ・・・・・・・・」

一週間後・・・

駐車場の車の数は増えている。

さっちーは語る、

「医者も、ヘルパーさんもいるからね(こういう人も、駐車場に寝泊まりするしかない、という医療の現場の悲惨さ)」

「自宅待機中にケンカして、プチ別居したって人もいるし」とさっちーはいう。

さっちーの病棟はずーっと満床ですし詰め。

「4月からはマスクも防護服も消毒して使い回しだし・・・・みんなボロボロの格好で仕事している」

「これって、すごい異常だよね。

看護婦の3Kなんて聞き慣れているけどさー。

それって職場のことだけであって、まさか自分たちがウィルス扱いされるなんて思ってもみなかったよ・・・・

いっとくけど、私、仕事したくない訳じゃないよ。

出来るなら定年まで看護師を続けたい。ただ・・・・願うのは・・・・・

〈安全な環境の下で仕事がしたい〉

それだけなの」

このさっちーの言葉は重い。というか、そんな基本的な環境も看護師に用意されないこの国は一体何なのだ。

エリちんさんの、話が描かれる。

エリちんさんが、車の中から、家に残してきた息子のたっくんと電話をしている。

「ママー (グス)

僕のこと嫌いになったの。パパが僕か病気だから帰って来ないって(ヒック)」

「たっくんのこと嫌いなワケないでしょ・・・・・

ママね、今、悪いばい菌と闘っている途中って言ったでしょう?」

「うん! 凄く強いんでしょ?」

「そう、・・でも・・それが終わったらすぐ帰るから梅ちゃん(猫の名前)といい子にしててくれる?」

「分かった・・梅ちゃんもはやく会いたいって ホラ!!」

猫の声(ニャー、ニャー)

エリちんの独白

「いっぱい我慢させてごめんね・・・」

「ママもたっくんと梅ちゃんを抱っこしたい・・・」

「いますぐあいたいなあ・・・」

 

「誰だって、こんな所にいたくはない。

でも、大事な家族を守るためにそうする他はない」

「医療従事者と言う仕事を選んだ人間の1人として、私達が逃げる訳には行かないから。

見えないところで泣くしかない・・・・」

(ここで、私は、不覚にも泣いてしまった。なんと言う凄い言葉だろう。こんなことをきちんと言える人間を前にして、頭を下げることしかできない私が情け無い)

漫画の最後で、コロナを疑われた患者は、コロナではないと言うことになって大部屋に戻ることが出来た。

あゆ、さっちー、エリちんが、コンピューターの会議ソフトで話し合うところで今回の漫画は終わる。

最後にあゆの言葉が書かれる。

「沢山辛いことを乗り越えてきたから、どんな過酷な状況の中でもーーーーーーーーーーーー

私たち看護師は元気になる方法を知っている。

でも、新型コロナの収束にはこれから数年要すると言われている。

私たちの闘いは、まだはじまったばかりなのだ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

スピリッツのこの28号が発売されたのは、6月8日。

それを今頃紹介するのは遅すぎる。この28号は売り切れてしまっているだろう。

紹介が遅れたのは、コロナウィルスのせいだ。

私はスピリッツを小学館から送って頂いている。

それが、このコロナウィルス騒ぎで、大幅に遅れている。

残念ながら、私が28号を手に入れたのは29号発売される頃だった。

このブログを読んで下さった方が「お別れホスピタル」を読もうと思っても、もう間に合わない。

申し訳ないことです。

どうか、単行本に収録されるのをお待ちください。

セリフを紹介することしか出来なかったのは残念だ。

私はこの漫画を読んで、日本の漫画と言う物の素晴らしさを改めて痛感した。

日本の漫画はどんな題材でも描くことが出来る。

そして漫画で訴えかけるとその訴えが心の深い所にまで力強く届く。

今回の「お別れホスピタル」は、ページ数がわずか20ページだ。

わずか20ページで、ここまで深く心に訴えかけることが出来る。

この内容を、テレビドラマや小説でやって見たらどうなるか。

こんなに上手く伝わらない。

漫画の可能性は限りない、とこの漫画を読んで痛感した。

この漫画は、私に、漫画の世界で生きてくることが出来て大変に幸せだったと思わせてくれた。

 

この「お別れホスピタル」では、毎回、医療従事者の実際の姿が描かれている。

 

今回のコロナヴァイルスの問題でも、感染者数と志望者数が毎日数え上げられ、レストランの営業の件を始めとして、様々な職業の苦境か伝えられるが、医療従事者の実際の姿はなかなか報道されない。

その意味から、今回の「お別れホスピタル」は時宜にかなったものだ。

私は、今回、コロナウィルスとの闘いで医療従事者がどんなに大変な生活を強いられているか、この漫画によって理解することが出来た。

素晴らしい漫画だ、と心から賛辞を呈したい。

沖田×華さんは、毎回難しい題材なのによく頑張っておられる。感服する。

これからも、どんどん良い漫画を書いて下さい。

雁屋 哲

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