雁屋哲の美味しんぼ日記


2009年の我が家のおせち

2009年1月17日(土)@ 22:23 | 雁屋哲の食卓

 ちょっと時機を失したが、我が家のおせち料理をいくつかご紹介しよう。
 本当は三が日が過ぎてすぐに、ご紹介したかったのだが、先日書いたように、三が日あたりから体調がすぐれず、とてもおせち料理について書く気になれなかったので延び延びになってしまった。

 私の家では、私と連れあいが結婚した1973年以来おせち料理を作るのを欠かしたことはない。
 最初のうちは夫婦二人だけだったので、たいしたものは作らなかったが、元旦の食卓には自家製のおせち料理を並べないと気が済まなかった。
 私の家族は、1月2日に鎌倉の両親の家に集まることになっていて、その際に、母の作ったおせち、また、それぞれの家族が持寄った料理を並べて、盛大に騒ぐのを習わしにしていた。
 1988年に私達がシドニーに来てからは、両親は年の暮れから2月までシドニーに滞在することになった。結果的に私は他の姉弟から両親を奪う形になり、そのころから、1月2日の新年会は、逗子小坪の姉の家で行われるようになった。
 姉は嫁いだので、それは、嫁ぎ先の新年会であるべきはずだが、集るのが、我が戸塚家の人間が多いので、戸塚家の新年会の延長となっている。
 父が亡くなってからも、鎌倉の母は毎年12月25日過ぎにシドニーにやってきて、3年前まで続けていた餅つき大会、続いておせち料理作りに協力してくれたのだが、去年は事情があって大晦日に到着したので、今年のおせち料理は、連れ合いと長女・次女が作った。
 以前は、母と連れ合いで作った物だが、いつの間にか、長女と次女が大きな役割を果たすようになった。
 それどころか、いまや、長女と次女がいないと、我が家のおせちは作れない。
 私が両親から受け継いでおせちが、我が家のおせちになり、それはすでに長女と次女は体得している。
 我が家のおせちの伝統は長女と次女の家には確実に伝わるだろう。
 問題は、長男と次男だが、これは結婚相手次第だ。
 結婚相手がきちんと日本のおせち料理を作りたいと言うことになれば、連れ合いや長女・次女が良い教師になるだろう。

 まず、これが、我が家の伝統的なおせち。

おせち1

 手前から、梅花卵二種、カラスミ・ごまめ・数の子、黒豆の鉢、カブの酢もの(菊花型)・かものローストの皿、お重三つ、なます、きんめの昆布締め、鶏肉団子、ローストビーフ。
 それを逆方向から見ると、

おせち2

 ローストビーフ、ワカサギの南蛮漬け、鶏肉団子、きんめの昆布締め、などの様子が分かる。
 日本では、きんめを刺身で食べることなどあまりなかったが、シドニーではこのきんめの刺身がべらぼうに旨いのである。
 もちろん、私達がきんめと呼んでいるだけで、シドニーのオーストラリア人はこれをレッド・フィッシュなどと愛想のない名前で呼んでいる。
 ただ、我々日本人が食べてみて、「これは、きんめだよな」と言うことになって、われわれは「きんめ」と呼んでいるのである。
 どんな魚にしろ、日本の魚は脂がのっている。冬に、江ノ島周りで獲れるきんめの旨さと来たら、湘南住いが長い私達にとっては、これ以上の物は考えられない、と言う味である。
 そんな、江ノ島のきんめと比較してはいけない。シドニーの「きんめ」はきんめに近いと言うだけである。
 しかし、白身で味わいがあって、シドニーの「きんめ」も仲々のものである。江ノ島のきんめが食べられない以上、シドニーでは、シドニーのきんめを旨いと本気で思うしかないのである。
 このきんめの昆布締めに使う昆布は、大阪の「昆布の土居」の土居さんご推薦の、北海道南茅部地区の、真昆布である。私は、土居さんの推奨する川汲地区から少し離れた尾札部の真昆布を三十年以上愛用している。
 南茅部地区の真昆布が、世界一の昆布であることは、土居さんが保証してくれる。
 私のような、生半可の人間と、土居さんのような昆布一筋の方との意見が合致して、私は、心から有り難いと思った。
 その、尾札部の昆布で、こちらのきんめを締めたのだ。
 味の良さ、味の深さ、いたずらに脂がのっていないこと、こう言うことが幸いして、出来上がったきんめの昆布締めは実に見事な味だった。
 大事にとっておいた日本酒を、元旦こそ盛大に飲むことが出来る。

