雁屋哲の今日もまた

2012-06-07

福島、第3回目の取材

福島報告の2回目を書くのが遅れている内に、3度目の福島取材に入ってしまった。

現在、私は、郡山にいる。

今回の取材は、郡山に拠点を置いて、主に郡山から福島県北部を取材した。

郡山の空間線量は高い。

私達取材班は今回6人で構成されているが、そのうち3人は線量0.12μSv/h以下の所に置いておきたい若い人達である。

(0.12μSv/hで、IAEAの基準、年間1mSv『ミリ・シーベルト』になる)

だが、郡山は、所によって1.0μSv/h以上、さらにはIAEAの基準の10倍を超える空間線量の場所が郡山駅の近辺にある。

私としては、若い人達のことを考えてそのような場所を取材の根拠地にすることをためらったのだが、案内してくれる人の案を受取って、最終的に取材計画を立ててくれたのは取材班の若い人達である。

彼らは、福島県北部をあちこち見て回るためには郡山が一番便利だと言う。

彼らは、どうしても今回の福島取材は完璧に行いたいと、取材を行う本人の私も顔負けの熱い心を抱いている。

私は、彼らの熱心さを有り難いと思った。

同時に、郡山の人達はそのような高い線量の場所で頑張って生きておられるのに、私達がその線量に怯えて郡山に滞在するのをためらっていては、今回の取材の「福島の真実を知る」という眼目から外れてしまう、と考えて、郡山を取材の根拠地にしたのである。

郡山は良いところである。

周辺をあちこち走り回ったが、風景が何とも言えずに良い。

「ああ、これが、日本なんだ」とほれぼれするくらいに気持ちがよい。

人々の気持ちがこれまた素晴らしい。

私は、1963年,1964年の二夏を霊山神社にお世話になって以来福島が大好きで、特に福島の言葉に魅了されてしまっているのだが、今回も福島の行くところ全てで福島に対する私の思い入れを深くしてくれるような多くの人達に出会えた。

郡山でも、楽しい思い出が出来た。

私達が根拠地としたビジネスホテルのすぐ近くに中華料理屋があって、最初の日にその店に行ったら、何とその店では化学調味料を使っていないのである。

「美味しんぼ」の「日本全県味巡り」での取材は、美味しい物を探す旅だが、今回の福島取材は食べ物は二の次という建て前があるので、毎日の食事に困惑し果てていた。

というのも、大抵の店では化学調味料をふんだんに使っているからで、全員が化学調味料アレルギーの持ち主である私達取材班にとって、取材先できちんとした物を食べさせて頂く時以外の食事は、食べ終わってから、その食事が如何に辛かったか,愚痴をこぼし合う物でしかなかった。

しかし、郡山の中華料理店は化学調味料を使わず、もてなしも親切で、郡山に5泊する間の夕食を3回食べるほど、取材班のお気に入りになった。

取材班の中には日本酒が大好きという人間が二人いて、その人間がその中華料理屋で日本酒を頼んだところ、受け皿にグラスを置いて酒を注いでくれるのだが、何と気前の良いことに、酒をグラスをはみ出すどころか、受け皿にもあるればかりに注いでくれた。

その二人は、狂喜して、それ以来5泊する内の4回もその店に行ったのである。

私は、彼らと、店の女性がなみなみとお酒を注いでくれる樣子を眺めて、昔のよき時代の日本を思い出した。

彼らは、店の女性が酒をつぎ始めると目をらんらんと輝かせ、注いだ酒が杯をあふれると、感に堪えたように「おおーっ」と期待に燃えた声を上げる。女性が受け皿にたっぷりとあふれさせると、泣かんばかりの顔になって、「ばんざーい! ばんざーい!」と天を仰いで大騒ぎする。これは、酒飲みでなかったら絶対に理解できないことだろう。

昔はみんなそうだった。受け皿にどれだけ酒をあふれさせてくれるか、それだけにその日の全てを賭ける男たちが大勢いたのである。

郡山の中華料理店の女性は、私達に昔のそのよき時代の人々の気前よさを再現してくれて、我々は感涙にむせんだ。

料理も悪くなかった。中華料理と言う物は化学調味料を入れなければこんなに美味しい物なのだと言うことを改めて認識させてくれた。

特別な料理を頼む余裕がなかったから、普通の料理ばかり注文したが、全て納得のいく味だった。

次に、郡山を訪ねたら必ずこの店に来ようと思っている。

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去年の11月、今年の5月、そして今回6月の取材。

この3回の取材で、私は、福島が現在置かれている状況を様々な角度から見てきた。

福島の真実を見届ける、という、この3回の取材の目的は十分に果たすことが出来たと思う。

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しかし、この疲労感はただ事ならぬ物がある。

福島県は広いので、この県を、会津、山通り、浜通り、と見て回るだけで疲れるが、そのような肉体的な疲労より、訪ねる各地で見聞きする震災と原発事故に直面した方々の厳しい話の方が私達を遙かに疲れさせた。

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震災による被害に対しては、対処のしようがある。

しかし、復興の努力をしようにも原発から排出される放射能が全てを妨げる。

原発1つが、福島、いや、日本全体の社会の仕組みを変えてしまった。

復興のための努力をしようとしても、目の前に、姿も形も見えない放射線というものが立ちはだかる。

これが私達の力の全てを吸い取る。

如何なる努力も及ばない、人の命を吸い取る透明な厚い壁である。

いったい私達はこの厚い壁を如何にして乗り越え、克復できるのか。

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私は、この3回の取材で福島の真実は摑んだと思う

それを、きちんと表現しなければならない。

まずは、福島原発が何を破壊したのか。

幸せだった多くの人々の生活を破壊し、多くの人々から将来への夢を奪い、社会の仕組みを破壊してしまった。

たった1つの原発がここまで深く日本の社会を破壊したかと思うと、その理不尽さに吐き気がする。

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私はこの3回の取材の成果を、感傷的にならず、感情的にならず、あくまでも理性的に、摑んだ真実を正確に「美味しんぼ」の中で表現し行くつもりである。

「美味しんぼ」福島の真実篇は、今年の後半からスピリッツ誌で連載を開始する。

私達の取材の成果を、どうか、その福島編でお読み頂きたい。

雁屋 哲

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