雁屋哲の今日もまた

2011-08-23

福島について

福島県は、私の大好きな県だと、前回に書いたが、今回は、私の福島に対する思いを語りたい。

受験浪人の時と、大学一年生の時の二夏、伊達郡にある霊山神社に長逗留したこともある。
その時に、まず福島弁の美しさに魅せられた。
あのメロディアスで、優しいなめらかな発音、東京の言葉に比べると、福島弁は優雅で、人の心をなごませる響きがある。
あるとき、福島市内の本屋に入ったところ、二人の若い女性が話しをしていた。
その言葉があまりに美しいので、私は、その二人の横に立って二人の会話にしばらく聞き惚れていた。なにか、素晴らしい音楽を聴いているような気持ちがした。あの時の心地よさは、四十数年経った今も私の胸に残っている。
(そう言えば、それから何十年か経ったある日、私と連れ合いで、軽井沢で行われる弟の結婚式に出席するために上野に向かった。そのタクシーの中で、私は、ふざけて昔おぼえた福島弁で喋ってみせた。
すると、運転手さんも福島出身で、私のいい加減な福島弁を聞いて、私を福島の人間と思い込んでにこにこして「ふくすまに帰るんですか」と私に訊ねた。やったぜ、福間県人に見られた、とうれしかったが、正直に訳を話して、耳でおぼえた福島弁を喋っただけだと告白した。運転手さんはちょっとがっかりした樣子だった)

福島弁もさることながら、福島は海の幸、山の幸が豊富であり、独自の豊かな文化も持っている。
私は福島には何度も行っているが、数年前、買ったばかりのスバル・レガシーを試すために福島まで出かけた時のことを話そう。(スバルは最高)
その際に、霊山神社、檜原湖、喜多方市、会津若松、などを回った。
残念ながら、霊山神社は私が滞在していた頃とは様変わりしていて、なんと、山のてっぺんの神社まで車で上れてしまうのである。
私が学生だった頃は、山の麓から、狭い道をえっちらおっちら歩いて上るしかなかったのである。
(そうだ、思い出した、あの四十数年前、霊山の麓のバス停で降りて、鞄を引きずって山道を登り始めたら、バス停の前のよろず屋的な店の前にいた若い人が、バイクで上ってきて、私の荷物を荷台に乗せて運んでくれた。私は6歳の時に患った股関節結核の後遺症で右脚が不自由だ。その私が山道を登っているのを見て、その若い人は私を助けに来てくれたのだ。
真夏で大変に暑い日で、とても辛かったので、その若い人が天の助けのように思えた。若い人は私が丁寧にお礼を言っても、「なに、なに」と手を振るだけで、山道を駆け下って戻っていった。
人でも、土地でも、第一印象は大事である。
私が福島を非常に愛しているのは、そのバイクの若い人に最初に出会ったからなのかも知れない)
霊山神社の宮司さんは当然ながら、代替わりしており、神社の人は私が滞在していた時にお世話になった宮司、阿曽二郎太さんのことを全然知らなかった。
阿曽二郎太さんと奥様のお二人こそ、純粋で心清らかな日本人であって、その飾らない、実直で限りなく優しい心映えは、お二人のお顔の印象と共にいまだに私心の中に深く残っている。
日本の神社の運営は、どうなっているのだろう。
昔の宮司さんのことは、記録にも残っていないのだろうか。
淋しいことである。
阿曽さんご一家のその後のことを知りたかったのだが、残念だった。
霊山神社の周りは桃畑である。
朝になると、氏子の人達が、桃を持って来てくれる。
完全熟成して、独りでに木から落ちた物で、それでは返って売り物になら無いからと言って持ってきてくれるのだが、味は、そんじょそこらの桃とは訳が違う。木の上で完全熟成したのだから、色、香り、甘さ、水分、その全てが最高。
今でも忘れられないのが、赤に近い桃色をしたやや小振りの桃だったが、それを一口噛んだ時に甘美などと言う言葉では表現できない、正に天上の物ではないかと思えるような素晴らしい香りが口から鼻に、更に脳天まで貫いた。
全く精神までも深く虜にする素晴らしい香りだ。
その甘さも強烈。
官能的で、しかも清潔で、だれた甘みでなく、天上まで一本鋭い気の柱を立てたという感じの味わいだった。
四十数年前のことになるが、いまだにあの桃の味を超える果物に出会ったことはない。
桃に限って言っているのではない。今まで味わった全ての果物の中で最高の味だったと言っているのである。
あの桃をもう一度食べたいと言うのが私の願いである。
たぶん、霊山の神社に祀られている北畠顕家公が私の前途を祝福して下しおかされた桃であると私は信じている。
(私は勤王家ではないが、どうもそれ以来、北畠親房、北畠顕家の二人には特別な感じを抱くようになってしまった。)