 これに、赤ムツの塩焼きが加わると豪華になる。

赤ムツが加わると

 この赤ムツは秋谷の、関沢和彦さんに頂いた物である。
 和彦さんのご長男英高くんは私の長男とは幼稚園の時からの親友。
 当然、親同士も仲良くなり、私達は家族は、関沢家に大いに助けていただいた。
 私達の家のある秋谷は、地域全体の名前は秋谷であっても、我々の周囲の地名は久留和(くるわ)という不思議な名前であって、私の隣近所は全部「くるわ」の住民であると誇らしげに言っている。
「くるわ」と言うと江戸時代遊郭のある地域をくるわと言ったから、私達も最初に越して来たときに、「この辺はくるわと言うんだよ」と地の人に言われて、ちょっとたじろいだ。
 もちろん、この地域に、歴史上いかなる時代を見ても、遊郭のような遊び場があったことはない。
 単に、平和な状態に久しく留まりたいという意味で、久留和という名前を付けたのだ(と、思う)。
 秋谷、とくにこの久留和の人達の、人間の良さ、気前の良さ、親しみ深さ、親切さ、というのは、もう他では得られない物だ。
 私が、秋谷に引っ越して来たのは1980年で、それ以前の持ち主であるアメリカ人から家を買って引っ越して来た。
 土地の人にとっては、訳の分からない、男が引っ越して来たという印象が強かったに違いない。(まだ、「美味しんぼ」など書いておらず、「暴力漫画の雁屋哲」と言われるほど暴力漫画専門の漫画原作者だったので、秋谷・久留和のおっとりとした住民が私のことを知るわけがない。)
 なんだか、おかしな人間が引っ越して来た、と言う程度の認識だったと思う。
 ただ、そのときに、長男・長女(双子)を久留和の人達が多く送る仏教系の幼稚園に入れたのが良かったのかも知れない。
 子供がきっかけで、連れ合いが近所のご婦人たちと仲良くなり、あっという間に、ご近所がひどく私達に良くしてくれるようになった。
 今の時代、人の善意なんて信じられない、などと情けないことを言う若い者が増えているが、そう言う人間には、秋谷の久留和に行きなさいと、私は、言いたくなる。
 生まれてからこの長い間の年月で、住んで一番素晴らしいのが秋谷・久留和だ。
 私にとって、日本で住むところといったら、久留和しか考えられない。
 それほど素晴らしいところなのだ。
 その久留和で会社勤めをとっくにやめて、父親から受け継いだ漁業権を最大に生かしているのが、関沢和彦さんである。
 ご自身、こちらがうらやましてくて身もだえするような幸せな日々を送っておられる。
 長男・次男はそれぞれ、航空会社のスチュワーデスの美人と結婚し、それぞれ子供を持ち、和彦さんはお祖父さんになる。
 しかも、家を建て直し、三世代同居出来るようにしたから、何のことはない、嫁も孫も自分の家にいるのである。
 こんな幸せな状況があっていい物か。
 そこで、我が連れ合いは、和彦さんのところに行くと「何かあるでしょうと」と脅迫する。
 和彦さんは、漁業権を持っているから、本格的な漁が出来る。
 また、これが趣味を越えてしまって、大変な腕前になってしまった。
 そこらの漁師が、和彦さんに、釣れる場所を教えて欲しい、と頼み込む有様だ。
 このおせち料理にでた赤ムツは、和彦さんが釣ってきて冷凍庫に入れておいた物を、我の連れ合いが「何かあるでしょう」と脅迫して奪いとってきた物だ。
 和彦さんの冷凍庫は、瞬時にしてマイナス60度まで冷凍してしまうと言う、職業用のもので、これで、冷凍すると、数箇月は新鮮な味を保つことが出来る。
 で、この赤ムツだが、これは、市場で鯛の数倍の値段で取引される魚である。
 天然の最高の真鯛でも、この赤ムツには敵わない。
 それほど、高価な魚なのである。
 高価だから価値があるわけではない。美味しいから価値があるのだ。
 この、赤ムツの味を一度覚えたら、大変なことになる。
 刺身でも、焼いても、煮ても、ちょっとこれに敵う魚は滅多にない。
 鯛なんかは、よほどの鯛でなければ、とてものことに対抗できない。
 脂がのっているのに、さわやかで、すっきりして、「なんだ、なんだ、これは」と騒いでいるうちに、みんなが群がってあっという間に食べ尽くすという恐ろしい魚なのである。
 その、和彦さんから奪ってきて赤ムツを、正月に備えて冷凍にしておいて、さあ、本番ということで、正月に塩焼きにして、食卓に並べたのである。
 それほどの魚であるから、器も選ぶ。
 赤ムツが鎮座ましましているは、魯山人の作の中でも特別の名作「伊賀緑釉長鉢」である。

