雁屋哲の今日もまた

2011-02-10

自分で自分に驚いている

 何に驚いているのか。
 それは、自分自身の趣味の変化だ。

 私は、音楽に関しては、長い間、ジャズとクラシックばかり聞いていた。
 ロックは物によるが、殆ど受け付けない。
 歌謡曲となると、軽蔑していた。

 ところが、最近になって、その歌謡曲に目覚めてしまったのだ。
 しかも、演歌にだ。

 以前から、私は、小林旭の歌が大好きで、カラオケでは必ず小林旭の歌を歌っていた。
 石川さゆりの「津軽海峡冬景色」は日本の音楽史に残る絶対的な名曲だと思っていた。
 また、「昭和枯れススキ」も「さくらと一郎」のあの絶望的な雰囲気が好きで良く歌った。
 しかし、歌謡曲全般に対しては、全く興味がなかった。
 特に、三波春夫、三橋美智也、春日八郎、村田英雄、などと言う歌手は大嫌いだった。

 ところが、最近、三波春夫の「ちゃんちきおけさ」にすっかり参ってしまった。
 いい歌だ。
 それに合わせて、「東京五輪音頭」をきいてこれにも参った。
 むかしは、こんな恥ずかしい歌はない、と聞くのもいやだった歌が、今は、耳にすんなり入ってくるし、心が弾む。
 なんていい歌だろう。
 そして、村田英雄、三橋美智也を聞いて、完璧に参った。

 私は、中学二年生の時に、股関節の結核が再発して六ヶ月以上入院した。
 その時、家計が苦しかったのだろうか、そもそも、個室などない病院だったのか、八人が入る大部屋で半年過ごした。
 その時のことは、今でも絶対に忘れられない。
 私が、普通に暮らしていたのでは絶対に出会えない人達に同じ病室で出会えたのだ。
 いまでも、あの、八人部屋の入院生活は、私の人生にとって非常に役に立ったと思っている。
 当時は、信じられないことだろうが、ソニーのトランジスタ・ラジオが恐るべき製品と思われた時代で、普通の人は、もっと大きなラジオを病室に持込んで、イヤーフォーンを付けるか、他の人の迷惑にならないように音量を最小限に絞って、自分の好きな番組を聴くという形だった。
 その入院患者の中に、四十代半ばの人がいた。
 その人は、イヤーフォーンを持っておらず、小型のラジオを極力音を絞って聞くのだが、私には、全て聞こえてしまう。
 その人は、歌謡曲が好きで、とくに、三橋美智也が好きだった。
 三橋美智也の歌が終わると、大きな声で、「みはすみつやはいいなあーっ!」と言った。

 私は、その人が素晴らしく優しく明るく誠実な人柄だったので、その人自身は好きだったが、「三橋美智也」は駄目だった。
 今でも、私は、その人の、三橋美智也の歌を聴いた後の、晴れ晴れとした顔と声を忘れられない。
 そして、その時馬鹿にしていた、三橋美智也の良さが今になって分かったことをその人に伝えたい物だと思う。
 しっかり演歌を聴き直して驚嘆するのは、演歌歌手の声のすごさだ。
 三橋美智也、三波春夫、村田英雄、彼らは民謡と浪曲で鍛えただけあって、地声が高いところまでびんびん響く。
 そして、地声と裏声の使い分けが見事だ。
 演歌歌手の声の操り方を聞いていると、クラシックのテノールなんて単調だな、などと思ってしまう。
(いや、テノールが大変だと言うことは分かっていますよ)

 私たち小学校六年の同級会は年に何回か持たれるが、二次会はカラオケになることが多い。
 私は病気をして普通の人より遅れたので、田園調布小学校には二年生から入った。
 その時からのつきあいだから、人生でも一番長いつきあいの「こ」君は、民謡を経て、今は長唄を本格的に勉強しているので声がよいし、節回しが見事だ。
 カラオケで得意なのは、春日八郎の「赤いランプの終列車」である。
 いつも、見事な喉に、同級生たちはヤンヤの喝采を送るのであるが、私は、一つ野望を抱いた。
 それは、「こ」君に負けてはいられない。

 三波春夫の「ちゃんちきおけさ」「東京五輪音頭」そして、三橋美智也の「哀愁列車」を小学校の同級生たちに披露してやろうと思った。
 ところが、実際に、歌ってみると、まあ、その難しいこと。
 とても、私にはほかの人に聞かせられるようには歌えない。
 それで、演歌歌手の実力のほどを思い知ったと言う訳だ。
 私の家族は、私が今頃演歌にこっているので驚く。

「石川さゆりの『天城越え』はすごい。聞いてて涙ぐんじゃうよ」なんて、長女に言ったら、「あら、お父さんたら、今頃演歌に目覚めたのね」と軽くいなされてしまった。

 長女は小学校六年生の時にオーストラリアに来て、それ以前もそれ以後も、私の家では演歌など聴く環境ではなかったのに、高校生の時に、日本で祖母、叔父、叔母、従兄弟たちなど親族が集まったところで、「天城越え」を身振りも交えて、熱唱したので、私の親族全員が、一瞬凍り付いた、と言うことがある。
 私の姉が、その時のことを話してくれたのだが、「みんな、どうしてあの娘がと、びっくりして口もきけなかったわよ」と言った。
 一体どこでそんな曲を覚えたのか、と尋ねたら、「お祖母さまが、お元気だった頃、NHKの歌謡番組はいつも流れていたし、紅白歌合戦も、毎年見ていた。それで覚えたのよ」と言った。

 シドニーのカラオケにも、友人たちで出かけて行っているらしい。

 私の姉は、音大卒業でクラシック音楽専門、姉の夫は、クラシックの曲なら、数小節聞いただけで、作曲家と曲の名前まで全部分かるというクラシック音楽第一の人間。
 姉の次男は自分でバンド活動をしているが、ロック専門で、歌謡曲も演歌もまるで駄目。
 そう言う雰囲気で、『天城越え』を振り付け入りで熱唱したのだから、長女が親族中から、「どうして」と言われたのも無理はない。
 どうやら、私は今頃になって、長女に追いつきかけているようだ。
 と思ったら、長女と次女は、とっくにJ-POPに関心を移していて、フランス語で「虹」という名前のバンドに夢中で、演歌には関心を示さない。
 私は、J-POPには、まだついて行けない。

 しかし、演歌の良さを分かって楽しめるようになっただけで、人生の幅が広がった。
 歳のせいだろうか。
 であれば、人間歳を取ることは、悪いことばかりではない、と言おう。

雁屋 哲

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