檜原湖は素晴らしかった。ちょうど周りの山から雪解け水が流れ込む時期で、その流れ込む水の音が、どうどうと凄まじく豪快で気分が良かった。
会津若松城に行くと、桜の花が城内満開で、豪勢な美しさで、その城内の武道場で女子高校生達が薙刀の稽古をしていた。
満開の桜の花の下、大和撫子が薙刀の稽古をするなんて、余りに絵になりすぎだ、とは思いながら、心にしみ渡る物があった。
まさに、素晴らしい一幅の絵だった。
喜多方は、ラーメンで有名だが、馬車で市内を回るサービスがあった。姉と連れ合いと、三人で馬車に乗ったのだが、その馬はそれまで山の中で材木を引っ張る仕事をしていた荷役専門の力持ちの馬で、体は大きく、足は太く、蹄の上に毛がふさふさと生えている。
だから、本来馬車を引くくらい何ともないのだが、いかんせん老齢だ。しかも、左の前脚を痛めている。
一旦止まると、次に動き出すのが、大変に辛そうなのだ。
その馬の樣子が、馬車が通る商店街の店のガラスに映って見える。
私たちの席からも馬の様子はよく分かる。
異常な動物好きの姉は発狂状態になってしまった。
ハンカチを鼻に当てて、涙と鼻水を抑えて、「この馬が可哀想じゃないの。もう、いいから、止めてと言って」と私に言う。
しかし、馭者にそんなことを言っても、彼にとっても仕事なのだから、そうも行くまい。
途中、小休止と言うより、客に土産物を買わせるために土産物屋に止まり、そこには、馬に与える餌も売っている。
姉は大喜びで、馬の餌を買いに行ったら、しなびた小さな人参が一本しなかった。
姉は、実に遠慮深い性格で、私が表で、通りすがりの人に声を掛けたり、特に怒って文句を言ったりするのを非常に恥ずかしがる。
姉の運転する車の助手席に乗せて貰うと、助手席の窓を私が開けられなくしてしまう。
私が勝手に助手席の窓を開けて、通りがかりの人に、何か言うのを恐れてのことである。
それほど、どんなに正当で言うべき事でも、姉は他人の気分を害するからと言う理由で(自分が我慢をすればいいんだからと言って)何も言わない。
しかし、その時は、流石の姉が怒った。
店の人間に「どうして、馬の餌をちゃんと充分に用意しないのですが!」と詰問した。
私は、横で、「おお、姉ちゃんもやる時はやるな」と驚いてみていたが、店の人間は、「今品切れなんです」の一点張り。
仕方なく、姉はしなびた人参を一本だけ馬にやり、「これだけしかなくて、ごめんね、ごめんね」と言った。
これから、出発点まで、またおなじ馬車で戻るのは嫌だと姉は言うが、とても歩いて帰れる距離ではないところまで来てしまっている。
仕方がないからまた馬車に乗った。
帰る馬車の中、姉は、体中から不機嫌な気をびんびんと発しながら、「可哀想だ、ああ、嫌だ」と言い続けた。
私が姉に「そんなこと言うけれど、この仕事がなくなってしまったら、この馬は屠場に送られてしまうんだぜ」と言ったら、余計に姉を怒らせてしまった。
「余計なことを言わないのっ!」と姉の権威をまる出しにして私を叱った。
こんな辛いこともあったが、お目当ての喜多方ラーメンも食べたし、素晴らしく品数の多い雑貨屋で、連れ合いは直径が70センチ以上有る竹で編んだ大ざるを手に入れてご機嫌になったし、結果的に楽しい旅行だった。
また、桜の時期に来ようと三人で言い合った。

今でも、会津若松城の城内の武道館で薙刀の稽古をしていた女子高校生達のすがすがしい姿が、満開の桜を背景にして目の裏に残ってる。
雪解け水がどうどうと流れ込む檜原湖畔に雪の中から頭をぞかせたふきのとうの愛らしい姿が目に浮かぶ。(実は愛らしいではなく、うーん、天婦羅にして食べたい、と思ったのだが)
福島は素晴らしく美しいところだ。
日本全土の中でも福島の美しさ豊かさはずば抜けている。
その美しい福島の国土を何とか取り戻さなければならない。
この国のために、子孫のために。

福島の人達は、復興のために一所懸命頑張っているのだろうが、本当に頑張らなければならないのは、福島の恩恵をずっと受けてきた我々東京電力管内の人間だ。(東電、経済官僚、政治家達については言うまでもない)
私は物書きで、経済力もなく、老いさらばえた今となっては体力もなく、実に無力な存在だが、物書きではなければ出来ない方法で福島のために尽くしたいと考えている。

雁屋 哲

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