魯山人 伊賀緑釉長鉢

 この「緑釉長鉢」は、私の家でも、正月か、それとも他に特別のことがあるときか、多くとも年に二回しか使うことがない。
 私の子供たちは、この機会に、とばかりに、熱心に魯山人の器をためつすがめつしている。
 この、魯山人の緑釉長鉢にのせて釣り合いが取れるのは、よほどの魚でなければならない。
 その点、和彦さんが釣ってきてくれた赤ムツは、これ以上ない魚だ。
 魯山人の器と、和彦さんにいただいた赤ムツの取り合わせ。
 ああ、見事だなあ、と深い幸福感を得る。
 その赤ムツと魯山人の取り合わせを、二つばかり見て頂こう。

魯山人と赤ムツ1 魯山人と赤ムツ2

 魯山人の緑釉長鉢と赤ムツの取り合わせの美しさ、ご覧になって頂きたい。
 赤ムツは、鯛に比べれば、野卑に富んでいる。
 その野卑に富んだ赤ムツをのせて平然としている魯山人の器の力に、私は改めて、賛嘆した。
 お正月っていいもんだ。
 その赤ムツも、徹底的に食べるとこうなる。

食べ尽くされた赤ムツ

 この後、頭も徹底的に身をむしって、最後にお湯を掛けてスープを作って食べ尽くした。
 和彦さん、来年もお願いしますよ。
 我が家のおせちの、中心は、三段のお重である。

 

おせちの重箱

 この重箱は、福島の山本英明氏の作であるが、もう三十年以上使っていても、くもり一つ出ない。山本英明氏の漆器は、二十年三十年使ってもへたれが来ないどころか、味わいの増す素晴らしいものである。完璧な漆器である。
 私の家で毎日みそ汁を飲むのに使っているお椀も、山本英明氏の作った物だが、さすがにみそ汁は毎日飲むものなので、使用頻度は重箱とは比べものにならない。
 十年くらい使っているうちに、落としたり、傷を付けたりして見目が悪くなった物を、日本橋の高島屋経由で、塗り直しをお願いした。
 ところが、なんと、お金を取らずに全てのお椀を新品同様に塗り直してくださった。
 これには、本当に感激した。自分の作品に深い愛情を持っているからこその事だろう。
(山本英明氏のホームページ:http://www.matsuya-j.com/shop/hy/hy1.html
 良い漆器は買うときに値段が高いように思うが、毎日使うお椀の場合、一日あたりで割ってみると、ひどく安い物になる。
 毎日そのお椀を使う度によい気持ちになり、みそ汁も一際美味しく感じる。そんなことを考えると、一時の投資で長い間楽しめるのだから、食器だけは良い物を選びたい。
 右奥に見える、黒豆を入れた容器は、角偉三郎作の、漆の鉢である。
 角偉三郎氏は、山本英明氏とはまた味わいが違う。
 芸術思考の強い作家だが、その作品は、このように実用にして非常に味を出す。
 この鉢は、実に豪放磊落で、角偉三郎の中でも最高の作品の一つだと思っている。

