雁屋哲の今日もまた

2012-05-22

金環食

19日はサッカー観戦で興奮し、20日は小学校の同学年の女性一家が遊びに来てくれて、飲み、食べ、おしゃべりをし、わいわい楽しんだ。

そして、21日の朝5時28分に、連れ合いにたたき起こされ、家の近くの「湘南国際村」の駐車場に行った。

湘南国際村は、バブルの末期に作られた。

私の家の裏に当たる山々を崩して、研究施設棟、国際会議所、各種研修所など、巨大なビルを幾つも建てたが、バブルが破裂して20年以上も経った今、多くの施設に殆ど人の姿が見られない。

山を壊して横浜横須賀道路に続く道を造ったが、その道も、近隣の住民の軽自動車がぱらぱらと走るくらいである。

全く無意味な自然破壊であって、工事が始まってすぐに、私の家の周りに狸が現れるようになった。狸たちは食べものがないのでやせ細り、中には毛が抜けて真っ黒な地肌をむき出しにしたものもいて、道に飛び出して車にひかれて死んだ狸も少なくなかった。

実に哀れだった。

三十年前にはそんなことはなかったのに、現在私の家の裏庭に狸が現れる。狸は犬科だからドッグ・フードを食べるだろうと、私の姉が用意してやったら、喜んで食べる。

そのドッグ・フードを狙って野良猫もやってくる。

猫はたちが悪くて、ドッグ・フードがないと、腹いせなのかどうなのか周囲に放尿する。この、猫の尿の臭さと言ったら耐え難い物がある。

そのたびに「あんな馬鹿な自然破壊をしやがって」と湘南国際村を作った連中に毒づく。

その湘南国際村の駐車場は、山の一番高いところに作られている。

こんなところに駐車場を作って誰が利用するのか、全く分からない不思議な駐車場だ。

そこに、六時過ぎに到着した。

金環食を見るためである。

私の家は西南向きなので、金環食は見えない。

姉が、湘南国際村の駐車場が一番良い、と情報を仕入れてきてくれたのである。

行って見たら、すでに数台車が止まっている。

中に、大きなブァンの横に、本格的な大きくてがっしりした三脚を組立て、その上に望遠レンズ、望遠レンズとカメラ本体の間に黒い遮光板を取り付けたカメラを据え付けて待機している人がいた。

これは、ただ者ではない、あの望遠レンズの向きが金環食を見るのに最適な方向だ、と判断して、そのブァンの横に車を止めた。

「日本写真家協会」というステッカーを機材に貼ってあるから、やはりプロのカメラマンに決まっている。

そのカメラマンは気さくな人で、いろいろと教えてくれた。

どうやら、世界中あちこち天体写真を写して歩いているようだ。

大きなブァンは物置きですよ、と言うだけあって、中から次々に道具が出て来る。

プロのカメラマンは本当に機材が大変だ。

それを扱う体力も大変だ。

物を撮そうという執念、執念を可能にする体力、そう言う物があるからプロのカメラマンは体中から、野獣のような気を放射する。

ちょっと話しただけで、その人からプロカメラマン特有の迫力を感じた。

その日は、曇っていて、金環食が見えるとは思えない天候だった。

おまけに雨まで降ってきた。それもざんざん降りだ。

これは、もう駄目だ、帰ろうか、などと言っていたら、そのカメラマンが「こういう物は、ほんのわずかなチャンスで見えることもあるから諦めちゃ駄目ですよ」と言った。

なるほど、と私は心を改めて、私の念力を発揮することにした。

両手を組み合せ両方の人差指を立てて、その人差指を雲に向けて突きつけて「雲、どけーえーっ!」と念力を放射したのである。

すると、驚くべし。

雲が切れて、金環食が始まったばかりの太陽が、長い三日月のような形で、くっきりと見えるではないか。

「見えた、見えた」と私と連れ合いと弟は大興奮。

しかし、また、雲が流れて太陽が消えてしまった。

そこで、私は再び念力を放射した。

すると、7時30分くらいに突然雲が切れて、なんと、まさに金環食真っ最中の一番良い形の太陽が見えたのだ。

太陽と言うより、黄金の環だ。

これは、驚いた。

「うおーっ、見えた! これが金環食か!」

私は大声で叫んだ。

連れ合いも、弟も私に負けず大声で叫んだ。

美しいと言うだけでなく、なにか、恐ろしいような不思議な感覚が体中を貫く。

こんな素晴らしい物を見る事が出来るとは想像したこともなかった。

しかし、雲が再び流れて、太陽を隠した。

しっかり見る事が出来たのは、実質、三十秒くらいの間のことだ。

三十秒で十分だ。

三十秒だからこそ返って有り難みがある。

その後、雲はますます厚くなり、風の向きも悪く、雲が切れるのぞみはないので、隣のカメラマンに色々教えていただいたことを感謝して我々は引き上げた。

カメラマンは、それでも、まだ三脚を立てたまま頑張っていた。

そのカメラマンがいなかったら、私達は最初で諦め帰ってしまって、金環食を見逃したわけで、三十秒間とは言え、はっきりと金環食を見ることが出来たのは、そのカメラマンがいさめてくれたからだ、と後で皆で感謝した。

それにしても、私の念力はすごいな。

雲を動かしてしまうんだから。

 

19、20と楽しみ、21日は念力を放射したので、福島で背負い込んだ風邪で弱り切っていた私は再び、動けなくなった。

「美味しんぼ」の原稿で、訂正しなければならないところがあるのだが、それも編集者に事情を話して一日延ばしてもらった。

サッカー見て疲れて、友人一家と遊んで疲れて、金環食で念力を発揮して疲れて原稿が書けない、などと言う言い訳は、言い訳にもならないひどい物だが、寛大な編集者は一日の猶予をくれた。

老衰した原作者のお守りをする編集者も大変だなあと同情し感謝した。

それにしても、私は自分の念力に再び自信を取り戻したので、この念力をこれから大々的に使っていくことにする。

私は正義の悪漢だから、悪い奴らを次々に動けなくしてやろう。

手始めには、ええと・・・・

なんてはっきり名前を挙げるわけにはいかないな。

雁屋 哲

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