角偉三郎の鉢

 重箱の中身はいわゆるおせち料理である。
 上の重が野菜のお煮染め、左の重が鶏団子、昆布巻き、エビの衣揚げ、右の重が、梅花卵、伊達巻き、栗きんとん、鎌倉井上のかまぼこ。かまぼこを除いて全部自家製である。
 この梅花卵は我が家のおせちにはなくなはならない物である。
 これとリンゴ羹については後で語る。

 今年は、去年シドニーに開店して成功しているフランス料理店「Blancharu(ブランシャル)」のオーナー・シェフ犬飼さんから、フランス料理風のおせちの差し入れがあった。
 その上に見えるのは、鎌倉井上の梅花はんぺんとごまめ、そして数の子。

Blancharuのおせち1

 フランス料理風のおせちとは初めてだが(もちろん、フランスでおせち料理など作るまい)、さすがは一流の料理人が作ると、見事で、美しく、豪華だ。
 一つ一つ見て行くと、まず第1のお重。

Blancharuのおせち2

 左上の仕切から時計回りに、オーストラリア製のチーズ三種にドライフルーツとクラッカー、ローズマリーと焼いたなす・ズッキーニの花にイカのすり身を詰めてあげた物・タコとサバのエスカベーシュ(スペイン風のオードブル)、フォワグラのテリーヌ・カニの身のクレープ、サツマイモと栗のきんとん風・ロースとした有機野菜・ポレンタ。

 次に第2のお重。

Blancharuのおせち3

 左のます、フルーツケーキ・マスの焼き物・シシリーの緑のオリーブの実・グリッシーニ(イタリアの細いパン)に巻き付けた生ハム。右のます、鶏のミートロール・キングプローン・トコブシ・マリネしたアーティチョーク(緑の葉の下に隠れている。上の写真を見るとよく分かる)。

 犬飼さんおかげで、今年はえらい贅沢をしてしまった。
 ま、年の初めだから、贅沢も良いことにしよう。

 最後に、私の家のおせちにはなくてはならない、リンゴ羹と梅花卵をしっかりお見せする。

リンゴ羹 梅花卵など

 盆の上で、梅花卵の上にあるのは伊達巻き、したにあるのはだし巻き。
 梅花卵は、卵を固めにゆでて、その黄身と白身を分け、双方に甘みをたっぷり付け、海苔巻きに使う巻き簀に白身を広げ、その中心に黄身を置き、巻いて棒状にして布巾で包み、割り箸を五本縦に添えて周りを凧糸で縛って、蒸し器で蒸す。
 五本の割り箸が、白身を押して形を作り、輪切りにしてみると梅の花の形になる。

 リンゴ羹は、細かく刻んだリンゴの身とガーゼに入れたリンゴの皮を煮て、皮は除いて身を寒天で固める。
 リンゴ羹のほのかな紅色は、リンゴの皮から出た自然の色である。
 普通はそこで漉すが私の家では漉さずにリンゴの身の感触を楽しむようにそのまま残す。
 使うのは棒寒天ではなく、秋谷で獲れた、テングサである。
 棒寒天の原料はテングサだが、棒寒天にしてしまうとテングサの風味がなくなってしまう。
 一度テングサで寒天料理を作ると、二度と棒寒天に戻れない。
 二つを一緒に盛り合せると、ああ、これが我が家のおせちだと、嬉しくなるのである。

リンゴ羹と梅花卵

 私はこの梅花卵とリンゴ羹に執着する。
 私の子供の頃の幸せの思い出が梅花卵とリンゴ羹を食べるとよみがえる。
 おせちと言えば、何がなくとも梅花卵とリンゴ羹だ。

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